第11話 たった一つの不器用なやり方
世界一自由なバトル! あまりにも自由な育成!
まるで本物の戦場にいるかのような臨場感!
チームを組んで、駆け引きは無限大!
自分らしく戦い、生き残れ!
チーム戦略バトルロワイヤル、『ブレイブロワイヤル』!!
『ドリームウォーカー』で、レッツプレイ!
「……ふーむ」
昼休み。
屋上の隅で寝転がりながら、『ブレイブロワイヤル』のPV動画をスマホで見て、改めて考える。
ゲーム自体はそう珍しいものでもない。
バトロワ系のゲームなんて、数えきれないぐらい存在する。
だが『勇陽がゲームをプレイしていた』という事実が、どうにもしっくりこないのだ。
確かにあのゲームはプレイしていて、まるで現実で自分が剣を振っているかのようだった。
直感的に動かせる『ドリームウォーカー』ならではの感覚だろう。
だがそれでも、ゲームで剣を振るぐらいだったら、現実で竹刀を振るう方があいつらしい。
というか、そもそもあいつの頭から『ゲームをプレイする』なんて発想が出てくるか?
あいつが、現実ではなく、ゲームで剣を振るっていた理由。
そしてそれを手放し、僕に渡してきた理由。
それは一体何だったのだろう。
そして、あの手紙のことがある。
真偽はわからない。誰が送ってきたのかも。
しかし、その人物は僕がブレイヴロワイヤルを勇陽のアカウントでプレイしたことを知っているのだ。
僕はそのことを誰にも話していない。
だから、勇陽に繋がる人物が送ってきた可能性が高い。
たとえ信用できなくても、行方不明のあいつの情報を得るには、それに縋るしかないのだ。
その時。
突然、ギギィ、と鉄の扉が開く音がした。
誰かが屋上に上がってきたのだ。
春とはいえ、まだ肌寒い時期に人が来るとは珍しい。
一人で静かに考えたかったから、わざわざ寒いのを我慢してここに来たというのに。やれやれだ。
早々に立ち去ろうと思ったのだが、
「キミはボクと付き合うべきだと思うんだ。
よく知る名前が聞こえてきて、思わず顔を上げる。
委員長が、男子生徒に告白されていた。
それ自体はよくあることだ。
僕が知っているだけでも、すでに10人以上の男が彼女に告白し、玉砕している。
相手は顔も整っているし、おまけに全国模試で1位だとかいう男だ。
だがそれを鼻にかけている、きざったらしい、いけすかないヤツだ。
告白の言葉も、えらく上から目線で気に入らない。
そんな奴、委員長にふさわしくない。
とっとと振ってしまえ、と後ろから念じていたら思いが通じた。
「ごめんなさい。私、あなたとはお付き合いできません」
委員長は丁寧に、頭を上げて断った。
男はその言葉が信じられないのか、完全に固まっていた。
断られるなんて思ってもなかったんだろう。
ざまあみろだ。
「な、なぜだい? 君は誰とも付き合っていないんだろう? じゃあ悪い話じゃないはずだ。このボクと付き合えるんだよ!? ボクと君なら、お互いに高め合える。素晴らしい恋人関係になれると思うんだ」
男はしつこく食い下がっていた。
なんだあいつ。よくもまぁ、そこまで自分を高く見れるな。
その面の顔の厚さだけは大したものだ。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです。だから、あなたの恋人になることはできません」
「それは……のことかい?」
たまたまその時『ビュウ!』と強い風が吹き、名前までは聞き取れなかった。
委員長の顔が、ほんのり赤くなっている。
きっと図星を突かれてしまったのだろう。
その初々しい反応を見て、男はなぜかやれやれ、とため息をつきながら首を振った。
「隅野さん。君はもっと人を見る目を養った方がいいと思うんだ。付き合う相手は選んだ方がいい。恋人も、友人もだ」
「……はい? どういうことですか?」
「君のために言っているんだ。隅野さん。君の周りにいる人たち。彼らのような低レベルな相手とは、一緒にいるべきじゃあない。君という人間の価値まで下がってしまう」
委員長は生徒からも教師からも人気がある。
真面目で人当たりがいい性格だし、当然と言えるだろう。
友人も恋人も好きに選べるだろうに、彼女はなぜか、バカな勇陽とそのおまけの僕と一緒にいることが多かった。
勇陽がいなくなってからは以前より別行動が増えたが、それでも部活やらで一緒にいることは多い。
つまり、こいつの言う周りの人間とは、勇陽と僕のことだ。
「……彼らが低レベル、ですか?」
「ああ。君のような成績も優秀。ご両親も医者。生徒会にも入っていて、おまけに美しい。誰もが認める上流階級の人間だ。一流の人間には、それに相応しい人間との付き合いが必要なんだよ」
「ずいぶん、勝手なことを言いますね。……私だって、最初から全部そうだったわけではないんですけれども」
委員長の声がどんどん冷たくなっていっている。
あれは、確実に怒っている。
以前彼女の前で僕と勇陽がガチの喧嘩になりそうになった時も、同じような声だった。
あまりの迫力に僕たちはびびりちらし、委員長の前では絶対に喧嘩はするまい、と誓ったのだった。
だが、あの男はそんなことにも気づいていないようだ。
「例えばそう、赤道勇陽だ。あいつは本当には知性の欠片もないヤツだった。棒きれを振るのがうまいか知らないが、それが将来何の役に立つ? いつの間にかいなくなってしまったが、きっとそれもくだらない理由だろう。いっそのこと退学になってしまえばいいのにね? そしてそんなバカの腰巾着、心野友夏。彼はもっとひどい。赤道勇陽に媚びへつらうことしか脳のない、プライドの欠片もない屑だ。吐き気すら覚える」
よくもまぁ、そこまで他人の悪口をスラスラと言えるな。
あまりのことに逆に感心していると。
───バチンッ!!
