第3話


 異次元のバットとヘルメットを装備したのち、意を決して校舎の外に躍り出た僕は、その勢いのまま小走りで目的地へと進んでいた。


 およそ1キロ先にて、動かずに点滅している赤いマーカーがモンスターの現在地で、そこへ向かって動いている青いマーカーが自分のものだ。


 視聴者たちのコメント、モンスターや仲間の現在地等、端末が子細な情報を視界に反映してくれるので、いちいち端末を見ながら進む必要はないんだ。


 お、早速視聴者からコメントが来てるから幾つか拾ってみよう。


『誰、この子??』


『底辺の探索者やろ。G級の』


『あ、思い出したwなんかこいつ、新入生のいじめられっ子って聞いたことあるw』


『じゃあ、モンスターと戦わせるいじめか。可哀想。。。』


「……」


 なんかもう、僕が負けることが前提みたいなコメントばっかりで萎えるけど、これも最下級の生徒に対する視聴者の正直な反応だろうし、コメントを非表示にはしない。


 本音としては良い反応だけ見たいし、なるべく悪口は消したいんだけどね。それでもどれくらいコメントが来てるか参考になるし、段々と高まっている恐怖心を紛らわせられるっていうのもある。


 VR格闘では対人だけじゃなく対モンスターもあるけど、そういうのとは緊張感がまったくといっていいほど違う。風邪でもないし寒くもないのに歯がガタガタ震える感じだ。


 ふと振り返ると、小高い丘にある学園『ホライズン』が小さく見えて、なんともいえない心細さが襲ってきた。


 それでも、憧れの神山不比等さんをイメージして自身を奮い立たせる。あの人みたいになりたい。いずれは彼をも超えて最強の探索者になりたい。なのにこんなところでウジウジしてるようじゃ論外だし、いい笑い者だ。


「いよいよか……」


 赤いマーカーに近づいてきているので、僕は走るのをやめて歩くことにした。


 別に、怖気づいたわけじゃない。モンスターと戦う前に体を温めておきたかったとはいえ、あまり体力を消耗するわけにもいかないからね。さあ、モンスターはすぐそこだ。


「……あれ?」


 ターゲットとの距離は、およそ30メートルと表示されているのに、肝心のモンスターの姿が見えない。どういうこと……?


 周囲は何の変哲もない道路で人の姿もなく、街路樹以外に対象を隠すような障害物も見当たらないのに。というか、モンスターの位置的には道路の真ん中にいるはずなんだ。まさか、潜伏するスキルでも持ってる?


「……」


 警戒してしばらく待機してみるも、赤いマーカーが動く気配は微塵もない。というわけで、僕は慎重に自分のほうから近づくことにする。モンスターが潜伏しているのは、睡眠中っていう可能性もある。


「よーし、今がチャンスかも……」


 だとしたら、その隙を狙って異次元のバットを叩き込めば倒せるかもしれない。コメントも幾つか来てるけど、今それを見る余裕はない。


 モンスターとの距離まであと10メートル、9メートル、8メートル……徐々に近づいていく。もしこれが、僕を誘き寄せるためのモンスターの罠だとしたとしても、いずれにしてもバットじゃ接近しないと戦えないわけだからね。


 今になって、弓にしておけばよかったかもとか色々考えるけど、レンタルできる武具はそれぞれ一つまでだし、もうやり直しできないんだからしょうがない。


「ゴクリッ……」


 僕は息を呑んでバットを振り上げながら、そろりそろりと近づいていく。6メートル、5メートル、4メートル……もうすぐそこだ。


 ここまで来ても相手がまだ動かないってことは、本当に眠っている可能性が高いのかもしれない。焦るなと自分に言い聞かせながら、僕は大股になって3メートル以内に体を滑り込ませる。


