第39話 剣鬼一刀

剣鬼 伊東一刀斎いとういっとうさいにより放たれた斬撃は、太刀筋をそこに置いてきたかのように軌跡を残し、紙一重で避けたロキの白髪と宝飾を斬った。


ハラハラと白い髪が落ち、宝飾がじゃらんと地面で音を立てる。


「うざいなぁ、でも当たらなければ意味無いよ。」


次の瞬間、余裕の態度を崩さないロキの頬が裂け、血が滴る。


「今度は無視出来んだろ。」


それを見て肉食の獣のように一刀斎はわらう。


「貴様!!虫の分際で、神であるこの僕に血を流させたな!!」


顔をみるみる紅潮させたロキが手に持つ槍を回転させながら突き出す。


一刀斎の心臓めがけて放たれた神速の突きを持っている刀で捌き斬り返す。


攻め立てる一刀斎と避けるロキ。


その隙に信長を筆頭とした一団はアラタに駆け寄った。


「ナイスタイミングじゃのう。助かったぞ。」


「遅くなり申し訳ございません。ですが見ての通り、英雄の皆様ご無事でございました。信長様のお怪我は巴殿に治して頂きました。」


一息をつくアラタに半兵衛が説明する。


「うむ。お初にお目にかかる信長殿。ご無事で良かった。」


挨拶をするアラタに頷く信長が口を開く。


「大軍勢の抑え大義であった。巴や半兵衛、そしてお前のおかげで拾ったこの信長の命。好きに使え。」


尊大な態度はイメージ通りだが、命を好きに使えという殊勝な物言いにアラタは驚き目を開く。


「くくく…何を驚く。俺は既に天下布武を目指し駆け抜けた。死者は所詮死者よ。神と戦うこの世界にはふさわしい者が立て。」


本能寺で討たれはしたが人生に満足しておるのか、とアラタは納得した。


「お話し中、失礼致します御二方。それで今の状況をお聞かせ願いますか。一刀斎殿のたっての希望の為、あの異国の神と一騎打ちを任せておりますが、早くせねば。」


半兵衛の言葉に、アラタは金属音が鳴り響く一刀斎の方を見る。互角に戦っているように見えるが、ロキは全て刀を避け、代わりに一刀斎は少しずつ身体を槍で削られている。


「そうじゃな、ではー」


アラタは今までの経緯を説明する。


「最初は驚いたし、凄まじい剣技だけど冷静に避ければ良かったんだよ。当たらなければ全てを斬るそのスキルも意味無いしね。」


軽口を叩きながら伊東一刀斎の刀を避け、槍を繰り出してくるロキ。

一刀斎も皮1枚を削られながら反撃をする。


己の剣技に刮目させる事は出来たが、やはり神。全ての斬撃を避け、的確な一撃を繰り出してくる。


「君の事を放ったらかして、向こうで話してるよ。捨て駒かい?可哀想だね。」


精神的に揺さぶりたいのか軽口を叩く神。


否ー、自分の戦いが始まって終わるまで手を出すなと己自身がきつく言っておいた。


「結局、万物を斬るスキルと言っても意味無いよね。当たらないんだから。当たれば僕がもつこの神槍みたいな神器も斬れるかもしれないけどね。」


まさしくそうだ。まさか神とはこれほどの高みにいるとは。


「…何笑ってるの?」


いつの間にか己は笑っていたらしい。己でも気付かなかった。

剣技が通用せず、神の高みを見て苦境に立たされてるはずなのに。


そうか…そうか!!己は楽しいのだ。

剣技を見せつけるなどとうそぶいていたが、会った時から感じた強者の雰囲気。


己の剣技なぞ歯牙にもかけない力の差。


前の世でも個の力で己に勝てる者など、いなくなって久しい。そのまま終わったはずの剣生だったが、この世に来て圧倒的強者と斬りあっている。


これが笑わずにいられるか。


「…面倒だな。もういいよ。君をずっと相手にしてる暇は無いんだよね。」


イライラとしたロキが何事かを唱える。


不気味な装飾を施した槍のルーン文字が赤く光りだした。


「あんまり使いたく無いんだけどな。盗んだ物だから、バレたくないし。」


後ろに退がり、斬り合いの間合いから外れたロキが呟いた。


「貫け、グングニル。」


刹那、ロキの手から離れた槍が物凄い勢いで一刀斎の心臓めがけて飛来する。


弾こうとした一刀斎の刀を砕き、勢いそのままに槍が身体に突き刺さる。


しかし心臓を狙った一撃を一刀斎は身体をよじり左腕で受け致命傷を避けていた。


「しぶといなぁ。 向こうも君がやられそうなのに気付いたみたいだね。大人しくしてよ。彼らがこっちに来るまでに、殺してあげるから。」


槍をいつの間にか手元に戻したロキが告げる。


だらんとした左腕から血をだらだらと流し一刀斎は後ろから人が駆けつけてくる気配を感じた。


決着が着いたと判断されたのであろう。己の惨状を見るに、致し方無し。


「もはやここまでか。異国の神よ。楽しかったぞ。」


「僕は楽しくなかったよ。どうせ死ぬんだから早めに死んでくれるかな?」


憎々しげに応えるロキに一刀斎は続ける。


「まあ、待て。こんな楽しい事を邪魔せず見守ってくれた奴らの為に、最後に一つぐらい仕事をしておこうと思ってな。同じ力を感じるあちらの道具もお前が関係しているのだろう?」


にやりと笑う一刀斎を怪訝な顔で見るロキ


「何を言って……!!させないよ!貫け!!グングニル!」


ハッと気付いたロキが槍を構え投げる。


だが防ぎもせずに刀を別の方向へ構え、一刀斎は唱える。


剣鬼一刀けんきいっとう


投げつけられたグングニルが伊東一刀斎の胸を貫くと同時に


その最後に繰り出した万物を斬るスキルは、白き龍を縛る神の縄、グレイプニルを断ち斬った。

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