まるで何かが破裂したような音が響き渡った。
委員長が、相手の男を思いっきりビンタした音だった。
「ええ!?」
あまりの衝撃に、驚いて声をあげてしまう。
あの温厚で、清楚で、優しい委員長が手を上げた!?
「私の大切な人の悪口は言わないでください」
彼女は静かに、怒りの炎を燃やしていた。
見ているこちらがびびってしまうぐらいだ。
一方でビンタされた方は、赤くなった右頬を押さえ、信じられないという顔をしている。
「な、ぶった!? ボクは、君のためを思って言ってるのに……!!」
「大きなお世話です。私が誰と付き合うかは、私が決めます」
「なんて、生意気なことを……許せない、許せない許せない!!!」
男が怒りで顔を真っ赤にし、委員長に向かって拳を振り上げた。
だが。
「いってぇ!!」
「きゃあっ!! ……え、心野君!?」
あわや委員長の綺麗な顔に傷がつきそうになった寸前。
物陰から飛び出し、僕の汚い顔で拳を受けた。
そのまま勢いで、コンクリートの地面に転がる。
2人の目にはさぞ無様に映っているだろう。
「な、なんだ!? ……お前、し、
「いたたた……やあ、どうも。君からすれば低レベルで、プライドの欠片もないクズ。勇陽の腰巾着の心野君だよ」
「な、なんだよお前は!! お前みたいなやつが、なんでこんなところにいるんだ!!」
「ひどいな。屋上は誰でも使っていい場所じゃないか。僕がここにいたって構わないだろう?」
「構うだろうが!! 貴様のようなゴミが、このボクの邪魔をして……!」
再び拳を振り上げようとした。
だが、それを身振りだけで制止させる。
「その辺にしときなよ。言っておくけど、2発目を黙って食らってやるつもりはないよ?」
「偉そうに!! ご主人様のいないお前なんて、一体何の価値がある!?」
「そうだね。勇陽がいたら、君は今頃病院のベッドの上だろう。……僕は優しいよ。せいぜい保健室のベッドぐらいで済ませてあげるつもりだ」
まぁ本当にそんなことをするつもりは無いのだが。
これでも武道の経験者だ。一般人を一方的にボコるわけにはいかない。
口から出た適当な出まかせに、相手はびびって及び腰になっている。
「いいか。これだけは言っておく。委員長は、勇陽と僕の大事な友達だ。絶対に手を出すな。……二重の意味で」
暴力的な意味でも、恋愛的な意味でも。
こいつのような男が触れていい女の子じゃない。
「くぅ……!」
哀れな男は後ずさりし、そのまま情けなく逃げ出して行った。
「……えーっと、じゃあ僕もこの辺で」
「待ってくださいよ心野君。お礼ぐらい言わせてください」
居心地が悪くて退散しようと思ったのだが、委員長に呼び止められた。
「ありがとうございます。正直、1人だと怖かったんです」
「そ、そうか。ならよかった」
盗み聞きしていた手前、罪悪感が大きい。
そんな僕の気持ちをわかっているのか、彼女はクスクスと笑っている。
「心野君は、いつも私を助けてくれるんですね」
「今日はたまたまだよ。てか、そんなしょっちゅう助けてたっけ?」
どちらかと言えば、僕が彼女に助けられてることの方が多い気がする。
「それにしても心野君。わざとぶたれましたよね。心野君なら、あんな素人の拳ぐらい、簡単に受け止められるはずですよね」
「あちゃあ、ばれてたか」
あいつに殴られて大げさに痛がって転げてみせたが、実際はそれほど痛くなかった。
勇陽に防具の上から打ち込まれた時の方が何十倍も痛い。
「あいつの顔にだけ”はたかれた痕”があったら、他の人が見たら委員長が悪い、って思われちゃうかもしれないからね」
勇陽と僕のせいで委員長を”加害者”、なんて立場にするわけにはいかない。
教師に知られたら内申点に響くかもしれない。
