第34話 出発と北の英雄

「さて、行くとするかのう。」


半兵衛が指定した場所は街と北の関所の中間にある開けた平原。


そこでアラタが軍勢を抑えてる間に、半兵衛は北に回り込み敗残兵や信長以外の英雄を伴ってアレキサンダー軍の後ろから襲撃するという。


「ところで、信長殿以外に北にいるという英雄は誰かのう?」


「北には信長様に伴って、伊東一刀斎いとういっとうさい殿が行ってました。信長様、一刀斎殿も兵の気に紛れ生死は不明ですが、対個人としては最大の戦力。さらに万物何でも斬る事が出来る【剣鬼一刀けんきいっとう】というスキルをお持ちなので、難を逃れられていると確信しています。」


伊東一刀斎、江戸時代に隆盛した一刀流の祖。

その腕前は凄まじく、水が入った大瓶おおかめごと敵を切り伏せたり、扇子で試合に勝った、などの逸話が残っている。


「伊東一刀斎殿、確かに個人の武としては文句の付け所が無い英雄じゃの。信長殿が供回りとして連れていったのならば、大軍からの脱出も可能かもしれん。」


半兵衛の返答に納得し、街の北門へと歩を進める。


北門にはベルガや子供達、巴と弁慶の姿があった。


「勇者アラタよ!子供達はまかせよ!」

「頑張って!アラタのお兄ちゃん!」

「街の民、子供達は拙僧が命に替えても守ります!ご武運を。」

「後から私は半兵衛様と北にいく、合流するまで死んだら承知しないから!」


その声に応え、アラタは手を挙げた。


「皆、行ってくるからのう!」



伊東一刀斎いとういっとうさいは刀を見つめる。


隣にいる虫の息の男は、信長だという。


一刀斎の若い頃の大英雄。明智光秀にやられはしたが、天下に1番近かった男。


だが、そんなもの一刀斎には関係なく、ただひたすらに斬る者を求め北へと付き従った。


一刀斎は一刀斎で異国の大王の、不死の兵をなで斬りにし、門が破られれば逃げる。

その後、また斬る物を探せばいいと思っていた。


軍としての勝敗に興味は無く、ただひたすらに個の力を磨く。


一刀斎は前の人生で秀吉や家康など、大英雄と呼ばれる者達も見てきた。


大英雄とは、大軍に守られ物量で守られる。

自分自身には力が無い者。と思っていた。


だがこの信長や異国の大王は伊東一刀斎の目の前で斬りあってみせた。


死なすには惜しい。と思った時には信長の腹に刺さった槍を切り落とし、助けていた。



「死んだら死んだで仕方なかろう。」


助けはしたが忠誠心など無い一刀斎は、息の荒い信長を見てぽつりと呟く。


そんな事より一刀斎の興味を引く者があの場に居た。何故か誰も気付いて無かったが、一刀斎の剣技に驚く大王の後ろで、一連の流れをただ見ていた白髪で褐色の男。


ただならぬ気配を纏ったその男は、一刀斎の剣技を見ても、興味無さそうに欠伸をして消えていった。


神か物の怪か分からぬが、あのつまらなそうな顔が頭から消えぬ。


幼い時から磨き上げたこの力を、この世界に来て得たまさに天下無双のこの剣を、一顧だにしない存在。


次に会った時には、刮目させねば気が済まない。


既に助けた信長より白髪の男に興味を移した一刀斎は、刀に映る自分を見て、心に誓った。





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