第四章 「独立」 第二話

 

 七月七日。金曜日。西岡継章お別れの会の前日。


「一ノ瀬、発注確認終わったか?」

「はい。トリプルチェック済みです。漏れがあろうはずがございません!」

「A0サイズのデザインパネル十枚の進捗は?」

「今、八枚目の印刷中です。」

「分かった。全部の印刷が終わるまで、衛藤さんの席に行って映像の最終チェックをしてくる。」

「分かりました。」


 朱音さんと話をした翌日に電話し、お別れ会の担当をすることを伝えた。彼女が既にリストアップしていた名簿は二百名近くに上り、招待状の返信や準備期間を鑑みて、約一か月後にお別れの会を開くことになった。

 葬儀担当者は自分だが、追加の人件費を頂戴してサブ担当をつけてもらうようお願いをした。会の後半に予定されている弔辞に自分が含まれているのだ。


 「仕方ないじゃない。社長が澤君にって言うのだから。」

  K'sプロテクションの真鍋社長が、弔辞は澤がすべきだと言ったらしい。真意は分からないが、「お前の元気な声を西岡に届けるべきだ。」と朱音さん伝で伝言があった。担当者自らが弔辞をする。冷静に考えても聞いたことがない無茶ぶりだ。


 そしてサブ担当として立候補してくれたのが一ノ瀬だった。五月の担当者試験は不合格だったが、元放送部の彼女は司会・ナレーション試験ではトップの成績だった。仮免許ではあるが、先輩の厳しいチェックを受けながら懸命に現場仕事を続けている。今月末の再試験に合格すれば晴れて担当者になる。


 参会者に知人が多い自分が座席案内やその接遇対応を行い、司会は一ノ瀬に任せる。決して司会が苦手だから避けた訳ではない。総合的にその配置がベストだと思った。


「はい。澤です。」朱音さんからの着信が鳴る。

「澤君。明日はよろしくお願いします。本来なら澤君こそ招待される側で、ゆっくり継章と時間を過ごすべきなのに。それに弔辞までお願いしちゃって!」

「いえ。一ノ瀬も担当してくれているので。それに何度も家に伺って、知らなかった章兄の姿を知ることが出来ました。華南ちゃんと章二君と仲良くなれました。」

「ありがとう。モモちゃんにも宜しく伝えておいて。彼女、凄く素敵な子ね。準備が間に合うか不安だったけど、彼女の明るさにとっても励まされた。」

 一ノ瀬は凄い。誰が相手でも、嫌みなく懐に入りその場を明るく照らしてしまう。


「いらっしゃ~い。西岡様の映像が完成したわよ。澤ちゃんの前職の先輩といっても、他の葬儀の担当しながらこれだけの写真や動画を集めて、ご遺族や友人からメッセージを集めるのは大変だったでしょう?えっと、衛藤カンゲキ~♪」

「いえ。半分以上は一ノ瀬が担ってくれました。一ノ瀬を褒めてあげて下さい。」

「そうね。ほら、見てみて!」

 衛藤さんの髪はボサボサだ。きっと昨日も寝ずの番で制作をしてくれたのだろう。お世辞にも健康そうには見えなし、間近で見させられる乙女のひげ面は堪える。


 百枚を超える写真には大きな付箋が貼られ、それぞれにエピソードがぎっしり書かれている。膨大な情報を時系列に並べ替え、衛藤さんが丁寧に映像に起こしてくれた。文字数を打ち込むだけでも相当な時間が必要なのが容易に分かる。


 衛藤さんのPC画面に、西岡継章の自分史が流れる。


 これは映画だ。生まれたばかりの赤ん坊がゆっくりスライドしながら黄色い帽子を被った園児になって、次第に大人に成長していく。各シーンにキャプションやメッセージが埋め込まれ、確かに存在した過去がその場に浮かび上がる。章兄が、好きだった音楽に乗って映像の中で躍動している。

