イミビ 2

 ちょっと、オコゼが入っとらんで。せたんかいな、うてきて言うとったのに。

 あれへんかった? あそこの店のおっちゃんは心得とるさかい、今ごろはオコゼは必ず店に置いとってのはずやで。

 ああもう、言うたら出してきてくれてやのに、あんた言わんかったんかいな。

 こんが焼けとまうで。ちゃんとお供えせんと、山からあれが来よるんやで。

 あれ、てあれや。昨日の晩も見たやろ。山の上に点っとった、青い火がな、てーんてん、と連なって山から下りて来よる。

 電飾や思うてた? アホ言いなな。そんなええもんかいな。

 知らん、あれはなんや言われても、うちゃ知りゃァせん。スゥーっと走ってくる火や。昔っからそういうもんやてずっと言われてきとるさかい。んでまえ、てねごうても、晩に火は来るし、どこぞこぞ、どの家かが燃やされるんや。

 そやから昼のうちに、山の上のお社までオコゼをお供えに行ってこんと。

 暮れはな、お正月のウラジロや生ける松やいうて採りに、自分とこの山に入るやろ。ここらの山のはたの家はな、お飾りやなんやはうたりせえへん。みんな自分とこの山に入って材料採って来てな、自分らァで作るんや。そやから山の神さんに、ようお礼しとかんと。ありがとうございます、て必ずオコゼもお供えしてお願いしとかんとな。まだこれからもようお守りくださいてな、言うとくんや。山の神さんは、オコゼ好っきゃからな。

 うちのお爺さんやらお婆さんやらがおったころは、暮れでも山に入ったらあかん日があったらしいけどな、今もうそんなんはあらへん。忙し忙しからな、皆忘れてもうとるし、大池を半分潰いて作った宅地に入ってきた人らで、もとから知らんもんがぎょうさんおってや。それでそういうもんらが他人ひとの山にも勝手に入りよるさかい、よう揉めよるんや。関係あるか知らんけど、昔はもっと少なかったらしいで、火が下りてくるんは。

 そやからな、オコゼ、もっかい買いに行ってきてな。急ぎやで。早よせな、もう日が暮れてまいよる。

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