外章

幕間 ベルガの記憶

「無事に帰ってくれば良いのだが。」


アラタを見送ったベルガはポツリと呟いた。


ベルガは出陣するアラタの顔を見て、未だかつてない危険な状況だと見ていた。


まるで自分が魔王ベルガ=スタークだった時に対峙した勇者のような顔をしていた。


「あの時とは違い、勇者アラタも龍王リーズも味方とはな。心強いが不安でもあるな。」


「しかし、あれから70年か。勇者アラタもずいぶん大人になったな。出会った時は話し方も考え方も全然若かったのにな。」


「そういえば、アラタとベルガちゃんは前世で一緒だったんだよね。私はもう北に向かう用意終わったから、半兵衛様の準備が終わるまで良かったら聞かせてよ。」


「ベルガはやめい!良かろう、巴よ!妾の凄さを知るいい機会だ!聞かせてやろう!」


10歳程の女の子には似つかわしくない、妖艶な笑みを浮かべてベルガは懐かしい記憶を思い出す。

「良くぞ参った!勇者よ!!妾が大魔王ベルガ=スタークだ!」


人の煽情を駆り立てるような衣服に豊満な身をつつみ、赤い髪に神々しい金の目、悪魔を彷彿させる山羊の様な角を持つ魔王ベルガは、魔王城最奥の玉座で堂々と勇者アラタを迎えた。


「人を殺し、瘴気を吸収する人の心を持たぬ魔王ベルガ!!人族の勇者、アラタが討伐する!!」


「魔国の王ベルガよ。我が主アラタの意向だ。諦めて頭を垂れよ。」


まだあどけなさの残る勇者と名乗った少年。そして、龍王リーズ。

勇者ならまだしも、龍王まで並び立っている。


見るからに若々しい勇者は人族の代表として魔族を討伐する事が当然と思っている。


「若いな。妾の昔を思い出す。」


魔族が人族を殺し、その瘴気を奪わねば生きて行けないと知ったのは、日本人立花ベルガがこの世界に転生して少し経って知った事実だった。


ベルガが転生したばかりの当時の魔族はまとまりが無く、たまに人里を襲う魔物と同じような扱いだった。


既に魔力を込めた武器防具が開発されていたこの世界は、魔法が得意な魔族と言えど人族の敵では無く隠れ住みながらひっそりと暮らしていた。


魔族の両親は、ベルガの産まれもった人を魅了するスキルの効果なのか、それとも親としての愛なのか、立花ベルガとして生きていた時の両親より慈しみ育ててくれた。


産まれた時より強大な魔力を秘めていたベルガは、他の魔族より必要な瘴気量が多く両親はベルガの為に必死に瘴気をかき集めてくれた。


今考えると、瘴気を集める為に無茶をしたのだろう。ある日隠れ住んでいた場所に人族の軍が攻めてきた。


「偉大なる人族を、襲わねば生きれない欠陥の魔物め!この世界から消えて無くなれ!」


次々に魔族を襲いながら叫ぶ兵士の言葉で、初めて両親が瘴気をどう集めていたのかを知った。


ベルガを地下の隠し部屋に隠し、両親は告げる。


「ベルガ。お前は魔族の希望だ。決してここから出ないで、生きてくれ。」


ベルガは暗い部屋の中で震えながら苦悩していた。


愛してくれた両親を見捨て、隠れながら元人だった自分がこれから人を襲うのか?


自分が何もしていない人を殺せるのか?


それならばここで両親と共に死ぬべきでは無いのか?


気付いたらベルガはドアを開け、地下室から表に出る。

そこで目にした光景は悲惨なものだった。


遊びながら、魔族を殺す人族。


魔族の子供を槍に突き刺し、高らかに笑う。


両親は既にバラバラにされていた。


気付いた時にはベルガは産まれもった魅了のスキルで人族の兵士を同士討ちさせ、持ち前の魔力で焼き尽くしていた。


「この世界ではこんなにも人が醜いなんて。私が魔族に転生した理由が分かったわ。」


それから、隠れ住んでいた魔族を束ね立花ベルガであった時の知識とスキルで、人族を次々に打ち破り魔国の勢力圏を大幅に広げた。


百年以上かけて魔王になり、その頃には人族の中には勿論、同族である魔族の中にも両親を殺したヤツらのように相手をないがしろにして、人を人とも思わない者が存在する事を理解した。


