奇譚2 遠びこ山の向こうがわ

@skullbehringer

奇譚2 遠びこ山の向こうがわ

ひにきの実が落ちている。たくさん、落ちている。


猿っこが探しにくる前に見つけることができたと、目を輝かせるのはウスノロのキヨヒコくらいのもんだ。

じっちゃんは強く強くあたしに言い聞かせる。ひにきの実は拾うな、あそこの土は遠びこ山の向こうから流れてくる川の水を吸っている。

あの川の水はのろわれてる。

猿っこどももそのことに気づいているから手をださねえんだ。


ひにきの実は地面に落ちると、あまいにおいを出して真ん中からゆっくり割れていき、タネを出しながらくさっていく。独特のあまいにおいがあたり一面たちこめるので、子どもたちはあの辺りには気持ち悪がって近づかない。もちろん大人たちもめったな用事がないと立ち入らない。

あの先は猿っ子どもが住み着いていて、ウワサでは生きた子どもの目をくり抜いてアソビに使うらしい。だが、実際に見たものはほとんどいない。

目玉をもった猿っ子が見せびらかすようにニンマリ笑っているのを見たんだ、と同い年のバカマツがツバを飛ばしながらしゃべっていたが、じゃあその目玉は誰のなのよ、と言いたかった。


ウスノロのキヨヒコはクニのだれからも相手にされていないので、だいたいひとりで遊んでいる。

いつもふらふらしていて、自分の糞を指につけてしゃぶったり、空にむかって話しかけていたりする。

昔、向こう三件先のソゲタがキヨヒコをなぐって言う事を聞かせ、川底の石を取ってこさせようとした。じっちゃんではないが、あの川の水はのろわれているので川には近づくなとクニの子どもたちは大人に言われる。ワタシはアマ子たちと一度、こっそり川のそばまで行ったことがあるが、深い茂みを抜けて見えた川はキラキラと輝いてとても綺麗で、みんな一瞬息を飲んだ。そしてなんだかおそろしくなってすぐに逃げ帰ったのを覚えている。

キヨヒコはソゲタになぐられて結局、川に入ったらしい。実際に石をとってきたかは知らないが、ずぶ濡れで帰ってきたキヨヒコを見たキヨヒコのカカが怒り狂ってソゲタの家に怒鳴り込んで行き、石でソゲタの頭をかち割った。その時はまわりの大人たちに取り押さえられてソゲタも一命をとりとめたが、それ以来、キヨヒコにもキヨヒコのカカにも近づくやつはいない。キヨヒコのカカはアタマがおかしくなってしまった、いや、前からアタマがおかしかったからアタマのおかしいキヨヒコが生まれたんだ、とクニのものたちは言う。


のろいがうちのクニの外を焼き尽くしてもう300年になる。らしい。じっちゃんがいつも言う話だ。

大人たちはそのことをあまり話したがらない。泥と糞尿にまみれて畑仕事をして、子どもたちも動ける年になれば大人とともに働く。大切な事はそれだけだ。余計な事を考えるな、じっちゃんとは話すな、とトトは怖い顔で言う。しつこく聞くとコブシがとんでくる。カカはいつも困った顔をするくらいだが、トトは特にじっちゃんの言う話を聞くのが嫌らしい。とにかくクニの外の事は知る事を禁じられている。子どもたちも何となくそれを身に染みて覚えていく。


じっちゃんは毎日何度も何度も同じ話をしてる。べっどに縛り付けられていないほうの、右手や右足は変な方向に曲がっていて、兄のクソ助が面白がってじっちゃんをいじめる。トトもカカも一応、怒りはするが本気じゃないのは目を見ればわかる。じっちゃんのことなんて本当はどうでもいいのだと思う。


ワタシはじっちゃんの話を聞くのが好きだった。何度も何度も同じ話をするけど、時間をかければ別のことを聞き出すことができるのをしっていた。じっちゃんの話はよくわからないことも多いが、じっちゃんはクニの外の事を話す数少ない1人だった。

じっちゃんは言う。


「遠びこ山の向こうがわ、腐った川を辿っていけばでっかいイオンがある。」

(イオンって?)

「イオンモールじゃ。雨の休みの日はいつもそこに行った。雨の日は公園に行けんからそこしか行くところがなかった。フードコートでマックを食べてゲームセンターでじゅんとけんを遊ばせてた」

じゅんとけんはトトとオジの名前だ。

「あのころはイオンも安くなっていたから助かった、ポテトチップスの大きいやつが200円せんかった。安いビールも売っていた。ビールじゃなくて発泡酒だったがな」

「祝い事がある日もイオンですませた。じゅんにもけんにもなつおにもゲームを買ってやった。」

なつおが誰のことなのかワタシにはわからない。トトに聞いても怖い顔でじっちゃんとは話すな、とお決まりのセリフを言うだけだ。

「生活に必要なものはだいたいあそこでそろえることができた。安ものばかりでくだらんと思っていたが、今の暮らしを見ればどれだけマシだったか」


「墓子さんよ」とじっちゃんはカカの名前でワタシを呼ぶ。

「あんたには世話になって申し訳ない。手のつけられんかったじゅんと一緒になってくれてそれだけで感謝しとる。でもわしはもう一度ポテトチップを食べてみたい。ポテチ食いながら酒を飲んでスマホでツイッター見ていたいんじゃ。何も大そうなことは望まん、わしがやりたいのはそんな普通のことじゃ」


イオンがなんなのか、フードコートが何か、ポテチとは?スマホとは?さっぱりわからないが、とにかくじっちゃんはその、ポテチが食いたいらしい。そしてそれは川を登っていった先、遠びこ山の向こうがわにあるのだ。


ウスノロのキヨヒコを相手するものはクニで誰もいない。‥ワタシ以外は。ワタシはキヨヒコを手なづけている。キヨヒコもワタシになついている。他の子に見られないように注意を払いながら、キヨヒコと遊んでやっている。


ワタシは計画をたてている。キヨヒコを連れて禁域になっている遠びこ山の向こうがわまで行くのだ。そしてイオンモールを見つける。じっちゃんのためにポテチをとってくる。猿っ子がきたらキヨヒコをオトリに使えばいい。ひにきの実をなげつければ猿っ子は逃げていく。だから今日はひにきの実をなるべくたくさん拾いにきた。


ひにきの実が落ちている。たくさん、落ちている。

キヨヒコは目を輝かせて拾う。

それを見ていると何だかむしょうに腹が立ってきて思わず、食べていいよキヨヒコと言ってしまいそうになる。


「‥キヨヒコ、食べていいよ。」


あっ、言っちゃった。

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