 先輩補正ではなく、これまで見てきた中で一番のお別れムービーだ。


「衛藤さん、ありがとうございます。こんなに素敵な映像が出来上がるなんて!」

「滅相も無い。でも、感傷に浸っている場合じゃないわよ。しっかりこの映像を届けて、会を終えるまでが担当者。私の胸に飛び込むのはその後にしてね。」

「それはないです。でも、人の強い想い、背景が色濃くなると、映像は劇的に変わるのだなって実感しました。」

「そうね。でも私ね、ご遺族や故人様を知る人々が映像やパネルを作ることが出来たら、それが一番素敵だって思うの。家族がコルクボードに自由に写真を飾ってさ。そこに付箋を貼ってメッセージを綴れば、最高のデザインボードになる。私は悲しみでそれが出来ない遺族のためにいるだけだから。それが私のここでの存在意義。」


 映像チェックを終え、次は式前MTGを行う。自身の先輩のお別れ会、初めての大型葬儀ということもあり、十名を超える社員がMTGスペースに集まってくれた。


 明日は大忙しだ。朝の六時に出社して七時に本社を出発。八時から会場設営を開始し十一時までに飾り付け。十三時に開会し十五時に閉会し、直ぐに撤収作業を行う。会場は風来会館。寺院が運営する葬儀会館だ。ホテル会場も候補に上がったが、お線香や焼香の煙が出せない。関西に住む章兄のご両親が導師の読経と参会者の焼香を強く希望されたため、仏教式に対応可能な斎場を選んだ。


 会の式次第、設営と運営内容については一ノ瀬が説明する。MTGスペースにある二枚の特大ホワイトボードをドッキングさせて、マグネットで貼った会場の見取り図や手書きの式次第を使って、熱血塾講師のように堂々と語る。


 「良くここまで準備したな。設営Sクラスの澤が担当だから準備は大丈夫だろう。風来会館は祭壇部が独特な形状をしているから、祭壇のセンター位置は間違えるな。あと六月といってもコンクリート造りだから会場奥は意外と冷える。ブランケットを積んでいった方がいい。最後に会館の女将さん、片付けと清掃には煩いから事前に写メを撮っておいた方が良い。あんたが壊したんじゃない?ってケチつけられる。」

 これまで千件を超える葬儀を担当してきた吉竹課長からアドバイスをいただく。


 次は自分の番だ。

「皆さん、この度は私の前職の先輩である西岡様のお別れ会について、沢山のアドバイスとご協力をいただき、本当にありがとうございます。

「澤君、コーヒー飲むかい?ゆっくり肩の力を抜いて、思うがままに話をしてよ。」

 珍しくサスペンダーをつける日下部部長。今日も贅肉はしっかりはみ出ている。


「葬儀のテーマは(継ぎ進むこと)です。故人の西岡先輩は一昨年の六月六日、私と同じ現場で警護にあたっていて、犯人の銃撃により殺害されました。」

 聴衆の表情が変わる。


「享年四十歳の若さでした。突然の死にご遺族のショックは深く、葬儀は行わずに近親者のみの火葬式で見送られました。喪主は奥様、西岡朱音さん。ご子息は小学校六年生の長女、華南ちゃんと三年生の長男、章二君。ご両親は健在で、地元の関西で生活されています。先月の命日に墓地で朱音さんに会い、お別れの会をしたいと依頼を受けました。しっかりお別れの時間を作って、止まっている故人との時間を進めたい。ご遺族や参会いただく友人・知人が改めて故人との時間を振り返り、お別れをして欲しい。それが喪主の願いです。」

 

 誰一人も言葉を発さず、話を聞いている。


「先輩のことは章兄と呼んでいました。自分は不愛想だからブアイと呼ばれていました。章兄は自分とは正反対の人間で、これ以上に種類があるのかと思う程に表情豊かな人でした。些細なことでも自分のプラスになると思うことは、眉間に皺を寄せて本気で怒って指導してくれました。時には幼稚園児のようにふざけて和ませてくれました。本当の兄のような存在で、私を弟のように愛してくれました。」


