真っ赤な夕陽を追いかけて ~ブレイブロワイヤル~
ゼニ平
第01話 消えた親友
もしこの世界が物語だったとして。
僕、
高校3年生になったばかりの17歳。
身長体重は平均ぐらい。テストの成績もほとんど平均点。
『普通の男子高校生』を絵に描いたらほぼ僕の顔になる事だろう。
子供の時から剣道をやっているけど、実力は普通。
大会では勝ったり負けたりを繰り返している。
そんなザ・普通の人間な僕だが、唯一普通じゃないところを挙げるとすれば、身近にまるでヒーローのような普通じゃない人間がいることだろう。
僕よりもずっと主人公に相応しい、僕の親友。
だが、あいつは……。
「勇陽先輩、ずっと来てないよな」
そんな言葉を聞き、扉の前で立ちつくしてしまった。
剣道部の部活が終わり、1年生たちが道場の掃除をしている。
別に先輩風を吹かせて『黙って掃除しろ』とか『真面目にやれ』だなんて熱血体育会系のノリで怒りたいわけではない。
問題は話している内容だ。
「お前知らないのか? あの人、半年前から失踪してるんだぜ」
「一家全員夜逃げしたって聞いたけど」
「いやいや、俺の聞いた話だと、武者修行の旅に出たらしいぜ」
思わず聞き耳を立ててしまった。
小さいころからの友達で、いわゆる幼馴染というやつだ。
小学校は校区が違ったので別だったが、中学高校と一緒でもう10年以上の付き合いになる。
そんな親友が突然姿をくらましてから半年がたった。
最初はすぐに帰ってくるだろうと思っていた。
だが、幼いころから何度も遊びにいったあいつの家はもぬけの殻だった。
学校の先生に尋ねに行ったら、なんと既に休学届が提出されていたそうだ。
四方八方探し回り、片っ端から知り合いに尋ねて回ったが、誰もあいつの行方を知らなかった。
あいつは何の前触れもなく、まるで世界から消えてしまったかのように、僕の前からいなくなったのだ。
「これも噂だけどさ……心野先輩が赤道先輩を監禁してるんじゃないかって」
「は?」
ドア越しに聞こえてきたとんでもない話に、さすがに硬直してしまう。
半年経って噂話の規模が予想より大きく膨らんでいるようだ。
まさか自分が容疑者にされるだなんて思ってもみなかった。
「いやいや、何言ってんだお前?」
「だって心野先輩、赤道先輩がいたら主将になれなかっただろ」
「それはそうだけど……」
確かに。自分でもそう思っている。
本人は剣道部の主将なんて立場は絶対にめんどくさがるが、俺がやるよりは立派にみんなを引っ張っていけただろう。
後輩たちも皆そう思っているようだ。
「あの人、練習でもずっと心野先輩のことボコってたもんなぁ」
「心野先輩、赤道先輩から一本も取れたことないらしいからな」
「そりゃ心折れるわ。幼馴染なのにそんだけ力の差があるなんて残酷だよな。いっそいなくなってくれた方がいいって思っても仕方ないって……」
「やあ1年生たち。楽しそうな話してるみたいだね」
気づいたら、飛び出してしまっていた。
噂の人物が突然現れたことに彼らも驚いて固まっていた。
「あ、せ、先輩!」
「お、お疲れっす!!」
「掃除、終わった? そろそろ道場の鍵閉めたいんだけど」
「は、はい!! 終わってます!!」
「サーセンした!!」
「それから……」
こほん、とわざと咳払いをして、ちょっと肩をすくめた。
「君たちは勇陽を舐めすぎだよ。あいつは僕にどうこうできるようなヤツじゃない。あの暴れ馬を捕獲しようと思ったら最低でも剣を持った手練が10人は必要だからね」
冗談めかして言ったのだが、後輩達は皆顔が引きつっていた。
「で、ですよね~!」
「そ、それじゃあ俺たち失礼します!」
そう言い残すと、荷物を抱えて逃げるように帰っていった。
「……やれやれ」
肩をすくめると、中に誰もいないことを確認してから施錠し、校門に向かって歩き出す。
彼らの言うことは的外れもいいところだ。
勇陽がいなくなってくれた方がいい?
