第37話 真実の嘘

ーやられた!グレイプニル。確か北欧神話で神々すら恐れる巨狼、フェンリルを縛り付けた神具じゃな!


身動きの取れないリーズを、庇うように立ち回りながらアラタは考える。


後ろにロキがいると考えてたのであれば充分に予想できた可能性。


【異界召喚】を閉じ帰還させようとしてもできない。


魔力の扱いに長け、広域殲滅魔法や黒炎を吐くことが出来る龍の王は、味方にとっては頼もしく敵にとっては厄介な存在。


敵ならば最初に狙い、殺すか封じる事を考える。


珠玉の一手を指されてしまった。


「陛下!あの魔道具は私では解呪できません!」


襲いかかる敵兵と戦いながらベルゼが叫ぶ。


繰り出される槍を避けながら後転したアラタはリーズを縛り付けてる縄に切り掛かる。


ーキィィン


グレイプニルのルーン文字が光り、切りつけた魔剣を弾いた。


「同じ神話の武器であるこの魔剣レーヴァティンなら、と思ったがこれでも無理なようじゃな。」


すぐさま元の位置に戻り、また敵兵を斬り捨てていく。


大王が敵兵と共に前進してくる。


襲いかかる大軍勢を相手取りながら、大王の攻撃もギリギリの所で凌いでいく。


「陛下、敵が多すぎます!」


ベルゼの声に反応した大王が槍を投げ、爆発を引き起こす。


間一髪で避けたベルゼはすぐさま爆撃魔法で返すが、周りの敵兵は吹き飛ぶものの大王は平然としていた。


「厳しいのう。リーズを封じられては。」


額に汗を浮かべ、踊るように敵兵を斬るアラタ。

だが、大王が戦闘に参加した事で先刻のように数を減らせない。


時には兵の前に立ちアラタの斬撃やベルゼの魔法を防ぎ、時には槍や魔法で的確に攻撃してくる。


「勝負ついたんじゃないかな。俺に進軍を命じた奴が君たちをどう扱うか保証は出来ないけど降参しないかい?」


本当にそう望んでるように、大王は攻めながらアラタ達へ投げかける。


「あの遊びで戦争をしているような神、ロキがまともにジパングを扱うとは思えんから、無理じゃな。」


ロキを知っていた事に、大王は一瞬驚いた表情を見せたがすぐに、にやりと笑い告げた。


「同意だよ。では、申し訳無いがこのまま押しつぶさせてもらう!!」


大王の最後通告が終わり、ますます攻勢が苛烈になる。


アラタも目にも止まらぬ速さで敵兵をいなしながら斬っていくが、徐々に大王の槍が皮膚を掠める。


「仕方ない。もはや魔力温存などと言ってる場合じゃないのう!!ベルゼ!許可する!わしと共に全力で戦え!」


その言葉を待っていたかのように、巨大な火柱が上がった。


兵士達数万を巻き上げた火柱は巻き上げられた身体を、影も残さずに消し飛ばす。


「何だ!?何が起きた!」


驚愕するアレキサンダー大王。


「轟け。」


アラタの言葉と共に辺りに雷雲が立ち込め、天からいかずちが崩落する。


地に落ちたいかずちは敵兵の間を走り抜け、その熱量をもって蒸発させる。


「驚いた!まだそんな力を隠し持っていたとは!!」


みるみる減る自軍の兵士を見ながらアレキサンダー大王は叫んでいた。


「愚か者。魔力消費を考えず、全力を出せば陛下の力ならばこのぐらいの数など、ものの内ではないわ。」


左右それぞれに魔法陣を出しながらベルゼが言う。


「出来れば、こんな後先考えないやり方はしたくなかったがのう。お主が強すぎて進退極まったわい。」


先程より巨大な斬撃を繰り出しながらアラタがいう。


「ふふふ、これが勇者か!!日本人から異世界に渡った勇者の力なんだね!」


次々に繰り出される凄まじい威力の魔法と斬撃で兵士が次々に減らされ、消えていく。


まるでファンタジーの勇者のような力に、アレキサンダーは笑う。


「でたらめなヤツらめ。こんなもの、ことわりを超えている。」


震える身体を抑え、アレキサンダーは拳を固く握りしめる。


「でも俺は引けない!!ずっと望んでた物が手に入るんだ!!引ける訳ないんだ!!」


アレキサンダーの身体に魔力が集まり、魔法陣を両手で出現させる。


「ぐぅぅ!!轟け!」


雷雲が辺りを覆い、先程アラタが出したいかずちを大王が呼び寄せる。


そのままアラタとベルゼ目がけいかずちを落とした。


高度防壁こうどぼうへき

アラタが出した防御の膜の周りを雷が走り、バチバチと音を立てそのまま消える。


「なんと、わしの全力まで模倣するか!!だが、己の力を超えた模倣は身を滅ぼすぞ!」


アラタが言う通り、自分の力を超えた能力を模倣したアレキサンダー大王は額の血管や目から血を流していた。