 やっぱり淋しい。話せば話すほど、やっぱり苦しい。


「長く説明するよりも、まずは衛藤さんが制作して下さった映像を見て下さい。章兄の人柄が伝わると思います。」


 そして机に準備してあったPCの再生ボタンを押して、映像が流れ始めた。

 ご両親から預かった幼少期時代、友人・知人から集めた学生時代、朱音さんが何日も徹夜して選んだボクサー時代と家族の思い出、そして高姐やマッチが送ってくれた警護員時代。それぞれのシーンに合わせて、出会った人達からのメッセージが映画のエンドロールのように、ゆっくりと流れる。西日本新人王を獲ったボクシングのKOシーン、それに二人の子供が生まれ、病室で跳ねて喜ぶ動画もある。


 十分を優に超える長編映像。

 表情を変えずに直視する者がいれば、感情移入をして涙する者、目尻を下げて穏やかな笑顔を見せる者がいる。もうモグラ叩きは必要ない。ここにいる誰もが尊敬する先輩で、人を偲ぶ心を持った仲間だ。


 映像を見終わると、一番に口を開いたのは尾張さんだった。

「一度でいいから故人様にお会いしたかったです。この前、澤さんとご一緒させて頂いた時のように、白湯を飲みながら話をしてみたかったです。与えられた多くの愛情。それ以上の愛が跳ね返り、故人様はずっと輝いてこられた。こんなにも素晴らしき人の命が奪われてしまったなんて、心が痛みます。」


「伝わるよ、絶対。絶対、二人のお子様に伝わる。映像は一生残るからさ。直ぐでは無くても、お父さんはこんな素敵な人だったって、絶対、絶対伝わるよ!」

 長女を授かったばかり、「絶対」が口癖の田中先輩が目を潤ませて言う。


「もっと、もっともっと生きて欲しかった!」

 山下がデスクに伏せて泣いている。

「澤さんの先輩、格好良過ぎですよ!俺が憧れる男そのものですもん!」

「ああ。でも山下だって自分の師匠だよ。」

「そういう嬉しい言葉って、後でさりげなく二人だけの時に言う台詞でしょう?」

 山下のおかげで、固かった空気が柔らかくなった。


「故人様に皆で感謝しよう。彼がいたから救われた人が大勢いる。敬おう。彼が澤と出会ってくれたから、今の澤がここにいる。我々と一緒に働いて、共に成長している。」出張先の大阪から帰ったばかりの加賀美社長が言う。


「皆さん、こちらも見て下さい!衛藤さんに好物のプリンを差し入れしたら、特別に故人様の人生年表とメッセージボードを作って頂きましたー!」

 一ノ瀬が両手を広げて特大ボードを抱える。


「どんだけ―♪私がお仕事熱心か、お分かり~?」

 白目で指を振る衛藤さんを見て、皆が大笑いする。

 集まって章兄の話をしてくれる。

 そして誰も自分が警護員を辞めた理由は聞かない。勝手に推測して、各々の中で綺麗に消化してくれる。今の自分を見て、応援してくれる。


「自分だけはなく、多くの方々へ継いだ故人の愛と情熱をご参会頂く皆様の心に託し、後世へと継ぐ。特別な演出は行いません。章兄の存在そのものが特別で偉大だからこそ、ありのままの姿を素直に伝えたいと思います。」