「はっ……⁉」


 その瞬間だった。地面を踏むはずの僕の右足は、直後に開かれた穴に落下していた。


「――うっ……?」


 落ちた際はもうダメかと思いきや、意外となんともなかった。頭にも衝撃があってしばらく気絶しちゃってたみたいだけどね。異次元のヘルメットをつけててよかった。


 ……っていうか、ここはどこなんだろう? やたらと薄暗いっていうか、黒々としている。闇色の地面と壁を触ってみると、妙に柔らかくてツルツルと滑る感じだ。上を見上げれば白い点が見える。


 あそこまでは結構な高さもありそうだし、這い上がるのは難しそうだ。おそらく、道路からここに落ちてしまった格好らしい。


 そうか……モンスターがいるはずなのにいなかったのは、道路の下に作ったダンジョンにいたからなんだ……。


 マンホールの中みたいな狭さだと思いつつ、僕はバットを杖代わりにして立ち上がると、目の前にある通路を恐る恐る歩いていく。


 真っ暗で先を見通せるような明るさじゃないけど、この先にモンスターがいるはずだ。それを倒さないとここから脱出するのは不可能だろう。視聴者のコメントを拾うと、『薄暗くてよく見えない』だの『落とし穴にでも落ちて死んだのか?』だの、現状がいまいち掴めていない様子。


 まあそのほうがいいかもしれない。たとえ僕がモンスターにやられて無様に死んだとしても、暗くてよくわからないだろうし。


「……はぁ、はぁ……」


 もう荒い呼吸を押し殺す余裕もなかった。赤いマーカーと重なってるし、相手との距離まで1メートルまで来てるし、マンホールダンジョンを作ったモンスターはすぐ近くにいるはず。


 ん、今何か光った気がしてその方向をよく見てみると、それはどうやらモンスターの目のようで、ぱちぱちと瞬きしているようだ。


 しばらく僕たちは見つめあう格好になった。どう考えてもこっちに気づいてるっぽいけど、何故か襲ってこない。ええい、このままじゃ埒が明かないってことで、僕は一気に踏み込むとともに異次元のバットを振り下ろした。


 ガキンッという鋭い音が響き渡る。か、硬い。バットを落としそうになるくらい、手が痺れる。なんて硬さだ……。


 って、相手の目がグルグル回ってる。もしかして……これって状態異常の一つ、『スタン状態』ってやつじゃ? もしそうなら、気絶してる間にやっつけてやろうと思い、畳みかけるように僕はバットを全力で振り下ろし続けた。


 って、あれ? 白い目が消えたし、手応えもなくなったぞ。もしかして逃げられた……? ん、ピロロンと小気味よい音が端末から流れてきたかと思うと、視界にメッセージが表示された。


『おめでとうございます! 白石優也様は、メタリックスライムを一匹倒しました。獲得したMPモンスターポイントは1000、DPダンジョンポイントは500です』


「……え、ええぇっ⁉」


 僕は思わず大声を出してしまった。


 まさか、倒したのがレア中のレアのモンスター、メタリックスライムだったとは……。


 これは倒そうとしても硬くてダメージが通らず、さらにすぐ逃げることで有名なモンスターだけど、もし倒せば得られるポイントは大量になるっていわれてる人気モンスターなんだ。


 強力なモンスターを倒しても得られるモンスターポイントは100程度で、それらが巣食うダンジョンを攻略してもダンジョンポイントは50くらいしか貰えないっていわれてるのに。


 これが発覚したら大騒ぎになりそうな事態だけど、目視するのが難しい薄暗い中で討伐した上に、こうした個人用のイベントメッセージは自分かパーティーメンバーしか見られないのでバレてないと思う。


 というか、いつの間にか景色が変わり、僕は何事もなかったかのように道路上にいた。まるで夢みたいだ……って、本当に夢なんかじゃないよね? 暗い場所から一転してあまりの眩しさに目を擦りつつも、僕はポイントに限定して自分のステータスを表示してみた。


 MP:『1000』(+1000)

 DP:『500』(+500)


「……は、ははっ……」


 僕は笑い声を出しつつ、大量のポイントをうっとりと眺めていた。いや、ガチャをしないと意味がないんだけど、本当に何回見ても飽きない……。

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