「関係ない!!俺は退かない!退けないんだ!!」


言いながら飛び込んで来た大王は手に持つ槍を繰り出してくる。


その槍の残影が先程アラタが繰り出した斬撃のように、巨大になりアラタ達に襲いかかる。


それを呼応するように全力で弾くアラタ


さらに無理な力によるダメージを負ったのか、アレキサンダー大王の腕から血しぶきが舞う。


「今代魔王が命じる!魔骨よ!動きを止めよ!」


アレキサンダーが立つ地面から、鋭く尖った魔の骨が出現しみるみる檻のように組み上がり行動を阻む。


「ぐぅぅ…!!邪魔だよ!!」


魔鋼より硬いと言われる魔人の骨で出来た檻を握り砕き、アレキサンダー大王は前進する。


「信じられない…魔骨を握り潰すなんて!こいつ…、本当に…!陛下の全力を模倣している…!!」


アレキサンダーは血涙を流し、苦しそうに呻きながら持っている槍を構える。


ぽたぽたと血がたれ、今にも限界を迎え倒れそうな身体を精神力だけで奮い立たせる


「うおおおおおー!!!俺は日本人だ!!必ず日本に戻るんだあぁぁ!!!」


全身全霊で咆哮をあげ、最後の力を振り絞り槍を突き出す。


その決死の槍をアラタは全力で受ける。


「その覚悟、見事!わしも全力で応えよう!!」


ーギィィィィィン!


魔剣レーヴァティンが鳴いてるような凄まじい音を立てルーン文字を光らせる。


ぎゃりぎゃりと刃と刃を打ち合わせながら、

アラタは残った魔力を込め、どうにか自分自身の全力と同等の一撃を弾いた。


弾かれ粉々になった槍先を見つめ、力を使い果たした上村裕介アレキサンダーは呟いた。


「所詮、借り物の力…届かなかったか…。」


ふらふらと膝をつき、倒れ込む上村裕介アレキサンダー

あらゆる器官がダメージを負い、血が周りに広がって行く。


勝負がつき、魔剣レーヴァティンを鞘に納めながら息を深く吐くアラタ。


「いや、わしの力にお主の思いも乗った凄まじい一撃じゃった。この魔剣が無ければわしがやられていたかもしれん。」


上村裕介アレキサンダーは指の一本も動かせないのか、倒れたまま笑う。


「それで、偉大なる大王よ。お主まさか日本人か?なぜその姿のままここに?日本人の魂を持つ人間はジパングへ転生されるはずじゃが…」


「……?なんだって?どういう事??俺はこの世界にされてロキの言う通り戦えば日本人、日本に帰れるって…!」


ズンッ


「ガハッ 何が…!」


初めて聞いた話しに驚いている上村裕介アレキサンダーの背中に、不気味なオーラに纏われ装飾が施された槍が刺さる。

口から血を吐き、何が起こったのか辺りを見回す。


「お疲れ様。充分頑張ってくれたね。」


凄まじいプレッシャーと共に白髪で褐色の神がじゃらじゃらと宝飾を鳴らしながら現れる。


「ロキ…!神様…ごめん、敗けちゃったよ…。でも俺は日本に帰りたいんだ…。」


血を失いすぎて顔面蒼白の上村裕介アレキサンダーは震える手をロキに伸ばす。


「うーん、何を勘違いしたか知らないけど良く思い出して。僕は、としか言ってないよ。残念ながら元の日本には帰れないかな。それに結局敗けちゃったしね。」


悔しそうに手を握りしめ呻く上村裕介アレキサンダーにロキは面白そうに続ける。


「でも…龍王を封じてくれたし、勇者達の魔力も使わせた。だから槍でとどめを刺してあげたんだよ。日本人に戻れるよ!。」


パチパチと手を叩きながら話す言葉を、理解できない上村裕介アレキサンダーはロキを見上げる。


「そもそも、僕がさせなければ、多分日本人に戻って、ジパングに送られてたんだろうけどね。で。」


全てを理解し、ただ呆然とする上村裕介アレキサンダーをロキは大声で嗤う


「あははは!!面白かったよ!日本人に戻りたい日本人が、日本人を攻めるのを見るのは!」


刹那、向かって飛んできた斬撃を瞬間で移動しロキはかわした。


「危ないなぁ、何?別に嘘は言ってないでしょ。」


「黙れ。お主の話しは不愉快じゃ。」


宝飾をじゃらじゃらと鳴らし嗤う神を唾棄だきする。


アラタは上村裕介に向き直り優しく語りかけた。


「お主は立派じゃった。立派に生き抜いた。必ず日本人に戻れるじゃろう。こやつはわしが必ず倒す。今はただ心穏やかに見ておれ。」


「ありがとう…俺は、上村裕介…アレキサンダー大王じゃない、日本人の…上村裕介だよ…」


自分の想像を超えた世界から来た、神のような力をもつ勇者の労いの言葉に後を託し、もはや助からない命の上村裕介は静かに呟いた。

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