第15話 勇陽みたいに

 勇陽は初めて会った時から勇陽だった。

 良く言えば変わらない。悪く言えば成長していない。


 正義感が強く、弱きを助け強きをくじく。

 まさに正義のヒーローのような存在だった。

 

 小学生の時、僕は近所の悪ガキにいじめられていた。

 そこへ道場に通う途中だった勇陽が通りがかったのだ。

 あいつがどうしたかなんて説明しなくてもわかるだろう。

 ともかく僕はあいつに助けてくれた。


 僕があいつに憧れるようになったのはそのせいだ。

 それ以来友達になり、あいつに誘われて剣道場にも通うことになった。

 

 最初は体中傷だらけになるぐらいボコボコにされていた。

 あいつの天性の才能には師匠も手を焼くぐらいだったからだ。


 そんなあいつと少しでも打ち合いができるように、遅くまで残って稽古をしていた。

 いつもあいつは僕の相手をしてくれていた。


 だが、夏休みの期間だけは違った。


 その期間だけ、あいつと打ち合いをするのは僕じゃなくて、遠くに住んでいる師匠の孫たちだった。

 毎年夏休みを利用して祖父のである師匠の家に遊びにきているのだ。

 彼らがいる間は、勇陽を独占されてしまって一緒に練習することができなかった。


 彼らは恐ろしく強くて、僕や他の同世代の門下生じゃとても相手にならない。

 ただ1人、勇陽を除いては。


 だから勇陽は彼らにかかりきりになってしまい、僕の相手なんかできなかった。


「しょうがないわよ。友ちゃんは弱いんだから」


 僕が1人寂しく隅っこで素振りをしていた時。

 師匠の孫のうちの1人に、そんなことを言われた。


「勇陽さんだって、私たちの相手をした方がいいに決まってるじゃない」


「な、なんでだよ」


「だって、ほら」


 彼女はもう1人の孫と勇陽が打ち合いをしている方を指さした。

 息もつかせぬ攻防。激しい運動量。2人ともほぼ互角の打ち合いをしている。

 面をかぶっていても、勇陽が楽しそうにしているのがわかる。

 2人とも、僕の事なんか目にも入っていない。まるで彼らだけの世界に入っているかのようだ。


「友ちゃんは、あんな風に勇陽さんと本気で打ち合いすることなんてできないでしょ?」


「それは……」


 確かに勇陽の動きは、僕を相手にしている時とは明らかにとは違う。

 普段はかなり手加減していることがわかってしまう。


「弱い人と打ち合っても練習にならないでしょ? はっきり言って時間の無駄よ」


 彼女はえらく顔を近づけてきてそう言った。


「……確かに僕はまだ勇陽には勝てない。でも、勇陽と本気で打ち合えるぐらい強くなりたいんだ」


 突然ドン! と大きな音がしてびくっとする。

 彼女がすぐ側の壁を殴った音だった。

 

 顔が近いままだったので、まるで壁ドンのような体勢になった。


「あのね。友ちゃんがどんなに頑張っても、勇陽さんにはなれないの。そもそものレベルが違うんだから」


「な、なるよ! 僕は勇陽みたいになりたいんだ!」


「無理よ。わからない? あの人は普通の人間じゃない。天才なのよ。あなたみたいな凡人じゃ、一生かかっても手が届かないわ。……本当に憎たらしい」


「……え?」


 僕を馬鹿にしたかと思えば、勇陽に対しての憎しみのような感情をあらわにした。

 わけがわからない。


「そこらへんにしておけ」


 戸惑っているところに声をかけてきたのは、勇陽と打ち合っていたはずのもう一人の孫だ。


「何よ。もう交代?」


「お前がその雑魚に構うせいだ」


 勇陽が彼女に向かって、早くこっちに来いとジェスチャーしていた。

 なぜだかせわしないと言うか、慌てているように見えた。


「本当に単純ね、あの人は。からかいがいがあるわ」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら勇陽の方に向かって行った。

 やれやれとため息をついたが、今度は弟の方がじっとこっちを睨みつけている。

 なんなんだこの姉弟は。


「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えばいいだろ」


「……お前の素振りは筋がバラバラだ。そんな振り方では何の練習にもならない。あいつのようになるなど、100年かかっても無理だ」


 そんな事を言って、離れていった。


「いったい、なんなんだよ……」


 本当になんなんだ。僕に恨みでもあるのかあの2人は。

 でも、僕はあの2人よりもはるかに格下だ。

 何も言い返せないのが悔しくて仕方なかった。

 悔しさを吹き飛ばすように、ただひたすらに竹刀を振るしかなかった。


「わりぃな友夏。なかなか相手できなくて。遅くなっちまったけど、ちょっとだけやろうぜ!」


 勇陽が僕にそう声をかけてきたのは、すっかり日も暮れた頃だ。


「いいよ。勇陽だって疲れてるだろ」


「何言ってんだ。オレはまだまだ元気100倍だぞ。それに、オレを待ってたんじゃないのかよ」


「まさか。1人で練習したかっただけだよ。それに、そろそろ帰らないと母さんに叱られる」


「ちぇ。なんだよー」


 勇陽に悪気がなんてないことはわかっている。

 ただ僕が素直になれなかっただけだ。


 早く夏休みなんか終わってしまえ。

 小学生の時の僕は、そんな子供らしくないことを思っていたのだった。

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