第32話 決意

「北の関所が破られたみたい…」


息を切らし屋敷に駆け込んで挨拶もそこそこにそう言った巴に、アラタが問いかける。


「膠着状態では無かったのか?」


「アレキサンダーが大軍勢を率いて再度攻めてきたようね。伝令によると40万の軍勢らしく最初に比べるとおよそ10倍。略奪をしながら南下しているわ。」


「40万…かなり多いのう。それで、信長殿は?」


「アレキサンダー軍の兵士が集まり始めた時に伝令を送ってくれたみたいで、生死は分からないわ。ただ大軍勢相手だから…」


「絶望的じゃのう。」


ここ最近、アラタはジパングに来てはじめて訪れた平穏な日々を享受していた。


掃除が行き届いた屋敷。皆で食べる料理。


借り物の魔力を失ったベルガの、魔力訓練に付きあったり、たまに魔物を討伐したり穏やかながらも充足した日々。


「それで、役所は?何と言っておるんじゃ?」


「役所は抗戦するべきだ。と言ってるわ。」


仮に大人しく門戸を開けたとて相手の大軍勢に食べさせる糧食は無いはずで、戦って死ぬか、ゆるやかに死ぬかの選択しかない。


それに逃げた所でどこに行くというのか。


役所は戦う道を選んだ。


「正直、頼りすぎて申し訳無い気持ちもあるんだけどアラタにも私と一緒に戦って欲しくて。」


最近の平和な日々や、今の屋敷。ベルガや子供達が甲斐甲斐しく家事をする姿。

もはや仲間とも言うべき巴や弁慶。

危険な魔物を討伐すると、口々にお礼をいう街の者。

アラタの心は随分前から決まっていた。


「もちろんじゃ、どうなるかは分からんが、わしも精一杯頑張らさせてもらう。」


「ありがとう…アラタが来てくれるなら弁慶さんは変わりにこの家を守ってくれる手筈になってるわ。時間的な余裕も無いから、今から役所で作戦を立てるわ。アラタも一緒に来てくれる?」


「それはありがたいのう。ベルガよ、では行ってくる。弁慶と共に子供達を頼んだぞ。」


「任せよ!子供達は妾の命に替えても守るから、安心していけ!勇者アラタよ!」


まだ魔力が戻ってないベルガは、不安を隠すように元気に応じた。



喧騒に包まれた役所の中を進み案内されるままカウンターの奥の部屋に入る。


そこには丸いテーブルが置かれ、女性と見紛うかのような男が座っていた。


細く、だが聞き取りやすい落ち着いた声色で口を開く。


「お初にお目にかかります。小佐々新こざさあらた殿。所長をしています竹中半兵衛たけなかはんべえと申します。」


「ふむ、天才軍師の英雄、竹中半兵衛殿か。なるほどのう。為政者がいないこの街が、そこまで荒れてはいないのも納得じゃな。」


竹中半兵衛。自分を侮った主君らの、稲葉山城という城を寡兵で乗っ取ったり、あの太閤豊臣秀吉たいこうとよとみひでよしが三顧の礼を用いて登用したとされる『今孔明』と呼ばれる軍師である。


天才軍師と呼ばれた男は申し訳なさそうに肩をすぼめ返事した。


「いえ、私の不徳の致すところで孤児院の件など、小佐々殿には大変ご迷惑をかけました。あれ以降、花街などにも目を光らせております。ご容赦ください。」


「構わぬよ、あの件は古き友人に関係があったからの。勝手にした事じゃて。それに報奨金も貰ったしの。」


「ありがとうございます。今は火急にて、また後ほど改めてお礼を述べさせて頂きたい。それでくだんのアレキサンダー軍なのですが、今も進軍中。早ければ4日程でこの街で寄せてきます。」


「ふむ、それで作戦はあるのか?」


問いかけたアラタに半兵衛は首を振る


「まず考えられる策の一つは、この街での籠城かと。幸い信長様がアレキサンダー軍の兵数を見た後、伝令を出してくれたので、北の関所からここまでの民は1歩早く避難しております。 アレキサンダー軍もほとんどが歩兵の為、避難自体は滞りなく可能でしょう。ですが籠城するには城壁が心許なく、40万の軍勢を跳ね除ける力は無いかと。」


まずは民が無事に逃げおおせそうで一安心するアラタに、半兵衛は続ける。


「次に、南の新狼帝国に庇護を求める。これは下策です。場合によってはアレキサンダー軍に侵略されるより、酷い事となるでしょう。」


「まさに『前門の虎後門の狼』じゃな。」


唸るアラタに半兵衛は3つ目の策を提案する。


「最期に、奇襲。少数で本陣を目指す物ですが通常ではこの圧倒的戦力差だと効果は薄いかと。」


「となると、結局全て厳しいって事じゃない…」


堪らず口を挟んだ巴に半兵衛は頷く。


「そうです。古今東西、寡兵で大軍勢を破った話しはありますが、相手が油断していたか、無能な指揮官相手の場合が多いのです。」


「今回はあのアレキサンダー大王。それは期待できんのう。」


音に聞こえたアレキサンダー大王は半兵衛を越える戦略を生み出し寡兵で軍勢を破り、さらに自らの武力で領土を広げていった、まさに大王なのである。


「他に方法は無いのか?」


問うアラタに覚悟を決めたのか半兵衛が口を開く。


「まさに小佐々殿に来て頂いた理由です。南の関所や地下遺跡の話しは、巴殿にお聞きしております。なれば貴方の武力を持って北に行く途中にある平原で、アレキサンダー軍を抑えて頂きたい。その間に回り込み、北の敗残兵を集め、後ろから私が加勢します。個人の武力に頼る、下策中の下策の提案をお許しください。」


「そんなの!!アラタに死ねって事じゃない!相手は40万なのよ!」


半兵衛の話しを聞いていた巴が珍しく感情的になり叫ぶ。


アラタは巴を手で制しながら言った。


「北で敗残兵や英雄をまとめられる確証があるのかの?」


「私のスキル、【神算鬼術しんさんきじゅつ】…策を生み、その策に生かせる兵の生死を確認できる能力ですが、朧気ながら散らばった気を感じております。」


ふむ…と顎先に手をあて、アラタは応えた。


「それで行こう。呼べる仲間もおるからのう、1番確実な気がするのう。」


「そうか、リーズさんもいるしそれならどうにかなるかもしれないわね。」


ホッと一安心する巴。だがアラタは何事か思案している。


「どうしたの?」


「通常の兵士であれば、数が多くともリーズがいれば問題ないじゃろう。だが今回のタイミングといい、確実にロキが裏におるじゃろうからな。」










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