 MTG参加者全員が笑顔で頷き、自席へ戻る。

 それぞれの背中に白い張り紙が貼られている。

「いいじゃん!」「過去を乗り越えろ!」「早くモモちゃんを返せ!」

「見直したよ、澤ちん」「絶対素敵なお別れ会になる!」

「一緒に、いい会社にしていこうな!」


 幸せだ。

 命を懸けなくたって、生きる実感が沸いてくる。

 危険がなくたって、遺族の心を守りたいと願うことができる。

 未来を生きる勇気の「きっかけ」を渡すことができる。 

 わざわざ「ありがとう」を言わなくても、受け取ってくれる仲間がいる。


 午前零時過ぎ。薄暗い社内。


「どうぞ。」一ノ瀬が微糖の缶コーヒーを差し入れしてくれた。

「悪い。ありがとう。」

「今日は特別ですよ。澤さんは缶コーヒー飲み過ぎです。敢えての注意喚起ですからね。でないと、糖尿病になっちゃいますよ。」

「ああ。」

 当日の座席表に目を通す。席を間違えるのは言語道断だ。全てを覚えるのは難しいが、著名人や大企業の重役などの来賓席だけは完璧に覚えないと…


「あの。付き合ってくれませんか?」

「何かの買い出しか。もちろん付き合うよ。」

「違います。私と付き合ってくれませんか?」

「え、何で?」

「何でって。私が澤さんのことが好きだからです。」

「え?ご、ごめん。付き合っている彼女がいるんだ。」

「立花栞さんですよね?」

「何で知っているの?」

「朱音さんから聞いたんです。澤さんの彼女さんもお別れの会に招待しているって。聞いた時はショックでしたけど。」

「そうか。彼女がいるのを知ってて、どうして…」

「だって大好きになっちゃったから…彼女さんのこと、大好きですか?」

「彼女は命の恩人なんだ。一番大切で、感謝している人だよ。」

「現状は付入る隙はないってことか。」

「ごめん。」


「私、結構モテるんですよ。」

「そうだろうな。一ノ瀬は明るくて相手を元気にしてくれる。根性あるし、努力してる。一ノ瀬がいてくれるから、同期は一人も欠けずにここまで一緒に働けているし、自分も頑張れる。」

「振った直後の持ち上げは反則です。」

「ごめん。」

「でも私、誰にでも分け隔てなく思い遣る澤さん。大好きです。」

「あ、ありがとう。」

「それに世の中に絶対はない。可能性はゼロじゃない。」

 一ノ瀬は身支度を済ませて席を立ち、自分の背中を軽く摩った。

「澤さん、また明日。」

「一ノ瀬、日付変わってるよ。また今日だろ。」


 そして、階段を降りる前に大声で叫んだ。

「でも、私が誰かに襲われそうになったら、助けてくれますよね?」

「ああ!誰よりも早く駆けつけて、一ノ瀬を護るよ。」


 背中の一ノ瀬は大きく右手を振り階段を降りて行った。


              ※


 何種類もの体臭が染みついたソファーで、朝日を昇り上がる前に目を覚ます。

 ずいぶん疎遠になっていた一部が錆びたシャワーヘッドから、ずいぶんな熱湯が噴き出して、青い蛇口を捻って「ちょうどいい」に調整する。

 更衣室で新調した黒いスーツに着替える。胸ポケットの裏に「舞愛」という刺繍を入れた特注品だ。これまで着ることのなかった白いシャツは章兄がプレゼントしてくれた高級ブランド品。痩せてサイズに余裕が出たが、袖通しは滑らかで首回りが緩くなった分、発声はしやすい。


 午前六時。一ノ瀬が出社。

「澤さん、おはようございます!今日は共に闘おうぞ!!」

 振ったその日の再会だが、いつもの一ノ瀬だ。流石に眠そうに欠伸を繰り返すが、化粧と髪のセットは抜かりない。


 各取引先への発注漏れ、備品の積み忘れがないか。最新の天気予報を確認し、傘立てやタオルなどの雨天対策は必要ないか。土曜で空いているだろうが、念のため交通情報センターへ連絡し、高速の混み具合を確認しておく。


 リストを見る一ノ瀬が、前日にトラックに積み終えた備品を上から順に読み上げて、2トントラックの荷台に乗った自分が、名前を呼ばれた現物を手差しして「OK」と声を出す。


 約一カ月に渡った準備が最終局面を迎える。

 一ノ瀬は喪主である朱音さんの自宅に何度も赴いて、使用する写真や動画の打ち合わせをしてくれた。

「モモちゃんとはお友達よ。会うと元気をもらえるし、章二の遊び相手をしてくれるの。」顧客と業者の垣根を飛び越えた関係を築き、章兄の人生も追ってくれた。通っていた高校、ボクシングジム、当時のアルバイト先。

 無茶苦茶な英語で海外の警護員養成施設とのメールにも挑戦し、貴重な惜別メッセージまでゲットしてくれた。


 午前七時。助手席の一ノ瀬に大好物のカルピスを二本差し入れし、ギアを一足に入れて本社を出発する。行先は文京区にある風来会館。章兄がボクシングを引退した後楽園ホールから程近く、都心・遠方からのアクセスを考慮して、他と悩み抜いた上で朱音さんが決めた。


