第2話


『ここで速報です。五月雨さみだれ町の天気予報をお伝えします。本日4月10日、午前9時過ぎから曇り時々雨とモンスター、のちダンジョンとなる予定です』


「「「「「ザワッ……」」」」」


「……」


 翌日の朝。僕が在籍している、50名ほどいるG級の教室にて、周囲からどよめきが上がる。


 教壇の後ろにある巨大モニター画面が授業のものから変わり、僕たちが住む五月雨町の天気予報が流れてきたところだった。


 なんで天気予報でモンスターの情報が流れてくるのかっていうと、モンスターが出るときは必ず黒々とした霧が発生していたからだ。


 今からおよそ100年くらい前、黒い霧からモンスターが生じる現象が起きて以降、モンスター発生時は黒い霧とだけ呼ぶことが多かったんだ。


 それでも、黒い霧だと危険性がいまいちわかりにくくて犠牲者も多く出てしまったため、いつの間にか黒い霧は省略されてモンスターやダンジョンとなった。


 モンスターは数が多ければ多いほど、あるいは強いかレアリティが高いほど、巣窟――すなわちダンジョンを作る可能性が高まるっていわれてるんだ。


 一部の生徒や教師による暴力やパワハラが常態化しているこの学園『ホライズン』においても、相手がモンスターやダンジョンとなると脅威度が全然違う。


 モンスターを討伐したりダンジョンを攻略したりすれば昇格のチャンスがあるとはいえ、死亡する可能性もそれだけ高くなるってことだから。


 しかも、今回はダンジョンが生じるリスクまである。これはモンスターが数多くいるか、あるいは相当に強力か、はたまたレアリティが高いかで巣を作る可能性があり、相当に危ないってことだ。


「オッホン。えー、誰か、引き受けるやつはいるか? あー、いないなら私が直々に選ぶことになるが」


 太った禿げ頭の教師、猪川和彦いのかわかずひこが神妙な顔で咳払いしたのち、僕たちにそう語りかける。


 ……どうしようか? そうだな……怖さは当然あるけど、これは千載一遇のチャンスだと思うから立候補してみようと思う。


 憧れの神山さんに少しでも近づくには、モンスターポイントを使って素材ガチャや素材合成を行使し、強力なスキルやレベルをゲットして強くなるしかない。


「はい……って、あれ?」


 思い切って挙手してみたところ、手を挙げているのは自分一人だけだった。最低でもあと一人くらいいると思ってたのに、まさかのソロボッチとは……。


 そうだ。なら協力してもらえるかもしれない。


 僕はそう思い立って知り合いの青野さんのほうを見ると、彼は焦った様子で目を瞑り、手を合わせてスマンのポーズをしてきた。


 ……はあ、しょうがないか。ほかに何人も参加者がいるならともかく、僕と二人だけでモンスター退治するのは心許ないだろうし……。


「あの白石優也ってやつ、とんでもないバカだな」


「まったくだぜ。クソぼっちのいじめられっ子のくせに、立候補しやがった」


「完全に自爆だな。墓穴を掘りやがった。他に手を挙げるやつがいるとでも思ってんのかよ⁉」


「「「「「ププッ……!」」」」」


「……」


 あちらこちらから、僕に対して小ばかにしたような声や、押し殺すような笑い声が聞こえてくる。


 それこそ、あからさまに指をさして腹を抱えるやつもいてムッとしたけど、ここは我慢だ。今、僕はこんなところで貴重なエネルギーを使うわけにはいかないんだから。


 多分だけど、これは計算尽くで、僕のことを快く思わない同級生らによる、少しでもライバルを減らすための作戦ってわけだ。初日からみんなが僕を睨みつけたり無視したりする中で、唯一普通に声をかけてくれたのが青野さんだけだったからね。


 一人じゃ到底モンスターなんて倒せないだろうし、僕が死んだあと、誰かが満を持して立候補して、それに次々と味方するつもりなんだろう。当然、数がいればモンスターを倒す確率も上がるわけだから。


 それでも、これはピンチではあるものの、逆にチャンスになりうるんじゃないかな?


