第07話 真剣

 最初に動き出したのは、こちらだった。


 これまでと同じように、速攻で決めてやる!

 そう意気込み、盾を構える大トロの懐に入り込んで斬りかかろうとしたのだが、


「させるかよぉ!」


 ガンッと大きな音がし、こちらの剣は大盾でガッチリ防がれてしまった。

 相手のHPは1割も削れていない。


「あんたのスピードと攻撃力は一流だ。一撃必殺のアサシンタイプってやつだな!」


 そのまま盾で押し返してきて、僕の体は軽く吹っ飛ばされる。

 ダメージは無いが、相手をろくに削れていない。


「だからこっちはガッチリ固めてきた。DEF極振りに装備も防御寄せ。装備は自動回復持ち!お前の攻撃を食らっても余裕で耐えられるぜ!」


 大トロの言うように、減らした体力が徐々に回復していっている。

 これじゃあ、いったい何回斬ればいいのか……そこへ、


「『スパークボルト』!」


 杖を構えたトラサブローが、雷の矢のようなものを真っすぐに放ってきた。

 しかもその矢は恐ろしく速い。


「……っ!」


 こちらの頭を一瞬で貫く勢いだったが、ギリギリのところで上体を反らして回避した。


「だ、大丈夫ですかユウヒ様!?」


「なんとか。……しかし」


 大トロを倒すには時間がかかる。

 その間に後ろから飛んでくる魔法攻撃を全て避けるのは難しい。

 このままだとまずい。ターゲットを変更するべきだ。


「後ろを狙うよ。突っ込むから援護してくれ」


「わかりました! ……『バリアー』!」


 大トロは巨大な盾に重厚な鎧を装備している。

 どう見ても亀みたいに鈍重だ。

 だから、先に狙うべきなのはトラサブローだ。

 カナホからもらったバリアーを纏い、一気に突っ込む!


「甘いぜしかし!」


───速い!


