第五章 「再会」 第一話
夜の吐息が白く、朧げに宙に浮いて、潔く姿を消す。
でも、今年の冬は人生史上で一番の暖冬だ。寂しさや不安は微塵もない。
十二月十九日。
一日葬儀の前日準備を終え、十八時過ぎに世田谷区の区民斎場を出発。
栞がプレゼントしてくれたチャコールブラウンの皮手袋で悴む手を保護して、大田区の想別社本社へ急ぐ。
大失態だ。「家族団欒クリスマス会」と題した家族葬。七色の電飾を装飾した生花祭壇や、棺に手向ける家族用のメッセージカードの準備に気を取られ、寺院用線香を忘れてしまった。「想いばかりが先行し、儀式を重んじない人間は想別社の担当者ではない。」工事現場でひと際の存在感を放つ、黄色い注意マークから加賀美社長の金言を連想するが駆け足は止まらない。
今日は十九時半から目黒駅近くのフレンチレストランで栞とディナーの約束をしている。栞は待たされるのが大嫌いだ。一分でも遅刻したら、分ごとに100円の罰金をくらうか、「時間を守れない人間と人生は添い遂げられない。」と何日か口を開いてくれなくなる。
二十五日のクリスマスには人生初の有給休暇を取り、二人で草津へ一泊旅行に行く。旅先やプラン決めは全て栞が行い、内容は全て当日までの秘密。遺族へのサプライズは得意だが、される側になるのは初めての経験だ。
冬の寒さが増すごとに二人の絆は暖を増していように思う。人の愛を受取ることで知る「寂しさ」に薪を足して、春が訪れるまでの烈火を灯している。
大森駅を下車し、本社へ走る。
年の瀬に追われた「送迎」や「乗車中」のランプが煌めき、たっぷりと荷物を蓄えたトラックが長蛇の列を成している。
仕事は忙しい。冬季は体力だけではなく、気力を奪われる人々が大勢いる。「生まれる」より「亡くなる」が多い時代。朝夕問わず逝去を知らせる電話が鳴り、本社に帰ることなく次の対応へ向かうことも多い。流石に一年以上お世話になっているキャリーバッグが悲鳴を上げ、一つの足は「これ以上歩きたくない」と回っていない。
そういえば、想別社では一年間だけエースが不在となった。
「できる行いを増やして、人様の気持ちを理解したいです。より心豊かな人間になりたいのです。」
何と尾張さんはアメリカに渡った。日本でも取得できるエンバーマーの資格だが、本場で英語を学びながら技術を習得したいと会社に休職を申し出た。
距離だけじゃない。遥かに大きくなっていく憧れにおいていかれる訳にはいかない。自分が信じる正しい方向へ、真っ直ぐに駆けていくんだ。
本社前。沿道の向こう側に、手を繋いで歩くスーツ姿の男女をみかける。
山下と一ノ瀬が揃って俯きながら駅へ向かって歩いている。
冬の祭典を目前に恋が実ったのか、「山下、良かったな。」と声が出る。小恥ずかしさが道を飛び越えて、少しばかりの遠回りをして事務所に到着する。
真冬はイベントが目白押し。今夜は社長主催の食事会が開かれていて、「タダ飯が食べられる」と多くの社員が六本木にあるレストランへ出払い、事務所は鼾を立てずに熟睡している。人も電気も気分転換が必要なのだ。
「え?」
自席近くの明かりだけを点けたが、咄嗟に身構える。
山野辺が自席に座って背筋を伸ばし、こちらを凝視している。一般人なら発狂ものだが、常備の催涙スプレーは噴射しない。彼女は信頼する上司の一人だ。
「定時過ぎているのに…こんな時間にどうされたのですか?」
「だからって残業はつけていないわよ。貴方こそ、今日は前日設営でしょう?」
「情けないことに忘れ物をしてしまいまして…」
「まったく。持ち物チェックリストを使っているのかしら?独り立ちをすると気が緩むし、調子に乗るものなの。直ぐに冷気にあたって頭を冷やすことね。」
机に置いていた線香を手に取る。
