第20話 八又大蛇


目の前で、義経様が笑っている。


「弁慶は俺が好きだなぁ。」


いつも笑いながら言われる言葉。


「義経様は兄上の頼朝様と共に源氏の頭領となられるお方。ですがそれ以前に弁慶は義経様の人柄が大好きなのです。」


幾度となく返した同じセリフ。


ああ、夢か…いつも見る昔の希望に満ち溢れていた時の夢。


頼朝が手柄を立て続けた実弟の義経様に嫉妬し、自らの地位を脅かされると思い込み、

浅慮せんりょにも少数の我々に、軍を挙兵。

絶望と怒りの中、北へと逃れる前の思い出。


いつも夢の中で夢と気付き、微笑む義経様に拙僧は毎度、同じ約束する。


「お任せ下さい義経様、貴方様を護り、宝剣を手に入れ、必ず頼朝の首を落としますゆえ。」


それで義経様はいつも悲しそうに微笑み、そこで目が覚めるのだ。



だがいつもはここで終わるはずの夢は終わらず、

義経様はいつもの表情と違う、慈愛に満ちた微笑みで語りかけてきた。


「もうよい。弁慶。兄上も事情がおありになったのだろう。それにお前は最後まで私を護ってくれた。その身体を矢で針鼠はりねずみのようにしながらな。」


驚き言葉が出ない。全てを分かっているような表情で義経様は続ける。


「弁慶よ。いつか会うその時まで、私を護ったように他の者を護れ。民を護れ。私の輪廻りんねが終わったその時にはお前に会いに行く。」


弁慶は自分自身が見せた、都合の良い夢かもしれない と思いながらも、

昔のような優しさに溢れた命令に、感涙かんるいした。


「はっ、いつかまた相見えるまで義経様のご命令をこの弁慶、心に刻み守らせて頂きます。」



「おっ、気付いたのう。大丈夫か?」


目を覚ますと目の前に、元服前の義経様を思わせる あどけない少年がいた。


辺りを見回すと、少し離れて獅子の顔を持つ武士もののふと何か懐かしい面影を持つ少女がいる。


「正気に戻ったようだの、弁慶殿。わしはアラタと言う。目が覚めたばかりの所申し訳ないが、もう一戦できるかのう。」


アラタと名乗った少年の投げかけに、弁慶の頭の中に疑問符が浮かぶ。


スキル使用【高度防壁こうどぼうへき


少年が術を唱えると弁慶の周りを円形の膜が覆う。


その瞬間、溶岩の中から燃え盛る炎が踊りながら襲ってきた。


弁慶のみならず、全員に展開されていた膜が炎を弾き、全てを守ると 少女が声をあげた


「なに…あれ…?」


少女が示した方向の、溶岩の海から複数の龍の頭が見える。

先程の炎はあの龍が吐いたのだ。


紫の硬い鱗に覆われた胴体が、のそり と溶岩から這い出してくる。


よく見ると複数の頭は全て同じ胴体から生えていた。


胴体と同じように紫の鱗に覆われた顔と首をくねらせ、炎を吐きながらこちらを見据えている。


「ふうむ、まさかあれは八又大蛇ヤマタノオロチか?」


アラタがつぶやき、その神話に出てくる怪物を知っている、弁慶は驚愕した。


「嘘でしょ、八又大蛇ヤマタノオロチなんて神様みたいなもんじゃない!!」


向こうにいる少女も知っていたらしい、顔が青ざめている。


「陛下!!どうする?剣が効く気がしないが俺がいくか?」


獅子頭の武士もののふが叫ぶ。


正気を取り戻し、状況を把握した弁慶は立ち上がり、頭を二度三度と振るとアラタ達に大声で叫んだ。


「すまない!!アラタ殿に獅子頭の武士もののふ、少女よ!拙僧のせいで神話の化け物の住処まで来てしまったらしい!! ここはこの弁慶に任せて逃げてくれい!!」


最前列に踊り出た弁慶は両手を広げ仁王立ちした。

不思議な場所で目が覚めた時に手に入れたらしい技【守護往生しゅごおうじょう】なら、身を焼かれながらも周りの溶岩の海に、あの邪龍と一緒に沈む事ができるはず。

義経様との約束はこの3人分しか守れぬが、義経様なら許してくれるだろう。


「さあ!かかってこい!神話の怪物よ!この弁慶とどちらが死なぬか勝負だ!!」


決死の覚悟を決めた弁慶の後ろから、


気の抜けた声が響く。


「いらん、いらん。 こんな所で誰かを犠牲にするつもりはない。丁度いい、また呼ぶ約束していたのにレオルを呼んだから、拗ねる前にどこかで呼んでやろうと思ってた所じゃよ。」


何事も無いかのように落ち着いた少年が手をかざし、唱える。



異界召喚いかいしょうかん




目を開けられない程の眩い光が一面を照らす

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