まさか。ありえない。
赤道勇陽は、僕にとってはスーパーヒーローのような存在なのだ。
強くて、カッコよくて、道場で竹刀を持った姿がヤケに様になっていて。
自分よりも大きな体をした男相手でも、怯むことなく容赦のない一撃を打ち込む。
大人でも相手できるのは師範ぐらいだ。
いや、僕だけじゃない。
みんながあいつをヒーローだと認めている。
川に落ちて溺れかけていた子供を助けたり、火事の現場に飛び込んで逃げ遅れた人を助けたり。
剣道では中学の県大会は優勝。そのまま全国大会も制覇するかと思われたが、会場に向かう途中で迷子の子供を見つけてしまい、親を探していたら試合開始に間に合わず、失格になってしまったのだった。
あいつの武勇伝を語り出したらキリがない。
だからいつだってあいつが上。僕が下。横に並ぶことすらできない。
あいつが光なら僕は影。太陽と月。月とスッポン。
それが僕たちの関係だ。
たぶん一生かかっても敵わない存在。
僕が勝てるのなんて、身長と口の悪さとずる賢さくらいなもんだろう。
そんな太陽のような存在が突然消えて半年。
本当に周りが暗くなってしまったように感じている。
いっそ消えたのが僕だったらよかったのに。
周りの人はみんなそう思っているだろうし、なんなら僕が一番感じている。
大きなため息をつきながら、校門をくぐろうとしたとき。
「あ、心野君。もう帰るんですか?」
1人の女子生徒に話しかけられた。
ふわふわした長い髪。メガネをかけていて、見た目からして真面目な雰囲気が漂っている。
僕と勇陽共通の数少ない友人だ。
誰に対しても丁寧な口調を崩さない、清楚な美少女。
成績優秀な上に剣道部所属で、副部長を務めている。
おまけに人当たりも良く、あまりにも完璧なので、僕は敬愛を込めて『委員長』と呼んでいる。
「ごめんなさい。なかなか部の方に顔出せなくて……生徒会の方が忙しくって」
申し訳なさそうに頭を下げる彼女に対し、首を振る。
「気にしないで。基礎練習なら僕一人でも見れるし……今度の練習試合には出れそう?」
「ええ。旗本高校との練習試合ですよね。その日はなんとか空けるつもりです」
その言葉にほっと安心する。
我が部はただでさえ女子部員が少ないので、彼女まで参加できないとなれば、団体戦の試合すらままならないのだ。
そのまま自然な流れで2人で帰路につく。
彼女とは途中まで帰り道が同じだ。
女子と2人で下校、なんて普通なら心躍るシチュエーションだろう。
おまけに相手が委員長ほどの美少女ともなれば羨ましがる男どもが列をなし、下手すれば彼らに呪い殺されそうになるかもしれない。
だが勇陽ならともかく、僕と委員長が一緒に下校していても『付き合ってるんですか?』なんて尋ねてくる奴はいない。
僕と彼女では不釣り合いにもほどがある。
一応剣道部をまとめている僕だが、勇陽がいたら間違いなくあいつが部長になっていたはずだ。
「僕が部長なんて、柄じゃないんだよなぁ……」
「そうですか? 心野君、人に教えるのとっても上手だと思いますよ」
「そりゃ、僕ができの悪い生徒だったからね……」
剣道は10年近く前からやっている。
勇陽に連れられる形で、同じ剣道場に通うことになったのだ。
ろくにスポーツなんかやっていなかった自分は、何もかも覚えるのに時間がかかった。
その経験が、自分が後輩に指導する立場になった時に役立っているのは間違いない。
「でもやっぱり部長は試合でも大将をやることが多いし。そうなると、絶対に勝てる勇陽の方が相応しいと思っちゃうんだよ」
「それは、そうかもしれませんが……」
委員長は困り眉になってしまった。
勇陽はやっぱり他の人とは違う。
長い付き合いの中で何度もそのことを痛感させられている。
この世界には、あいつと同等に戦える人間なんてほとんどいないかもしれないな。
「……その勇陽さんから、何か連絡はありませんでしたか?」
「ない。……ほんと、薄情なやつだよ。黙っていなくなって、連絡一つよこさないなんて」
首を振って即答する。
そのことを考えると、ますます後ろ向きが加速する。
「やっぱあいつにとっては、僕は取るに足らない人間だったのかな……親友だと思っていたのは僕だけだったのかも」
「相変わらずとんでもない卑屈ですね。心野君は」
委員長は呆れた声で笑っていた。
「そんな風に自分を卑下することは無いですよ。勇陽さんは、心野君のこと、一番大事に思ってたはずですから」
「だったら……」
「きっとそのうちひょっこり帰ってますよ。もしくは、何か便りが届くかもしれません」
「……だといいんだけど」
そう励まされ、ほんの少しだけ心が軽くなる。
さすがは委員長。下の者へのケアもお手の物だ。
「卑屈すぎる男の子はモテませんよ。もっと自分に自信を持ちましょうよ」
そう言ってくすくす笑っていた。
なんだかやり込められた気がして、ちょっぴり悔しい。反撃を試みる。
「さすがモテモテ委員長。含蓄が違う」
「茶化さないでくださいよ。おまけに嫌味っぽいですし」
ちょっと困ったように眉を下げる。
わずかだが溜飲が下がった。満足だ。
「心野君だって見た目は悪くないんですから、もっと胸張っていればいいんですよ。いつも仏頂面で卑屈な事言っているからみんな近寄って来ないんですよ」
