第20話
「――ふう。これでよしっと……」
僕は久し振りにワクワクしつつ、新しい従魔――アマツノムスメのお迎えをする準備を整えていた。
鮮血剣っていう新しい武器の実験もしたいところだけど、優先順位としては従魔が先ってことで、異空間の部屋を洋風の部屋から和風な感じに変えたんだ。
和室のイメージとしては、畳、障子、襖の三本柱だ。詳しくないからこれくらいしかわからないだけなんだけど、かなりそれっぽくはなってるとは思う。
ほかにはちゃぶ台や座布団なんかも用意してるし、ちゃんと外の侘び寂び的な庭が眺められるようにもしてある。庭に関してはそれっぽいのが見えるだけで行けないけど。
さあ、あとは従魔を出すだけだ……って、クロムが一段ずつゆっくり飛び跳ねながら階段を上がってきた。目に力がないし、お腹が空いたのかな?
「主、お腹空いた――モッ……⁉ 主の部屋が急に様変わりしたモ。一体どうしたモ?」
「あ、クロム。ちょうどよかった。これから、この部屋に新しい従魔が来るよ。クロムの後輩だ」
「ボクの後輩モ?」
「うん。仲良くしてやってね」
「わかったモ! もちろんだモッ!」
クロムが目を輝かせてる。従魔としては先輩になるわけだけだからね。それも含めて、新しい従魔がここを気に入ってくれるといいけど……。
そういうわけで、僕は期待に胸を膨らませながら手に入れたばかりの従魔をタップして手元に出す。
すると、畳の上にアマツノムスメが出現した。うんうん、思った通り和室に凄く似合ってる!
体長は60センチほどと、高級な雛人形のようなサイズだ。
艶のある黒髪、鮮やかな着物。さらには、何もないところから出現させた扇で口元を隠す淑やかさに目を奪われる。
アマツノムスメはびっくりした様子で周りを見渡してるけど、その仕草がまた上品なんだ。
「やあ、アマツノムスメ。僕の作った和室へようこそ! あっ……」
たまらなく可愛いので、思わず彼女の頭を撫でようとするも、閉じた扇で払いのけられる。
「汚らわしいですわ。気安く触らないでくださいまし」
「……ご、ごめん……」
従魔から怒られてしまった。まあしょうがない。なんせ、獲得したばかりだからね。
「こいつ。主に対して、酷いモ。生意気だモッ!」
目を吊り上げたクロムが飛び跳ねて怒ってる。彼は喜ぶときだけじゃなく、怒るときもこうしてジャンプするんだ。
「こいつですって? わたくしに向かって、なんていう口の利き方ですの? たかがスライムのくせに」
「ボクはただのスライムじゃないモッ! こう見えてレアなモンスター、メタリックスライムだモッ!」
「レアなスライムですこと? フフンッ。それが一体どうしたというのです? わたくしは誇り高きアマツノムスメ。あなたなんかよりも遥かに高貴なモンスターですわ」
アマツノムスメは扇を開いて口元に当て、冷たい目でクロムを見下ろす。クロムは怒りのあまりか黒い水飛沫を上げながら跳び跳ねてるけど、それに対して彼女はあくまでも冷静さを保ってる様子だった。
「高貴な存在だモ? それがどうしたっていうモッ! お前はボクと同じ従魔だモ! 主の命令に従うのがお前の役目だモッ……!」
「……」
クロムが激しく捲し立てた言葉に、アマツノムスメは少し目を大きくして驚いた顔を見せる。それでも彼女は開いた扇で口元を隠し、優雅に微笑んだように見えた。
「従魔として召喚されたというのなら、それはそうかもしれませんわねえ。ですが、根本的な考えがあなたとは違いますわ」
「根本的な考えが違うって、どういうことだモ? 主の言うことを聞けないのかモ? それじゃ、従魔失格だモッ!」
「よく聞きなさい、スライム。わたくしが主人だと認めた方であれば、相応の態度を取るまでのこと。でも、認めてもいないのに主人として接するのは違いますわ。だから、わたくし自身が主として触れることを許可するまで、誰のものであってもその手を払いのけます」
「「……」」
その理路整然とした言葉に、僕とクロムは黙り込んでしまった。僕はもちろん、クロムも言い返せないくらい、アマツノムスメってしっかりしてるんだなって。モンスターとは到底思えない。
彼女の言い分はよくわかったし、ある意味誠実だと感じた。内心では反抗的なのに表向きでは忠実なところを見せられるよりもよっぽど好感が持てるからね。
アマツノムスメは、従魔としての立場をちゃんと理解してるように思う。彼女の言葉は、自分自身だけでなく相手のことも尊重してるからだ。