 トラサブローは、こっちが剣を振るよりも速く動き、あっという間にこちらの射程外まで逃げてしまった。


「へっへっへっ! 俺っちはAGI《敏捷性》極振りだかんな! 速さならあんた以上だぜ! ……『トライスピア』!」


 そして逃げ回りながら、こちらに向かって魔法を使い、3本の氷の槍をミサイルのように放ってきた。

 1発はバリアーに弾かれ、残りの2発は叩き斬る。

 すぐさま反撃しようと剣を構えて走りだしたのだが、


「おっと、こっちも無視させねぇぞ! 『デコイ』!!」


「な!?」


 大トロが持っていた盾をガンッ!と地面に打ち付けると、一瞬赤く光った。

 すると、体が強制的に大トロの方を向いてしまった。

 もう1人の方に行きたいのに、体が言うことを聞かない。


「『デコイ』は、5秒間対象の方向しか向けなくなりますぅ!」


───なるほど、そういうことか。


「よそ見してていいのかしかし!? 『トライスピア』!!」


 トラサブローが僕の死角、右の方に移動しながら魔法を放ってきた。

 そちらの方を向いて避けようとしたのだが、『デコイ』の効果で首を曲げることすらできない。

 視界が固定されてしまっているのだ。


「ぐあっ!!」


 さすがに避けることは叶わず、氷の魔法をまともに受けてしまった。

 HPが半分ほど持っていかれる。

 AGI特化というだけあって、MAT《魔法攻撃》は低めなのだろうが、このアバター《ユウヒ》の防御性能が低いせいでバカにできないダメージだ。


「大丈夫ですか!? ユウヒ様!!」


「厄介な……!」


 ようやく体の自由が戻った。

 そのままトラサブローを追おうとしたのだが、デコイの効果が切れた瞬間、彼は再び大トロの後ろに隠れた。


 DEF特化の大トロが巨大な盾で攻撃を防ぎ、AGI特化のトラサブローが逃げながら魔法で攻撃する。

 こちらのダメージソースはユウヒの剣での攻撃だけ。

 大トロ相手にはろくなダメージは期待できない。


 これは、ひょっとすると……。


「こ、こんなの、普通のビルドじゃないですぅ!まるで私たちを倒すためだけの構築ですぅ!」


 そうだ。

 この戦い方は、完全に僕たち2人ユウヒとカナホだけを封殺する動きだ。


 遠距離から後衛を狙うような手段さえあれば、どうということはない。

 他のプレイヤーたちなら、そこまで苦労することはなく倒せてしまうだろう。


 それを指摘すると、相手2人はにやりと笑い、あっさり認めた。


「ああ、そうだよ。こいつはお前を倒すためだけに考えた構成ビルドだ!」


 対戦する前に、動画を見て研究してきたとは言っていたが……まさかここまでとは。


「なんで、そんなこと……だいたい、こんなビルドじゃぁ、ここに来るまでに生き残ることもできないはずですぅ!」


 カナホの言う通りだ。

 僕たちに会うまでに、他のメンバーに負けてしまっては意味が無い。

 だが、彼らは不敵な笑みを浮かべている。


「くくく。そりゃ、この試合に参加しているのは、みんな俺たちの協力者だからだし。お前たち以外は、だけどな」


「な、なんだって!?」


 まさか、対戦が始まる前からそんなことを仕掛けていたなんて。


「どうして、そこまでするんですぅ!?」


「お前が決勝に行くなんて許せねぇからだよ、しかし!」


「お前みたいな無茶苦茶なビルドで、勝てたのは運がよかっただけなんだよ! 予選は勝てたとしても、決勝で勝てるわけがねぇ!」


「なっ……!」


 なぜ、そこまで。

 どうして、ユウヒあいつを、認めないんだ。


「俺たちは大会に向けて何回も何回もビルドをやり直し、スキル構成や戦術を練った! 何百時間も練習した! そんな俺たちが、お前みたいなぽっと出の運だけゲーマーにやられるなんて、納得できるかってんだ!」


「おまけに、予選で勝ったと思ったら途端にログインしなくなるしな! 舐め腐ってんじゃねーし!」


 そうか。この人たち、真剣にゲームをプレイしていたんだ。

 だが、初心者の勇陽にあっさりやられてしまった。

 その境遇には多少同情しなくもない。


「お前はどうせ、『たかがゲームだろ』、なんて思ってんだろ!? 俺たちにとっては、『たかが』じゃねーんだよ!!」


「こっちは人生を賭けて大会に臨んだんだぜ! お前みたいな、遊びでやってるようなやつが、勝っていいもんじゃねーんだし!」


 おまけに、勝ったというのにゲーム機ごと僕に預けてしまうぐらいだ。

 本当のことを知ったら、ふざけていると思われても仕方ない。

 でも。そうだとしても。


「……それは違う!」


 あいつはそんな風に、”ゲームだから”なんて理由で、遊び半分で臨むような奴じゃない!


「あいつは、いつだって、何にだって、真剣なんだよ!」


 言動が無茶苦茶で、人の迷惑も考えない、周りに心配ばっかりかけさせているやつだけど。


 いつだって、何にだって、真剣に取り組むやつだ。

 はたから見たら滅茶苦茶なビルドも、戦法も。

 大真面目に考えて、勇陽にはこれがベストなんだと僕にはわかる。


 あいつが『僕に託す』と言った意味は、まだわからない。

 それが何なのか、僕は知らなければならない。


 だけど、あいつは本当にどうしようもなくて、本当は自分でやりたかったけど、他に頼れなかったから、僕に頼んだ。

 それぐらいのことは、わかっているつもりだ。


「ほざけよ! だったら、この詰み状況でも、俺たちに勝って見せろってんだよ!!」


 そうだ。だから、僕は勝つんだ。

 勇陽の代わりに。

 あいつのすごさ、あいつの強さ、あいつの真剣さ。

 全部、認めさせるために!


「ああ、そうさせてもらう!!」


 こんな絶望的な状況でも、勇陽なら。


『攻撃を食らったらまずいなら、全部避ければ問題ねぇじゃん』


『相手が固いなら、倒れるまで攻撃し続ければいいだろ?』


『相手の方が速い? じゃあ、もっと素早く動けよ」


 そんな無茶苦茶を、当然のように言うだろう。

 それを成し遂げるのに、いったいどれほどの集中力と瞬発力が必要なのかわかっているのだろうか。


「オラァ! そろそろ終わりだぞ! 『デコイ』!!」


 またしても、『デコイ』で視界が制限される。

 このままじゃ、また魔法で狙い撃ちされてしまう。


「とどめだし! 『スパークボルト』!!」


 ビリビリと空気が震え、高速の雷球が襲いかかってくる。

 だが、そちらを向くことはできない。

 この攻撃を食らったら、おしまいだ。

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