あいつが僕を殴ったという事実があるなら、下手に他人に言いふらすことができないだろう。
「ごめんなさい。私のせいで。……反省しないといけませんね。カッとなったとはいえ、暴力はいけませんでした」
委員長は心配そうに僕の頬に優しく手を添える。
その感触がふんわり柔らかくてドキマギしてしまい、あわてて離れる。
「い、いやいや、これくらいなんともないって。それに、ナイスビンタだった。見ていてスカッとしたよ。僕が殴られた分なんて、余裕で帳消しさ」
委員長は呆れたような、申し訳ないような、微妙な顔をしていた。
「心野君は、本当に……不器用な人ですね」
「よく言われる」
結果的に委員長に害がなくてよかったが、もうちょっとスマートな解決方法があっただろうなとは思う。
勇陽だったら、スマートとはいかないがもっと力任せな方法を取っていただろう。
僕に力が無いばかりに、不甲斐ない。
「私のことなんて、どうだっていいじゃないですか。なのに自分ばっかり損して……」
「委員長のことはどうでもよくなんてないよ。大事な友達だ」
「……」
返答が無かったので慌てて顔を見ると、彼女は言葉を失ったようなびっくりした顔をしていた。
あれ、ひょっとして友達だと思っていたのは僕だけだったか?
「い、委員長? 友達は言い過ぎたかな……えっと、クラスメイト? 部活仲間?」
「い、いえ。そうじゃないんです。友達です。ちゃんと友達ですから」
ならばよかった。結構本気で焦った。
友達じゃないなんて言われたら明日から学校に来れないかもしれない。
「それより、あの人勇陽さんの悪口を言ってましたけど、そのことには怒らなくていいんですか?」
確かに言っていたな。知性の欠片もないとか。
「……うーん。あいつがバカなのはどうやっても否定できないからなぁ……」
あいつが弱い、と言われたら、それは絶対にありえないことだから怒るが。
あいつがバカなのは自明の理であり、世界の真理だから怒りようがない。
今も世界のどこかでバカなことをして他人に迷惑をかけているんじゃないだろうか。
それを聞いて委員長は、片手で頭をおさえて、またしても微妙な顔になってしまった。
「……お2人のこと、まだまだわかっていなかったようです。……では、ご自身のことは?」
「それも、否定できないな、と思っちゃって」
勇陽と委員長に比べたら、僕は何の取り柄もない人間だ。
人間としてのレベルが違う、と言われて妙に納得してしまったところがあるのだ。
だからこそ。
彼女に対して、ずっと思っていたことを言った。
「委員長も、勇陽がいない僕なんて相手しなくていいんだよ」
勇陽のおまけである僕を憐れんで一緒にいてくれるのは嬉しいが。
僕のために委員長の貴重な時間を使わせてしまうのは申し訳ない。
「心野君」
「はい」
「怒りますよ」
「ひえっ」
ゴゴゴ、と効果音が聞こえるかのような迫力だ。
長い髪が蛇のようにうごめいている気さえしてくる。
さっき怒っていた時よりも数倍怖い。
「言っておきますけど、私、嬉しかったんですよ? 心野君の言葉」
「そ、そう。僕ごときが委員長を喜ばせられてなによりだよ」
「『俺の女に手を出すな!』でしたっけ」
「そんな身の程知らずなこと言えるか!」
身の程知らずだし、命知らずだ。
学校に何百人といる委員長のファンに殺される。
そんなバカな人間は、さっきの男だけで十分だ。
「間違えました。願望が混じってしまいました」
「委員長、オラオラ系が好みだったのか……」
そりゃ、勇陽のような人間が好きなはずだ。
「友人も、恋人も。私が誰と付き合うかは、私が決めますから」
そう言った彼女の百満点の笑顔で、不覚にもドキリとさせられてしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます