第4話

「兄さんたち旅人かい?」


 噴水を回るよう徐に駱駝を歩かせる一行に、ひと際大きなレストランの前に立つ中年の男が声をかけた。どうやら客引きのために往来に立っていたようで、人の良さそうな笑顔を浮かべて、足を止めた一行にそろそろと歩み寄ってくる。


「そうだが」


 一行を代表してレナードが答える。


「食事処を探していないかい? うちはお貴族様もいらっしゃることのある、このアドラムでも人気店だ。他の町では珍しい氷菓子も置いてるよ」


 ほら、と男が指示した先では、店先に用意された席で氷菓子を楽しんでいる家族がいた。兄妹だろう二人の子供が匙で氷菓子をすくっては嬉しそうに口に運んでいる。


「この暑さで溶けてしまわないのはどういう仕掛けなのかしら」


 ライアが不思議そうに首を傾げる。子供たちがゆっくりと食べ進めているにも関わらず、氷菓子はまだその形を保っている。噴水の傍で涼しいとはいえ、氷をそのまま長時間置いておけるほどの気温ではない。


「ああ、それは領主様が開発してくださった器のおかげでね」


「領主?」


「ええ、なんでも中に入れたものを冷たく保ってくれるものだそうで」


「それを領主が市井に?」


「うちみたいな氷菓子を提供している店に売ってくださっているんだ」


 相当高かったみたいだが、と男は苦笑する。


 シャーラは三人のやり取りをただ真剣な表情で見つめていた。


「どうする、うちで飯食っていかないか?」


 男が先頭にいるレナードに問いかけた。レナードが振り向いてシャーラに目配せすると、シャーラは静かに頷いてみせた。


「ではこの二人に何かこの町の名物を」


 そう男に告げ、レナードは駱駝の手綱を引いてシャーラの隣まで引き返す。


「宿を探してきます。食事をしてお待ちください」


「ああ、頼んだよレナード」


「はい」


 レナードは綺麗に礼をして見せ、レストランに背を向けて去っていく。その様子を残された二人は見守っていた。


「いつものことだけど、慣れないわね。申し訳ないわ」


「そうだね、彼は――」


 その時、背後から待て、と怒鳴るような男の声が広場に響いた。突然の怒号に急いで振り向くと、どうやら広場の入り口あたりで揉め事が起きているようで、数人ばかりの人だかりが出来ている。人の隙間からわずかに見えたのは、その細い腕を強く掴まれた少女の姿だった。


 少女は険しい表情で何かを主張しているようだが、腕を掴んでいる男とその目先の屋台を切り盛りしていると思しき男は聞く耳を持っていないように見える。周囲の数人が少女に手を差し伸べる様子もない。


 ひどく興奮した様子の男の様子に、少女を心配したシャーラは軽やかに駱駝から降りると、同じように降りたライアに手綱を預けた。


「少し、様子を見て来る」


「気を付けてね」


 うん、と小さく頷き事態の中心に向かって歩を進めていくが、空気が変わったと見るなり足を速めた。その視線の先では少女を掴む男が、もう片方の拳を振り上げていた。


「落ち着いて」


 決して声を張り上げたわけではなかった。ただ少女と男の間のわずかな空間に左腕を差し入れ、少女を庇うように静かな声で男を制止しただけで、まるで一瞬時が止まったかのように男は動きを止め、振り下ろされようとしていた腕が何かを傷つけることはなかった。

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