暖房の点いていない事務所は十分に冷えているが、山野辺は寒そうにする様子はなく、じっとこちらを見つめている。
「風邪、引きますよ。暖房点けましょうか?」
「いいの。点けなくて。」
「ええ。では電気、点けたままにしておきますね。」
「いいの。消していって。」
「え、でも…」
「いいって言ってるでしょ!」
「分かりました、お疲れ様です。」と暗転した山野辺に挨拶する。
「ねえ、澤さん!」
「え?」
「もし私が助けてって言ったら、護ってくれる?」
必死で震えを抑え込む声に、意地、孤独、脆弱、怯えが絡み合っている。
「何かあったのですか?」
「何もなかったらあなたに頼み事なんてしない。」
「護りますよ。山野辺さんは大切な先輩ですから。」
社交辞令でも、咄嗟の帳尻合わせでもない。
助けたい。本心からそう思った。
※
十二月二十日。午後十一時。
自宅で栞とホワイトシチューを食べた後に、社用携帯が鳴る。
今夜の電話番、吉竹課長からだ。
「澤、お疲れ様。今日は告別式終わりだったよな。疲れているのに申し訳ないが、練馬区の自宅逝去案件、お願い出来ないか?連絡者のご長男が澤を指名している。」
「え、指名ですか?」
「ああ。理由は聞けていない。ウチはHPに全社員の顔写真を載せているから、第一印象が良かったのかもな。」
「はい。分かりました。」
自分が必要とされている。断る資格も理由も無い。
洗顔、歯磨きをしてスーツに着替える。黒が並ぶネクタイ用ハンガーから手に触れたものを取って、鏡越しに締める。
「旅行まであと四日になったよ。事故だけは気を付けてね。」
後ろでカレンダーの日付に×印を付ける栞の笑顔。
いってらっしゃいのキスを交わして自宅を出発する。
※
十二月二十一日。午前一時半。
密集した邸宅に挟まれて、今にも押し潰されそうな肩身の狭い木造家屋に暖色の明かりが点いている。自宅前に恐らく訪問医のものであろう自転車が止まっている。これ以上ナビ画面を拡大しなくても、此処が進藤家であることは分かった。
近隣にコインパーキングは無く、決して広くない道脇に車を停めて準備を始める。自宅逝去の場合、事件性が無ければ警察の検死を受ける必要はない。医師の死亡診断を以って葬儀社者が訪問し、ドライアイスの処置や線香道具を設置する。
遺族の状況次第で葬儀の日程や費用について相談することは良くあるが、心身に負担をかけないため、深夜に長々と打ち合わせをすることは少ない。
準備を終えて、吉竹課長から送られてきたメールを確認する。
宗派は浄土真宗本願寺派。寝線香でお参りする。即身成仏のため旅支度は不要だ。
故人、進藤勝彦様、享年六十九歳。妻は他界。連絡者の長男が喪主予定で、初めての問い合わせに関わらず、想別社への依頼を決めているようだ。
一時四十分頃、白衣を着た医師が出てきた。予定より早くに診断を終えたようだ。遺族はろくに寝られていないだろう。睡眠時間を確保してもらうためにも、早速メールに記載された長男の携帯に電話をかける。
しかし、一足早く玄関扉が静かに開いて、スーツ姿の男性が姿を現した。
お互いが駆け合い、道の真ん中で対峙する。
「澤さん、ですよね?」
「はい。想別社の澤でございます。」
「お待ちしていました。寒い中お待たせしてしまって申し訳ございません。さあ、中へお入りください。」
直ぐに車へ戻り、道具を持って玄関を潜る。
「では奥の和室へ案内致します。こちらのバッグ、お持ちしますね。」
客室係のような温和な表情とつま先を下に向けて着地する静かな足音。父親を亡くしたばかりなのに、この落ち着きと心遣い。裏を掻い潜りたくもなるが、それを上回る気品と品格に驚愕する。
反して廃校寸前の学校のような廊下は所々が軋み、何も立てかけられていない木目の壁は故人と呼応し今にも息を引き取りそうに弱々しい。
