第3話

 不夜城と呼ばれるこの町は夜中ですら多くの往来があるが、昼間はさらにその数を増す。東西に二つある門には町に入ろうとする旅芸人や行商が列を成している。怠惰な門番は荷にかかった布を捲り一瞥するのみで、町に入ろうとするものの中に引き留められる者はいないようだ。出ていく者は見向きもされない。この人々の自由な往来がアドラムに富をもたらしたにほかならず、今もなお王都に次ぐ経済の中心地として発展を続けている。


 凍えるような寒さだった砂漠の夜も日が昇れば途端に猛暑となる。額ににじむ汗を、手綱を持った手の甲で拭う。風で運ばれてきた砂が汗で肌に張り付く。目に入らぬよう細めて先を見据えれば、荘厳な装飾の門が近くまで迫っていた。


「荷を検める」


 槍を携え、兜をかぶった門を守る衛兵が気怠そうに言った。この炎天下、門の下に立ち続けるのは屈強な男たちにとっても過酷な環境だろう。


 戦闘で荷を運ぶ駱駝を引いていたレナードが指示に従い、駱駝から降りて荷袋の蓋を開けて見せる。衛兵は興味なさそうに上から覗き、後ろに続くシャーラとライアにも荷を見せるよう促す。


「行っていい」


手荷物を開けて見せれば、それもまた一瞥しただけで衛兵は道を開けた。門下を潜る頃には衛兵はすでに後ろの行商の荷を検めていた。


「杜撰な管理ですね」


 その様子を見たレナードが呆れたように振り向くが、後ろには門を抜けた集団が列を成して続いており、すでに衛兵の姿を確認することはできなかった。


「これでは門番の役割もあってないようなものね」


「獣のための見張りだろうね」


 砂漠のような極限の環境においては、危険な獣が多いばかりか狂暴化しやすい。だからこそ町はオアシスや巨大な砂漠を囲む森の近くに作られるが、アドラムは砂漠に囲まれている。そのため一行も最後の小さなオアシスを抜けてから丸一日以上砂漠の移動を余儀なくされた。


 危険を冒して砂漠を渡ってでも人々がアドラムを目指すのには理由があった。領主とそれを取り巻く貴族たちの金回りが町の発展を支えている。


 彼らは気に入った商人への支援を惜しまない。己の利益を追求する行商団はこぞってこの町を目指す。そして得た利益で王都や他の町で商いをし、またここに戻ってくるのだ。規模の大きな商団は独自の交易ルートを確立させ、本部や店舗をアドラムに置くことも多い。


 門から真っすぐ続く大通りにはそんな店が軒を連ねている。一度門を潜れば、まるで砂漠の中心に位置する町とは思えない光景を目の当たりにする。大通りは石畳で舗装され、風が吹いても大量の砂が舞うことはない。真っすぐと長い大通りと広場を抜けた先には、豪華絢爛な領主の屋敷が聳えている。


 馬車や荷車の往来は多く、両脇の店からは客を呼び込む女たちの声が聞こえる。店の前には他の町から商品を運んできた馬車がそれぞれの店舗の前に止まり、屈強な男たちが大量の荷物を運び出しては、新たに荷物を積み込んでいく。


「領主が変わってから発展を続けているとは聞いていたけれど、まさかここまで豊かだとは……」


 領主の館を隠すように通りの先に鎮座する噴水を見上げてシャーラが呟いた。その噴水を囲うように、その周りは広場になっている。この砂漠の中心において、貴重な水源をモニュメントとして用いているのは異様な光景だった。


「これは圧巻ね」


 ライアが駱駝の手綱を引いて噴水に寄り手を伸ばせば、ひんやりと冷たい水が手を伝って流れていく。まるでうだるような暑さの中にいるとは思えなかった。水面に着水した水が跳ねて霧となり、周囲の人々を覆っている。人々はこの酷暑の中、涼をとるために広場に集まっているようだ。


 広場を囲むのは、先ほどまでの通りとは打って変わって数々の飲食店のようだ。噴水の周りの気温が下がっている状況を利用しているのだろう、店の外にも席が多く用意され、客は屋外でも快適に食事を楽しんでいる。手で簡単に食べられるような食事を購入し、噴水の縁に腰かけて談笑する人々もいる。


「……あれは、氷菓子か?」


「私初めて見たわ」


 シャーラは噴水の脇に設けられた椅子に腰かける、身なりの良い子供たちが手にしているものを見て目を僅かに見開いた。三人ばかりの子供が手にしているのは、紙の器に乗った赤みや黄みを帯びた色の氷菓子のようだった。


 水さえ希少なこの砂漠において、氷菓子はなかなか目にすることすら出来ない品だ。それをさも当然のように街中で売り、子供が食すことの出来ているこの目の前の光景は、王都から旅を続けてきた一行からしても驚くべきものであった。


「それでも安いものではなさそうですが」


「平民も裕福なんだろう」


 周りを見渡せば、子供は笑顔にあふれ、食事に舌鼓を打つ大人には穏やかな時間が流れている。それだけでこのアドラムという町の豊かさを知れるというものだ。

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