第02話 ブレイブロワイヤル

 降り立った先は、いかにも中世ファンタジー物に出てきそうな町だった。

 地面は石畳、建物はレンガ造り。

 側には海もあり、何隻も帆船が停まっている。


 遠くには大きなお城や、ローマのコロッセオみたいな建物も見える。

 栄えていそうな町だということが一目でわかった。


 マップ表示は、『帝都メルシアーナ』。

 これが『ブレイブロワイヤル』の舞台らしい。


 自分の頭上に表示されているアカウント名は『ユウヒ』。

 誰が作ったキャラなのか、わかりやすすぎて助かるぐらいだ。

 間違いなく親友のものだと確信できる。


 周りには他のプレイヤーらしき人が大勢いて、談笑したり店の前で武器を眺めたりしている。

 ふと、店のショーウィンドウのガラスに男が映っているのに気付いた。

 背中に大剣を背負い、軽そうな鎧を着たイケメンだ。

 一瞬、それが自分が操作しているキャラクターだと気づかなかった。

 しげしげと眺めると、首を傾げた。


「……意外だな……んん?」


 ぽつりとつぶやいたその声が、自分のものとまったく違ってまた驚いた。

 ボイスチェンジャー機能だ。

 声が変わるだけでなんだかちょっと大人になったように感じる。


「最近のゲームはすごいな」


 素直に感心してしまった。

 科学の進歩ってのはすごい。


 さて。これからどうすればいいんだろう。

 そもそも、これがどういうゲームかすらわかっていない。

 モンスターを倒すようなRPGなのか?

 それとも対人ゲームか?


 どうしたものかと途方に暮れていた時。


「おい、あれ……」

 

「おお、ユウヒじゃねぇか!」


「あいつ、最近は全然姿を見なかったってのに」


 近くにいた他のプレイヤーたちから、そんな声が聞こえてきた。

 どうやらヤツはこっちでも有名人らしい。

 自分を……いや正確にはユウヒのアバターを見て、周りのプレイヤーがひそひそと噂をしている。

 正直ちょっと居心地が悪い。


───まさかゲーム内でも問題起こしたんじゃないだろうな。


 もしかすると、何か問題行動をしてゲーム内にいられなくなったから僕に押し付けてきた……

 ……という可能性も否定できない。

 なにせ、滅茶苦茶勝手なやつだからな。


 その時。


「ユウヒ様!?!?!?」


「え?」


 突然親友の名前が呼ばれて、キョロキョロしてしまった。

 よく考えると、自分が操作しているアバターのことだった。

 

 声がした方を見ると、女の子がこちらに向かって猛烈な勢いで走ってきて……。


「ぐへっ!!」


 飛び込んできた。タックルかと思うほどの勢いだ。

 そのままの勢いで地面に仰向けに倒れる。

 もちろんゲームなので、痛みなど感じるはずもない。

 だが、思わず口からうめき声が漏れてしまった。


「来てくれたんですね!? よかったですぅ!!」


 スリスリと顔を胸に擦り付けてきて、ドキドキしてしまう。

 だが、知らない女の子にそんなことされてもこちらとしては困る。


「あ、あの……君は?」


 真っ白なローブ、大きな杖を持ったその姿は、魔法使いか僧侶のような格好だ。

 身長はかなり小さめで、ユウヒのちょうどお腹のあたりに頭がある。


 よく見ると、頭上にプレイヤーネームが表示されている。

 名前は『カナホ』というらしい。便利で助かる。


「あっ……」


 戸惑っていると、少女は突然驚いた顔をしてばっと離れた。

 口に手を当て、ショックを受けた風に見える。

 