 そもそも、仕組まれたことであっても教師の呼びかけに対して名乗り出ないと、一介の生徒にはモンスターを倒す権利がないし、実力を証明するための配信もされないんだ。


 でも、僕はやってみせる。神山不比等さんに追いつくには、こんな無茶なやり方でも構わない。まずはポイントを得ないと何も始まらないんだ。


「誰か、白石優也と一緒に組もうとするやつはいないのか?」


「「「「「……」」」」」


「……そうか。えー、いないのであれば、あー、白石優也に一人で勝手に死んでもらうか。弱い生徒が一人いなくなっても別に一向に構わんしな。おー、むしろハッピーだろう」


 何一つ罪悪感を覚えていないとわかる、むしろ清々しささえ感じる猪川先生の冷淡な言葉のあと、失笑や拍手が沸き起こった。基本的に教師が選ぶのは一人だけで、仲間がいないのも実力のうちだと判断されてしまうんだ。


 これが日常茶飯事で、今まで何人も同じ学園の生徒がモンスターに挑戦したものの非業の死を遂げてきた。もちろん、その中には神山さんのように討伐に成功して華々しい成功を収めた人もいるけど、極一握りだ。


 巨大モニターには、周辺の地図と自分の現在位置、さらにはモンスターの出現した場所がマーカーで示されていた。


 僕が外へ出れば端末が反応していよいよ生配信が始まり、生徒たちのコメントも視界に流れるって寸法なんだ。


 目障りなら非表示にもできるけどね。モチベーションUPのために表示するようにしている。匿名ということもあり、コメントの数が多ければ多いほど、昇格する上でも有利な要素となる。


 ちなみに、あとで知ったことなんだけど、巨大なカエルに食べられた人はDランクの人で将来有望って言われてたらしい。


 そんな人さえもあっさり死んでしまうんだから末恐ろしい世界だ。それでもやらなきゃ何も変わらない。現状のまま僕がどんなに反撃したって、いじめられっ子として狙われる立場であることは変わらない。笑われてもいいから、前に進まないと何も始まらないんだ。


 というわけで、僕は早速端末を利用して武器をレンタルすることにした。所持金は少ないけど、武器を借りるお金くらいはある。最下級のGクラスだと、借りられる武器も限られてくるけど。


『現在、Gクラスの白石優也様がレンタルできる武器は以下の通りです』


 異次元のバット:『1000円』

 異次元のナックル:『1200円』

 異次元の杖:『1500円』

 異次元の弓:『2000円』

 異次元の長剣:『3000円』


 AIによる解説ナレーション。画面には適当な名称の武器が並んでいる。といってもこれは正式名称じゃなく、実際に使っている人の所有物なので、それが誰なのかわからないようにするための配慮なんだとか。


 僕はこれらの選択肢の中で、一番安いので異次元のバットを借りることにした。電子マネーは残り7000円くらいしかないし、今後の食費のことも考えると賢明かなって。それにどのレンタル武具も半日で消えちゃうしね。


 防具に関しては、一番安いので異次元のヘルメットと異次元のマントがそれぞれ500円だったので、どちらにするか迷った結果、ヘルメットに決めた。頭部へのダメージは致命傷になりうるからね。


 こうした武器や防具もまた、ガチャでしか手に入らない貴重な素材を合成して作られていて、数に限りがあるんだ。


 モンスターには普通の武器どころか銃弾でさえもまったく通じないけど、異次元の素材で作られたものならダメージを与えることが可能になるってわけだ。


 ……さて、と。そろそろ出発するか。足が震えるくらい怖いけど、ぐずぐずしてたらもっと恐怖心が強くなりそうだ。


 僕は同級生クラスメイトや先生から嘲笑うような視線を受けながらも、それを発奮の材料にして、急ぎ足で教室をあとにするのだった。

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