終章 愛

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 メカトロニクス・オーガニゼイション(以下、MA)。それは既存の人類を排除して、新しく作り換えていくための組織。科学によって能力的な欠陥を補填し、より高度な存在へと変身させる。そのための手が加わった人類を「第二人類」と称して、区別されているらしい。


 その技術があれば、僕が「欲しているもの」を手にすることはできるのだろうか。自分らしく生きるために、欠けているものを補って完全な形にする。劣等感は否めない。けれど、それで済んでしまうのなら、あのままカグラさんについていけば事は簡単だったかもしれない。


「また派手に壊されちゃってさ」


 倒されたダイムを見下ろして、いつもの修理のお姉さんが頭をかいている。もう僕しか居なかった空き地に突如として姿を現したのだった。“彼”のおかげで幸いにもケガはなかった。


「こいつはもうだめだね。連中に負けてしまう程度の知能しかないのがいけない」


「あの、すみません。そのロボットは一体、なんなんですか」


 今更な質問だった。こうして改まって聞くこともなかった。僕を主人だと認識して、降りかかる障害から守ってくれる、不器用だけれど、献身的なアンドロイド。戸惑うことも多々あったけれど、それは機械ゆえのもので、憎しみを抱かせるほどには至っていなかった。


 ジャージ姿の女性は壊れたロボットをただ見ているだけだった。


「これはオックス……オサフくんをモチーフにしてボクが自作した、自律型人類迎撃兵器。対人戦では高度な予測によって回避行動を最適化して、勝てない相手でも負けないようには作っていたはずなんだけど。まさか、メカトロニクス・ムーブメントの差し金がキミを狙ってくるなんてね」


「メカトロニクス・ムーブメント?」


「そうよ。やつらは犯人捜しをしているのさ」


 メカトロニクス・ムーブメント(以下、MM)は詳細がだれにも解らない、非公式な組織だという。その呼称ですら、彼女たちの組織が便宜的に用いているに過ぎず、MAとの関連性も分かっていない。だから、僕はそれについては口をつぐんでおいた。


 おそらく、カグラさんたちはこの人たちとは敵対関係にあるだろうから。


「裡娃ちゃん。キミはどっちの味方をしようと思ってんの~?」


 壊れたダイムを担ぎ上げて、肩に乗せている。質問の意図は大体判っていた。問題なのは、僕自身だった。答えはすぐに出てこなかった。


「それは……。ところで、どうして僕の名を?」


「まっ、どっちだっていいや。ボクね、キミのお目付け役の『木杜唐里屋覇(キズカラリヤハ)』。コードネームは“PK3”。裡娃ちゃんはかわいいから、特別に、リャハって呼んでいいぜ。正直なところ、ボクも右とか左とか派閥を作って凝り固まるガラじゃないからさ。仲良くしよっ」


 差し出され求められた握手に応じる。


「あなたはゑ瑠寡さんたちの仲間じゃないんですか?」


「フフ、どうかな。このコの事なんだけど、明日まで待っててよ」


 そこで僕たちは別れた。リャハさん、最後の最後までよく解らない人だったけど、わるい人じゃなさそう。ダイムは彼女が僕のために用意した、物騒な兵器という認識だ。だけど、なんで面識のない僕のためにそこまでしてくれていたのだろう。




 帰り道は一人きりになってしまい心細かった。またいつ敵の魔の手が襲ってくるのか解らない。ただまっすぐと、自宅への道を歩いていくだけだった。空はあんなに青いのに、眼前に広がったこの街の風景は色あせて見える。


 ふと足音が聞こえてきた。体をこわばらせて、ゆっくりと振り返る。その姿を見て、表情もまた堅く重苦しいものになっていく。


「先輩……、話は『お姉様』に伺いました」


 MAの目的は特別な基準によって選別された第一人類の排除、ならびに反乱分子の暗殺。カグラさんたちは組織に手を貸しているという構図。そう考えたら、彼はもう僕たちの……。


「チッ。余計なことを」

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 だれを前にしても気丈な先輩はいつになく、困り顔だった。それは単に姉弟関係を暴かれた事だけが理由とも思えなかった。悟ったつもりになって、僕は彼の方まで近付いていく。


 蹴りを放たれれば確実に当たる距離まで来ていた。それでも怖くはない。


「“ライノ”さん。僕は恨んでませんから。気にしないでください」


 彼の視線はボタンが取れて胸元のはだけたブラウスに向かっている。僕は心なしか膨らみを持たせてあるその辺りをそっと手で隠す。


「謝るつもりはねェよ。お前を仕留める事に疑いを持ってなかったからな」


 押さえていたところがずきりと痛む。兵士として振る舞うライノさんの冷たい闘志は彼の美徳ですらあるというのに、身勝手な感情が僕を苛んでいた。この人の中の僕はそこまでではなかったのだ。思えば思うほどに、痛みは強まった。


「謝らなければいけないのは僕の方です。ごめんなさい。あなたの事、何も知らなかった。それなのに、一人でずっとはしゃいでて」


「…………」


 知らなければこんなに苦しい思いにはならなかった。始めから、この人と出逢っていなければ。ふと、熱い滴が頬の上をぽろりと落ちていく。


「あれ。どうして泣いてるんだろ。友達に会えない寂しさが急に来たのかな、あははは」


 作り笑いでごまかしているのに、止まらない。どうして。止まれ。この人にこんな顔、見せたくない。為す術もなく、心の濁流に押し潰されてしまいそうになった。


「……っ」


 思わず小さな声がもれた。それは、僕の小さい体を一回りも大きい人の腕が捕らえて、放さなかったから。わけが解らず、目を見開く。


「おれは命令があれば何の罪もないウサギだって殺す」


 それだけ聞いていたなら、僕はこの人を軽蔑して、二度と会うこともしたくなくなっていたかもしれない。続く二言目に、彼は言った。


「お前にまた会えた事には安心している」


 苦しかった。彼はとても優しい人のはずなのに、手を朱(あけ)に染めるような事さえ行わなければならない立場に居る。僕はただ、ライノさんにしがみついて、ただただ背中を強く掴んでいることしかできなかった。

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