第03話 僕と勇陽と剣道部

 今からおよそ2年前。僕らが高校1年生の時の話だ。

 僕と勇陽は剣道部に入部した。

 子供の時から一緒の道場に通っていたし、中学の時も一緒に剣道部に入ってたから当然と言える。


「はああああああ!!!」


「ぐっ……!」


 飛び上がりながらの面打ちを、間一髪のところで受け止めた。

 だが、腕がビリビリ痺れて思わず竹刀を落っことしそうになる。


 勇陽の一撃は鋭く、そして速い。

 まだ使い慣れていないはずの三尺八寸の竹刀を、まるで自身の腕の一部であるかのように自在に振り回す。


「はぁ、はぁ、はぁ……はぁぁあぁ!!」


「よっと!」


 隙を見てこちらも気合いを込めた打突を返そうとするのだが、どれも軽く受け流さる。

 そしてお返しとばかりに何倍もの速さの一撃が飛んでくるのだ。


 おまけに勇陽の体力は無尽蔵。

 こっちが度重なるギリギリの攻防で息を切らせていると言うのに、やつは面越しに余裕の表情が見て取れる。


 まったく、どうあがいても敵わない。


 道場の端に座って俺たちの互角稽古を見ていた先輩たちも、同じことを思ったらしい。


「心野のやつ、あんだけやってて赤道から一本も取れないんだな」


「子供の時から同じ道場に通ってるんだろ?」


「ありゃ心野にセンスがねーのよ。俺だったら隙を見て何本も取れてるさ」


 一人、小馬鹿にしたような顔で見ながらヘラヘラと笑っている先輩がいた。


「経験者って聞いたけどありゃ雑魚だな。ガッカリだわ。高校なら県大会に出てもせいぜい二回戦負けってとこだろうぜ」


───否定できないなー。


 勇陽相手に一本を取れたことなんて、今までの人生で一度もない。

 まぁそれは僕に限ったことではないのだけれど。

 同年代で勇陽にまともに一本を取れる人間なんてほぼいない。

 一応あいつと対等に戦える奴を知っているが……まぁそれはいいか。


 ともかく、勇陽はどんな攻撃も野生の勘で全て避けてしまう。

 ジャングルで獲物を狩る肉食獣みたいなヤツなのだ。

 こいつと比べたら、僕なんて同じ肉食動物でも子猫がいいところだろう。


 そんなことをぼーっと考えていたら、ふいに勇陽が目の前から消えた。

 どこに行ったのかと慌てて辺りを見渡したら、


「ちょっ!? 勇陽!?」


 いつの間にか勇陽は、さっきの先輩の目の前にいた。


「な、なんだよ1年」


 突然目の前に現れた勇陽にさすがに驚いたようだが、勇陽はそんな先輩に竹刀を突きつけた。


「おい、今なんつった」


「は、はぁ?」


「てめぇ!! 友夏をバカにするんじゃねぇよ!!」


「勇陽、待って待って! 竹刀下ろして!!」


 暴れる勇陽を慌てて後ろから押さえつけようとするが、僕ごときの力で止まるヤツではない。


「放せよ友夏! コイツはお前をバカにしやがったんだぞ! ゼッテーゆるさねぇ!」


 むしろちょうどいい重りだと言わんばかりに、そのまま竹刀を振ろうとしたところで、


「おいそこ! 何をやってる!?」


 他の一年生を指導していた部長が慌てて駆け寄ってきた。


「赤道。心野。練習中だぞ。集中しろ!」


「は。はい!」


「……」


 勇陽は一応おとなしくなったが、まださっきの先輩を睨みつけていた。

 部長はため息をつき、彼をたしなめた。


「お前も、入部したばかりの一年生相手に何やってるんだ」


「へいへい」


 だが、ちょっと肩をすくめると周りの部員たちと一緒にヘラヘラと笑っているだけだった。

 部長は、はぁ、と大きなため息をついた。


「今日の練習はここまでだ!」


 練習が終わったあとの道場の掃除は一年生の役目だが、今日は罰として僕と勇陽の二人だけでやることになった。

 道場の床を雑巾がけしながらも、勇陽はずっと不服そうな顔をしていた。


「おい友夏、お前はあんな風に言われて悔しくないのか?」


「別にいいって。言わせときなよ。実際、勇陽と比べたら僕なんて全然なんだから」


 だが、勇陽は納得できない、といいたげだった。


「オレは、友夏がバカにされるのが許せないんだよ」


「え、なんで?」


「友夏がすげーヤツだからだよ。なのに、友夏のことをろくに知りもしないであんなこと言う奴、俺は許せねぇ」


 そう言ってくれるのはとても嬉しい。だが。


「いいんだよ。僕は」


 勇陽はまっすぐで、眩しいヤツだ。

 どうやったって敵うわけがない。

 だから僕は勇陽の影で構わない。


 僕自身がバカにされたとしても全然気にしない。

 たが、もし勇陽がバカにされることがあったら、僕は多分怒ると思う。


 本人は気にしないけど、親友が侮辱されたら怒る。

 僕たち2人は、そういう関係なのだ。

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