「こちらです。」
廊下を突き当り、左にある和室へ導かれる。冷房で冷えた室内から凍えるような寒気が吹いてくる。
突然に、唐突に、心臓部に銃口を突き付けられる。
「え…山野辺さん?」
故人の顔元で正座する山野辺梓の横目が突き刺さる。
「どうして山野辺さんがここに?私がお迎え対応者では…」
「だって私、娘だもの。」
レンズの曇りを拭いた山野辺が言う。耳を疑う。和室の間仕切りに足を踏み入れた瞬間に別世界へループした感覚に陥る。幾秒かでも頭を整理する時間が欲しいが、この特別な和室はそれを許してくれない。
背後からの微細な風圧と、畳が擦れるような振動を感知する。バックを手放した長男が、右手に握った花瓶を頭めがけて振り下ろしてくる。何万と行った退避訓練の映像が脳内に甦る。
ブアイが戻ってくる。瞬時に、恐ろしく冷静な自分が戻ってくる。心身の力みは微塵もない。相手の動きが線香の煙のようにスローモーションする。
半身になり相手の右手首を捻り上げ、凶器の花瓶はいとも簡単に畳の上に落ちる。そして背後に回り込み、体を地に押さえつける。難しいことではない。昔の自分が少しだけ姿を現しただけのことだ。
「痛てえ。澤さん、ギブアップです。で、でも梓の言った通りだ。こんなに頼りになる葬儀屋さんはいないよ。」
「葬儀屋じゃない。葬儀社よ。」
「悪い、悪い。」
進藤、山野辺。親が離婚?この二人は兄弟、恋人、別姓夫婦?
なぜ、自分を指名してくれた長男は突然に襲って来た?
「澤さん、もたもたしているとドライアイスが溶けるわ。私が処置をするから、貴方は枕飾りをお願い。」
社内の山野辺と同じだ。こちらの休符は気にもせず、淡々と指揮棒を振ってくる。そんな彼女だから、一度もハーモニーを奏でられるはずはない。
しかし山野辺は神々しい執刀医のように父親の遺体へドライアイスをあてていく。酷く痛めた肝臓を重点的に処置し、合掌する拳が直接アイスに触れないように布を宛がう。背筋を伸ばして美しく、無駄のない所作。半ば屈折した性分だと決め付けているが、黒縁のフレーム越しに輝く彼女の瞳は初心で愛おしく感じた。
山野辺の横で線香を焚く準備をする。枕机の上に防火マットを敷き、香炉、燭台、花立てを並べる。香炉に敷いた白い灰の上に、寝線香用のわら灰を重ねる。
死期を明確に悟っていたのか、先に処置を終えた用意周到な山野辺は、一輪の白い薔薇と厚みの薄い木箱を持ってきた。
「線香は家のものを使うわ。お父さんはずっとこの線香を使ってきたから。」
箱内に規則正しく束ねられた線香。表板には「本願寺」と書かれた刻印が入っている。供養の念が込められており、かなり高級そうだ。
忙しい山野辺は部屋を更に一往復して、次は日本酒の一升瓶を持ってきた。一本数万円もする酒をグラスに注ぎ、そっと机上に供えた。
「ずっと飲みたいと我慢していたお酒、買って来たよ。お父さん、長い間、大変お疲れ様でございました。」
大きな何かが終わりを告げたようで、長男、山野辺の順で線香を焚く。煙の行先はラベンダー畑のような甘い花園ではなく、創大な大仏に見つめられる神聖な境内のようだ。邪念が抜けて、心が透き通っていく。
「私もお参りさせて頂いて宜しいでしょうか?」
二人の視線が背中にあたる。悲しみ、虚しさ、区切り、微かな希望…数多の感情が入り交じり、二つに折った線香を香炉に寝かせた。
「澤さん、事情をお話します。」
長男の案内を受け、別室で話をすることになった。
※
「私は中込幹久です。故人の長男で、梓の兄です。」
「え、山野辺さんのお兄さんですか?」
「ええ。私はだいぶ前に婿養子に入って苗字が変わりました。現在は、都内で会社経営をしております。」