「別にいいよ。人気者は勇陽だけで十分だ」
「本当ですか? 勇陽さんが教室で女の子に囲まれてキャーキャー言われているのを見て羨ましそうにしてませんでしたか?」
「し、して……ない。ぜんぜんぜんしてない」
そんなこと、ほんのちょっとしか思ってない。
「ぜんが一個多かったですよ? 怪しいですね」
「そ、そんなこんなとないってば。そう言う委員長だって、勇陽のこと好きなんでしょ?」
「ええ。大好きですよ」
そんなことを照れもせずさらっと言ってのける。
肝の据わり方というか、人間としての大きさが違いすぎるのかもしれない。
「だからこそ、早く心野君とあの人に再会して欲しい。心の底からそう思っていますよ」
「……いや、僕は別に帰ってきて欲しいなんて思ってないけどね。ただ、あいつがどっか知らない場所で迷惑かけまくってるんじゃないかと、それだけが心配で心配で。おかけで朝は2度寝するし、授業中は眠いし、夜は22時にはぐっすりだよ」
「授業中はきちんと起きていた方がいいですよ」
「……あ、はい」
せっかくのボケを殺されてしまった。
まったく。彼女には敵わない。
「では、また明日お会いしましょう」
いつの間にか、別れ道に着いていた。
彼女の家は山側の高級住宅が立ち並ぶ一角に建っている。
うちはといえば、駅からも学校からも微妙に距離があっておまけに古くて狭い、家賃の安さだけが取り柄の一軒家だ。
こんなところでも格差を感じてしまう。
「はぁ……」
今日一番の重いため息が出た。
そこから数十分後、とぼとぼと足取り重く帰宅した。
玄関で靴を脱ぎ捨て、2階の自室へ向かうために階段を登ろうとした時。
大きなダンボールが側に置いてあることに気づいた。
自分宛ての宅配便だろう。学校に行っている間に届いて母親が受け取ってここに置いたのだ。
はて、何かネットショッピングで注文したっけ、と首を捻りつつダンボールを抱えて階段を登る。
大きさの割にはあまり重くないなと思った瞬間。
なにげなく貼り付けてあった送り状を見て、体が凍りついた。
『心野友夏 様』
自分の名前と住所が書かれているが、差出人の名前は書いていない。
だが、配達員さんが住所を読むのに苦労したであろう、この特徴的なきったない字。
学校の先生に何度も注意されても直らなかった、この妙にカクカクした筆跡は。
見間違えるわけがない。
あいつだ。
ゴクリと唾を飲み込むと、ドタドタと急いで階段を駆け上がり、自室に飛び込む。
背負っていたバッグをベッドに放り投げ、部屋のど真ん中にダンボールを置く。
半年間何の連絡もよこさなかったあいつからの、久しぶりの便りなのだ。
震える手をおさえつつ、壊れ物を扱うように慎重に開封していく。
プニプニの緩衝材で何重にも覆われた物は……。
「……ゲーム機?」
出てきたのは大きめのゴーグルのような形状をした、最新鋭の超体感型VRゲーム機。
『ドリームウォーカー』。
現実さながらの迫力と臨場感を体験できるという触れ込みで、最近大流行しているやつだ。
数年前、端末を『頭で考えるだけで操作できる』という技術が確立された。
最初は頭に浮かんだ文字をAIが読み取ったり、専用のロボットアームを動かすぐらいしかできなかったのだが、今は脳波を読み取るデバイスが売られている。
噂では医療業界からも注目されているのだとか。
これはその中でも特に大人気で、ゲーム機の歴史を変えたと言われているほどの大ヒット商品となっている。
一度プレイしたら最後、こちら側に戻って来れない人も大勢いる、なんて噂がまことしやかに流れるレベルだ。
───しかし、一体どうしてこれを、勇陽が?
勇陽は昔から家でゲームして遊ぶことなんてほとんどなく、外で走り回ったり、竹刀を振り回してばかりだった。
自分の知る限り、ゲーム機など持っていなかったはずだ。
どうしたものかと途方に暮れてしまっていたが、ふと、段ボールの中に紙切れが一枚入っていることに気づいた。
小さなメモ帳のようなものをちぎって無造作に入れられたその紙切れを捲ると、ただ一言。
『お前に託す』
あまりにも簡素な言葉に、思わずため息が漏れる。
「もうちょっと、なんか書けよ。あのバカ……」
どうしていなくなったのか。どこへ行ったのか。今も無事でいるのか。
なぜこんなものを送ってきたのか。
『託す』とはいったい何のことなのか。
わからないことだらけだ。
だけど。
「やってみるしかない、か……」
もしかしたら、これをプレイしてみることで何か一つでもわかることがあるかもしれない。
あいつに繋がる何かが、見つかるかもしれない。
ふぅ、と大きく息を吐き、試合に臨む時のように集中する。
ベッドに横になり、ゴーグルを頭にかけ、中にある画面をのぞき込む。
映し出されているソフトは一つだけ。
タイトルは『ブレイブロワイヤル』。
どんなゲームかわからないが、あいつが唯一送ってきた手がかりだ。
やってみるしかない。
『ゲームスタート、ドリームウォーカー、スタンバイ!!』
そんなボイスが流れ、ゲームの世界へ落ちていくのだった。
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