なんの事は無い、ただ生きる糧が違うだけで同じ種なのだと。


その証拠に魔族が死んだ時も瘴気は発生する。


今まで自分を正当化していたものが足元から崩れ、先が見えない争いに絶望する。


それからというもの進軍を止め、魔国に攻め入ってくる人族のみから瘴気を奪いながら瘴気に対する研究を進めた。


だが研究は上手く行かず、どうやっても人工的に瘴気を生み出す事が出来ない。


幾年も悩み、葛藤した。


そんな時に勇者が現れ、今まさに眼前にいるのだ。



「ふふふ。人族の王に何と言われたのか分からぬが、良かろう、参れ。」


言うなり斬りかかってくる勇者をいなし、龍王の炎を魔法で弾く。


ベルガは左右の手で魔法陣を出陣させ同時に別の魔法を唱える。


その魔法の威力は圧巻で魔王ベルガと勇者のレベルの差を見せつけた。


「我が主、アラタよ。思ったより強い。ここは我に任せて一旦離脱してくれ。」


龍王も理解したのか、自分と魔王ベルガが本気を出した場合、勇者が巻き込まれる事を危惧して逃げるように提案する。


「ダメだ!リーズ!ここで倒さなければ人族は滅ばされてしまう!命に替えても倒す!」


勇者の叫びを聞き、魔王が口を開く。


「勇者よ。魔族はもう何十年も前から人族の領域に攻め行ってはいない。お前が人族の王から何を聞かされているのかは分からんが、人族を滅ぼすつもりなど毛頭無いぞ。」


「黙れ!人の心を介さぬ魔物め!王が嘘をついていると言うのか!」


隙なく構える勇者に魔王は対話を試みる。


「確かに、魔族は人の瘴気が無ければ生きてはいけない。だが何か方法はあるはず、と妾は模索している。長年の争いのおかげか魔族が生きていけるだけの瘴気もあと4、5年分はある。人族と魔族、両方の死者から集めた瘴気がな。だから妾は前から何度も人族の王に会談を求めている。」


「嘘をつくな!お前ら魔族が人を楽しみながら殺すのを俺はこの目で見た!人の心を持たぬ所業だった!」


アラタの言葉に魔王ベルガは目を細める。


「そうだ。その様な者も魔族にもいる。もちろん、人族にもな。だからお互いルールを決め犯罪者として捕らえる。それをするだけで停戦できる。少なくとも4、5年はな。」


止まるアラタに魔王は続ける。


「仮に妾にお前が勝てたとしよう。その足で王国に帰れば、さらに進軍を命じられ、断ればお前が命を狙われるぞ。魔王を倒した個人など、領土を広げたい王からしたら邪魔でしかないからな。」


「王はそんな事はしない!別の国から来た俺を暖かく受け入れ、支援してくれた人だ!王国の事を一番考えている方だ!」


「痴れ者め!!王国を一番に考えている王が何故自分の王国を脅かす力を持ったを、自国より大事にすると考えるのだ?さらにいえば安寧を願う王ならなぜ妾と会談すらしない?」


頭が悪くないのだろう、勇者は魔王から言われた事を考え、恐る恐る口を開く。


「お前は会談を求めるのだな?魔国の領土を広める気は無いんだな?」


魔王ベルガに問いかけながら勇者は龍王を見る。


「我が主、アラタよ。嘘はついてないと思うぞ。こいつはかなりの魔力を持っている。我が本気になっても勝敗が分からん程…のな。そんな力を持つ者がここで嘘をつく理由が無い。」


二人の会話に安堵した魔王は魔力を解除して、息を吐く。


「理解力がある者で良かった。一つ間違いがあるとしたら妾は嘘をつかんが、嘘をつく理由はある。妾はここで万が一にも死にたくは無い。瘴気の解明も出来ぬまま、妾の大事な存在に同じ悩みを継がせたくないからな。」


ベルガが言った瞬間、玉座の後ろにあるドアが開いた。

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