山野辺の兄。しかし山野辺さんはどうして進藤ではないのか。
「もしかして山野辺さんは結婚されているのですか?それとも失礼な話ですが、ご両親が離別されてお母様の旧姓だとか…」
「物事には理由があるのよ。」
山野辺はカップに入った安い日本酒の底をテーブルに打ち付けた。
「私が定時で帰る理由も、葬儀社に入社して人の死に目を向けて仮想懺悔をしてきたことにも、お洒落もせずに伊達メガネをかけて暗黒女子を演じているようで本当に根暗なことにも、列記とした理由があるの!」
「梓、急に何を言い出すんだ?話なら俺から…」
「殺したのよ…だからお母さんは隣の和室で自害した。この家は殺人ハウスなの。十五年前からずっと呪われているのよ。」
「え、殺人ハウス、ですか?」
会社では見せない生き生きとした目。口から酒の香りを吐いて、山野辺の口調が次第に粗ぶっていく。
「そうよ!私にはもう一人の兄がいた。あいつが全てを滅茶苦茶にして、家族をバラバラに引き裂いたの!私はずっと進藤梓でいたかった。なのにあいつが…」
「いい加減にしろ、梓。酔った人間が話す内容ではない。」
「酔わなきゃやってられないわよ!いい?進藤家の次男、進藤恭平は人殺しなの。十五年前、近くにいた無実の女性を刺し殺した殺人犯なの!!」
山野辺は涙を流して、テーブルに塞ぎ込んだ。
そして常に冷静な幹久さんがこれまでの経緯を説明してくれた。
十五年前の十二月二十四日。
揚々とクリスマスソングが流れる練馬駅近くのデパートの六階。当時二十三歳だった進藤家の次男、進藤恭平はエスカレーター脇のベンチで寝ていた。
大学を中退した恭平はろくに仕事をせずに、ギャンブル三昧。お金が無くなると家に帰ってきて母親からお金を奪い取っていた。この日は家に帰らずにデパートで暖を取っていた。
顔色が優れず、何かを唸っていた恭平を心配し、一組の母子が恭平に近付いた。
「お兄ちゃん、どこか痛そうだよ。」
「本当ね。お医者さんに見てもらった方がいいよね。」
「お兄ちゃん、大丈夫?どこが痛いの?」女の子は恭平の体を擦った。
しかし、その一つの親切が悲惨な事件を引き起こしてしまった。
薬物中毒者だった恭平は目覚めるなり、忍ばせていたナイフを振り上げたのだ。
そして幻覚症状から母子を敵だと認識し、娘の盾になった母親を刺し殺してしまった。母親は即死。恭平はその場から逃走したが直ぐに警察に逮捕された。
刑期は十五年。当時二十五歳だった長男の幹久は既に婿入りして中込を名乗っていたが、梓はまだ十二歳だった。
事件後、幹久と梓の母、進藤幸江は誹謗中傷に耐え切れず自宅で首を吊って自殺。「大丈夫、お父さんとこの家で暮らすから。」
小学生の梓はそう言ったが、父、勝彦は娘の将来を願って梓を養子に出した。
そして梓は養子先の山野辺家の娘として高校を卒業をして、二〇十四年に想別社に入社。地道に仕事に励んでいたが、どうしても父親の存在を忘れられずにいた梓は、三年前くらいから実家に通うようになったらしい。
「梓は本当はずっと親父と一緒にいたかったんです。だからそれが出来なかった分、今日まで親父の面倒を見てくれた。私は仕事を言い訳にずっと進藤家から距離を置いてきましたから、梓には本当に感謝しています。」
そうか。父親の看病をするための定時帰りだったのか。
「しかし、どうして幹久さんは私を担当者に指名したのですか?」
「親父の葬儀を担当できるのは澤さんしかいない。梓がそう言ったのです。」
「山野辺さんがですか?」
「はい。理由は二つです。実は三日後の二十四日、恭平が刑務所から出所します。梓と私はあいつには会いたくはないのですが、親父だけは恭平と手紙のやり取りをして、死ぬまでに一度でいいから恭平に会いたいと言っていました。ですから二十四日の葬儀で親父と恭平、二人だけの面会時間を作って欲しいのです。刑務所から葬儀場まで恭平に付き添って警護をして欲しいのです。」