 まずかったか。ちゃんと事情を説明しないと。


「あの、僕はユウヒじゃなくて……その……」


 だが、なんと言ったものだろうか。

 正直に言って信用してもらえるのだろうか。

 『このアバターを使っていた人間は行方不明になったけど、ゲーム機が送られてきて代わりにプレイしている』と。


 ……普通なら信じなさそうだよなぁ。


 一人でうんうん唸って悩んでいたところ、カナホはふいににっこり笑った。


「ユウヒ様! 私、ずっと待ってたんですよぅ! 来てくれてよかったですぅ!」


「あ、ああ、うん……」


 ともかく。

 この様子だと、勇陽の知り合いなのは間違いない。


 あいつにも一緒にゲームをする友達がいたんだ……そう考えるとちょっと心がざわつく。

 自分が知らないあいつの知り合いがいるという、当然な事実を突きつけられて、複雑な感情を抱いたのだ。

 だがそんな僕の心情などお構いなしに、彼女は僕の腕を取り、引っ張って行こうとする。


「ほらほら行きますよぉ! 久しぶりにデュオやりましょ! 私、ユウヒ様がログインしたのを見つけてすっ飛んできたんですからぁ〜」


「え、ちょ。えっと、カナホさん?」


「やーだぁ! いつもみたいにカナホって呼んでくださいよぉ~!」


 少しでも勇陽に繋がる情報を聞き出したかったのだが、この様子だととても無理そうだ。

 連れてこられたのは、さっき遠くから見えていた場所だ。

 入り口には『コロシアムロビー』、と表示されている。


「あ、ほら見てくださいあのモニター! 前回の大会の時のヤツですぅ!」


 コロシアムの外観には巨大なモニターが設置されていて、バトルの様子が映し出されている。

 ファンタジー風な世界観とは若干合わない気もするが、なにか魔法的な設定がある物なのだろうか。


 『REPLAY』と隅に書かれているのを見るに、以前の戦いの様子なのだろう。

 映っているのは、今自分が操作している『ユウヒ』というアバターの姿だ。

 何人もの敵プレイヤーに囲まれながらも、ケロリとした顔で次々に打ちのめしていくその姿は。


「あっ……」


 剣道を思わせる剣の握り方。

 そして相手との距離を詰める足運び、得物を大胆に振るスピード。

 間違いない。勇陽の動きだ。


 リプレイの日付は1か月前。

 つまり、あいつは少なくとも1か月前まではこのゲームをプレイしていたのだ。

 そして勇陽の隣には……。


「カナホ!?」


 敵に突撃していく勇陽を、後ろから魔法でサポートするカナホの姿があった。


「いやーあれは熱い戦いでだったですぅ。まぁ私とユウヒ様のラブラブコンビが負けるわけないですけどね!」


 現在の彼女の方を見ると、どや顔でうんうんうなずいている。


「来月のBCS決勝も、私達なら優勝間違いなしですぅ!」


「ええっと、BCSって?」


「『ブレイブチャンピオンシップス』ですぅ! 『ブレイブロワイヤル』最強を決めるでっかい大会ですぅ!」


「はぁ……」


 勇陽とカナホの2人はその予選を勝ち抜き、決勝に駒を進めた、ということらしい。


「じゃあそろそろいきますよぉ! いきなりランク戦でも大丈夫ですよねぇ? 1か月も練習できてなかったんですから、大会に向けてガンガンやってきますよぉ!」


「え、え? ちょ、ちょっと待って」


 あくまで勇陽のことを知りたいだけで、真面目にゲームをプレイするつもりはなかったのだ。

 そもそもゲームのルールもわからないし、大会なんてとんでもない。

 だが、彼女はまったく話を聞いていなかった。


「ランク戦~♪ ランク戦~♪ 久々にユウヒ様とランク戦~♪♪♪」


 機嫌良さそうに鼻歌を歌いながら、ぽちぽちと受付にあるボード状の端末を操作している。

 相当マイペースなようだ。

 なんとか止めようとしていたのだが、そこへ。


「よおユウヒィ〜! へへへ、久しぶりだなぁ〜!」


「うわっ!」


 二人組の男たちが突然後ろから現れ、馴れ馴れしく肩を組んできた。

 一人はノッポで、もう一人はチビ。デコボココンビ、という言葉がぴったりだ。


「えっと……誰?」


「大トロさん、トラサブローさん、あの予選大会で準優勝だったコンビですよぅ」


 確かに身長の大きい方が『大トロ』、小さい方が『トラサブロー』と名前表示されている。

 慌ててリプレイモニターの方を見ると、ちょうどこの2人が勇陽と戦っているシーンだった。

 2人がかりでユウヒ相手に斬りかかったが、あえなく返り討ちにあって吹っ飛ばされたところだった。


「えーっと、それはどうも」


「なぁお前ランク戦やるのか? それより俺らとプレイヤーマッチやらねぇか?」


 ランク戦は負けた時に自分のランキングが下がるが、プレイヤーマッチにはそれがない。特定のプレイヤーと対戦することもできる。

 どうせ対戦するなら、そっちの方が気持ちが楽かもしれないな、とのんびり考えていたのだが。


「あの時は油断してあんたに初見殺しされちまったけど、もうあんな手は通じないぜ」


「は?」


 肩を組んでいた大トロに突然そんなことを言われ、困惑する。


「あんたの動きは動画サイトで何度も見て研究させてもらったからな。今のオレらに勝てない相手じゃねぇさ。所詮は一発屋だろしかし」


 もう一人のトラサブローも、にやにやしながらそんなことを言う。

 それを聞いて横のでかい男はうんうん頷き、


「このゲーム、最後に物を言うのは経験だかんな。半年前に始めたばっかの素人トーシロに、二年以上プレイしている俺たちが負けるはずないからな!もう絶対に負けることはねーよ」