「主、アマツノムスメは生意気すぎるモ。デリートするモッ!」
「いや、クロム。そんなこと言わずに、しばらく様子を見てあげようよ。アマツノムスメは、自分なりの方法で主に仕えるタイプなんだよ」
「……モッ。主がそう言うならわかったモ。小娘、命拾いしたなモッ」
「……フンッ。わかればいいのですわ」
僕の言葉にクロムが渋々といった様子で頷く一方、アマツノムスメは再び扇で口元を隠して目を細めた。
そもそもクロムだって、警戒心が強くて懐くのには時間がかかったんだから、焦らずに辛抱あるのみだ。個人的には、彼女は人語を理解できるので距離を縮めるのにそんなに時間はかからない気がする。
とりあえず、『異空間』スキルのレベルが3になるまで地下室はクロムと僕の部屋にして、この部屋はしばらくこの子専用の和室にするとしよう。
用事もあるし、僕は和菓子の羊羹を置いてここから出ることにする。
「それじゃ、僕はそろそろ授業に行かなきゃいけないから。これ食べててね。アマメ」
「……そんなこと仰らず、どうかそのうるさいスライムと一緒にとっとと行ってくださいまし。ところで、アマメって誰のことですの?」
「もちろん、君のことだよ。アマツノムスメだから、略してアマメ。いい名前でしょ?」
「……フンッ。安直な命名ですこと。くだらないですわね」
「くだらないのはお前だモッ……!」
「ま、まあまあ……」
いかにも不快そうに目を逸らされてしまった。僕は彼女に向かっていこうとするクロムの前に立って制止しつつ苦笑する。まだまだ反応は辛目だね。ははっ……。
「オッホン! えー、お前たちに重大な話がある……」
朝8時。ほぼ壊滅状態のGクラスの教室で、猪川先生が重々しく語り始める。重大な話ってなんだろう? 多分、僕たちの昇格についてだと思うけどね。
「あー、白石優也、黒崎汐音、
「「「「「おーっ!」」」」」
やっぱりそうだった。遂にFクラスへの昇格決定だ! 嬉しいなあ……。教室はボロボロで、昇進する僕たちと先生以外誰の姿もないのがちょっと寂しいけど、こればっかりは仕方ない。
「というわけであるから、えー、お前たち、Gクラス卒業、おめでとう! コングラッチュレーション! それと、だ。あー、もう昇格するお前たちにはどうでもいいことだとは思うが、もう一つ話すことがある」
もう一つ話すこと? なんだろう。
「……おー、私はだな、このようにGクラスが壊滅状態となった責任を取り、今日付けでこのクラスを辞任し、学園を去ることとなった。ん-、今まで世話になったな。以上だ」
「……」
これは意外だった。猪川先生、ここを辞めさせられちゃうのか。サバイバルゲームの件で、クラスの管理が上手くできてないってことを学園の上層部に見抜かれちゃったのかな? 誰が見ても屑教師ではあるけど、いざ辞めちゃうとなるとなんだか寂しくなるなあ……。
「お疲れ様、猪川先生」
「お疲れ様……」
「猪川せんせぇ、元気でなあぁ」
「おう、猪川センコー、達者でなっ!」
「お疲れ様じゃ。猪川先生!」
立ち上がって拍手をする僕らに見送られつつ、深々と頭を下げて教室を去っていく猪川先生。あ、そうだ。どうせだからアレをプレゼントしようと思って背中を追いかける。
「ちょっと待ってください、猪川先生!」
「……ん、白石君。私に何か用かね?」
「これ、どうですか?」
「……これは一体なんだね?」
僕が端末をタップして手元に出してみせたのは、永遠の黒髪っていう道具だ。頭の涼しい猪川先生にはぴったりなものだし、そのつもりはなかったけど辞めるなら記念にあげてもいいかなって思ったんだ。
「これをつければ、自毛になって若々しくなれますよ!」
「ほー、そりゃいいな。だが、断る」
「えっ……⁉」
またまた意外な発言で驚かせてくれる猪川先生。彼にとっては喉から手が出るほど欲しいアイテムだと思ってただけに。
「ん-、私は自分の禿げ頭が嫌いではないのでな。ここまで苦労してきた証だから、良くはないが悪くもない。というわけだから、あー、白石君、それは大切に保管しておきなさい。年を取れば必ず必要になる。それじゃ、さらばだ。アミーゴ!」
「……」
それから一切振り返ることなく、手を上げて遠ざかっていく猪川先生。僕は少しだけ彼のことを見直してしまった。
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