「しかし、恭平さんを警護する必要があるのでしょうか?」
「必要性があるかは分かりません。ただ、恭平が更生したかどうかは私達には分からない。それにこれを見て下さい。」
幹久さんは何十にも重なった紙をテーブルに置いた。
― 悪魔の降臨まであと365日 待っていろ ―
― 遂にカウントダウンだ 100日 お前らに夏はやってこない
寒々するような血のクリスマス・イブをお見舞いしてやる ―
― 待ち遠しい あと一か月だ 紅葉は終わったが高揚の頂点だ ―
「恭平の出所を待ち侘びるかのように、一年前から脅迫状が届き、時にこういった紙が家に貼られるようになったのです。その相手が恭平を恨む者なのか、恭平を模倣犯とする者の仕業なのかは分かりませんが、梓と私は恐怖を感じていて…」
「そうでしたか。しかし、こういった状況では尚更カウントダウンの対象となる二十四日に無理に葬儀をしなくてもいいのではないでしょうか?」
「そうですよね。私もそう思うのですが、梓がどうしてもと聞かないのです。」
寝ていたのかは分からないが、山野辺が気怠そうに体を起こした。
「すべて、終わりにしたいの。」
「すべて、ですか?」
「あいつとお父さんにお別れをさせて、お父さんの願いを叶える。そして私はお父さんとお別れして進藤家の娘としての人生を終える。あいつとは葬儀でも顔は合わせない。一生涯、会うつもりもない。刑期を終えてもあいつの罪は消えない。だから、脅迫状の相手があいつや私たち加害者家族を恨む者でも、あいつの協力者で襲ってこようとも、その日に全てが起こって、全てが終わってくれればそれでいいの。だって家にいたって、葬儀場にいたって、殺したければ相手は襲ってくるでしょう?」
「それはそうですけど、でしたら警察や警護会社に相談した方が。私から話をしてみましょうか?」
「私は、あなたがいい。」
「どうしてですか?」
「私はあなたの素直や真面目さに興味はないの。でも、あなたからは私と同じ匂いがする。彼女とか、クリスマスだとか、どれだけ表面的な幸せを繕ってもそれを勝る孤独な匂い。鉄のように血生臭くて、固くて、冷たい感じ。」
「梓、そんなこと言ったら澤さんに失礼だろ。」
「裕福な家庭に婿入りした兄さんには分からないわよ。私たちの孤独は。」
山野辺から親近感を感じていたのは確かだ。生きる希望を失った空虚を都合良く生きる厳しさに転換して、鉄鉛のように固い意地を張って来た。
「言ってくれたじゃない。私を護ってくれるって。」
吸い込まれる。山野辺の意識世界に。
「あなたならお葬式と警護を両立できる。幸い、進藤家から逃げた兄はお金持ちなの。あなたが必要と判断するのなら費用は惜しまないわ。」
でも、違う。山野辺には熱が通っていない。用なしの古びた鉛が陽の当たらない物陰に転がっている。誰かが手を差し伸べないと、彼女は一生このままだ。
「分かりました。やれるだけのことをやってみます。しかし、一つ条件が。」
「何?葬儀を終えたら会社を辞めろだとか?」
「いえ。山野辺さんの言う「全て」が終わったら、笑顔を見せて下さい。一度でいいので、思い切り笑ってくれませんか?」
「終わってみないと出来るかは分からないわ。でも、覚えておく。」
温和に満ち溢れていた暖冬が一変した。
サンタクロースはこなくていい。
ただ無事に、誰もが傷つくことなくクリスマスを迎えられることを願う。
―第五章 「再会」 第一話 完
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