 親しげに話しかけてくるから勇陽の友達なのかと思ったら、とんだ勘違いだった。

 思わず言葉に詰まってしまう。


「なに言ってるんですぅ? ユウヒ様は天才なんですよ! たった1ヶ月でブロンズランクからダイヤモンドランクになったし、『BCS《ブレイブチャンピオンシップ》予選を1番の成績で勝ち上がったんですからぁ!?」


 カナホがぷんぷんと怒って反論するが、


「いやいや、ビギナーズラックってあるからなぁ~。ユウヒもラッキーで勝っただけの雑魚ってわけだよ。なぁ?お前らもそう思うだろう?」


 大トロが振り返り、周りで僕たちの様子を眺めていた群衆に問いかけると、彼らもそうだそうだと一斉に頷く。


「おお、確かにそうだよな」


「あんなの、運が良かっただけだと思ってたんだよ」


「決勝で無様に負けるぐらいなら、今のうちに辞退しといたほうがいいんじゃないか?」


 驚くべきことに、彼らはユウヒのことを認めていないんだ。

 あいつのすごさなんて、ちょっと見たらわかるはずなのに。


「な、なんて失礼なぁ! ユウヒ様は雑魚でも偶然勝ったわけでもないですぅ!」


 カナホも、悔しそうに地団駄を踏んでいる。


「ラッキーじゃなかったってところを見せてくれよ。勝負しようぜぇ?」


 本物の“ユウヒ”なら迷わず戦い、コイツらをボコボコにして二度と生意気な事を言えないようにするのだろうが。


「え、嫌だよ。あなた達とここで戦う理由はないし」


「ああん?」


 僕は別に、このゲームを遊ぶためにログインしたわけじゃない。

 あくまで勇陽の情報を得るためにここにいるんだ。

 こいつらの言動には腹が立つが、わざわざ戦う理由が……。


「負けるのが怖いんだろ?」


 表には出さなかったが、内心ビクッとした。


「ここで負けたら、やっぱユウヒは雑魚だったって知れ渡っちまうからなぁ」


 自分でもよくわかっている。それはただの言い訳だ。

 このゲームでどのように戦うかもわからないような人間が、どうやってあの勇陽の代わりを務めるっていうんだ?


 僕は勇陽じゃない。

 ここで戦ったとしても、ボロボロに負けてあいつの名誉を傷つけるだけだ。


「てかユウヒと組んでるあのカナホって女も、確かサポート専で誰も組みたがらない地雷プレイヤーだろ?」


「ああ、ユウヒがいない間、誰もアイツと組もうとしなかったしな」


 黙っていると、次第に罵詈雑言のターゲットがカナホにシフトしていく。

 思わずカナホの方を見る。

 彼女は泣きそうな顔をしながら、たった一人で彼らに立ち向かっていた。


「私の悪口はいくら言ってもいいですぅ! でも、ユウヒ様のことを悪く言うのは許しません!! だって、ユウヒ様はヒーローなんですから!!」


「……あっ」


 そうだ。あいつは。


「ヒーロー? あいつがか?」


「何がヒーローだよ。アニメの見過ぎじゃないか?」


 周りの奴らはバカにしたように笑っている。


「……ですよね? ユウヒ様ぁ!!」


 必死に、すがるようにこっちを見て叫ぶ彼女は。

 助けを求めているように見えた。


『なぁ、お前。助けて欲しいのか?』


 僕とあいつが初めて会った時。

 いじめられていた僕を助けてくれたあの日。

 あいつは間違いなくヒーローだった。


 それからも、一番近くで見ていたからよくわかる。


 溺れている子犬を川から救出した時も。

 不良に絡まれているいじめられっ子を助けた時も。

 火事の現場から子供を救い出した時も。

 いつだってヒーローみたいな奴だった。


『お前に託す』


 今、この場に本物の勇陽はいない。

 でももしいたら、迷わないだろう。


 そしてここにいるのは、あいつから『託された』僕だけ。

 ……そう、今だけは、僕は“ユウヒ”なんだ!


「……勝手なことばっかり言う奴らだな。程度が透けて見えるよ」


「あ? なんだって?」


 こんな奴らの挑発に乗りたくはない。

 でも、少なくともあいつは目の前で女の子が侮辱されているのを見て、黙っているヤツじゃない!


「ここまで言われて黙っているわけにはいかない。やってやろうじゃないか」


「やりましょうユウヒ様! こんな奴ら、前みたいにボコボコのボコですぅ!」


「よっしゃ、そうこなっくちゃな」


 大トロが端末を操作すると、目の前に文字が浮かび上がった。


『大トロからプレイヤーマッチに招待されました。参加しますか?』


 ちらっとカナホの方を見る。

 頷き、画面を操作して対戦準備を完了させる。

 途端、全身が光に包まれる。


 本当は僕だって、怒っていた。

 はらわたが煮え繰り返るほどに。

 僕にも許せないことがある。

 それは……。

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