 車中、一ノ瀬は会社支給のタブレットを睨み、スタッフシートと呼ばれる細かな人員配置表を見ながらブツブツ言っている。参会者は「参加」に丸を付けた百五十名余り。笑顔の章兄がプリントされた案内状は、朱音さんがデザインを考えた特注品だ。


 自分も一ノ瀬も、ここまで大規模な葬儀運営は初めてだ。焼香案内や人流整理をする複数のセレモニーレディーや、会葬礼品を陳列、配布する専門業者など、多くの関係者が関わるため、不慣れに緊張を隠せない。

 途中にあった自家用車とバイクの接触事故で少し徐行したが、午前七時四十五分に無事会場に到着。既に生花や返礼品業者が駐車場に待機して葬儀社の到着を待っていた。


 早朝の出勤、協力に感謝一礼し、会場の受付へ向かう。事前に記入、捺印した斎場使用許可申請書を提出し、朱音さんから預かっていた使用料金を現金で支払う。

 そしてゴーサインが出た午前八時。

 各業者が一斉に搬入作業に備品を搬入し、会場設営が始まった。


「ブアイ、お前は目に頼りすぎて、行先地の実査が甘すぎる。少しはマッチを見習え。幾ら優れた目と感覚を持っていても、行先にブイが潜み、ノリコが仕掛けられていたらアウトだ。その場凌ぎではイーグルは守れないぞ。」


 会場の予約後に許可を取って、斎場内の写真撮影や各間口の寸法を測った。

 尾張さんレベルには程遠いけど、骨壺、本尊、遺影、生花祭壇、デザインパネル、それに映像を投影する大型スクリーンにプロジェクタ―、更に受付所、記帳所、音響機材に司会台とスタッフの配置とその導線を、何度も消しゴムを擦って納得できるまで書き直してイメージ図を完成させた。


「祭壇の高さとセンター、これで大丈夫ですか?」

「返礼品は取り敢えず二百個セットでいいですか?」

「澤さん、このパネルはこの位置で良かったですか?」

 描けている。会場に不審者や爆弾はないけれど、描いた配置が見えるかのように、自信を持った指示を飛ばす。


 午前十時半。

「ごめん澤君。思ったより早く着いちゃった。」

 外から聞こえた複数の足音が遺族の来場を知らせる。予定より三十分以上も早い。

 無理もない。新居の完成を待っていたかのように、長らく待ち侘びたその日がようやく到来したのだ。


(こちら澤。一ノ瀬、ご遺族が来場した。先に会場内の飾りを確認して頂くから、控室とお茶の準備を頼む。)

(一ノ瀬、ラジャーです。特急で準備しますが、長めの時間稼ぎを。)

 葬儀社だって無線機を使うシーンは多いのだ。


 長男の章二君、長女の華南ちゃん、そして朱音さんに続いて杖をつく男性とそれを支える女性がゆっくりと歩いてくる。

「継章より大きいとちゃうか?鋭くええ目をしているが、覇気がないのう。」

「おとっさん、いきなり失礼ですよ!」

「こちらは継章の後輩で澤君。葬儀社に転職して、今日のお別れ会を担当してくれているのよ。」


「ほう、あんたが澤しゃんか。倅が迷惑をかけたようで申し訳なかったな。」

「いえ、迷惑だなんて。」

「お会い出来て嬉しいわ。生前に継は電話であなたのことを良く話していたの。凄い奴が入って来た。あいつは俺より立派な警護員になる。それに妙に可愛いんだって。継は一人っ子だったから、弟が出来たみたいだって喜んでいたの。」

「いえ、私はそんな大した人間ではありません。」

「婆さん、良くそんな沢山のことを覚えておるのう。」

「私はあんたより長生きする定めなの。それより澤さん、ありがとうね。継と一緒に生きてくれて。それに葬式まであげてくれて。感謝しきれないわ。」


 皺くちゃな四つの手に握手を求められ、遺族を会場内へ案内した。


― 第四章 「独立」 第二話 完

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