第5話 アラタの戦略

慌ただしい役所の中で巴は立ちすくむ。


董卓とうたく…。確か三国志の梟雄きょうゆう

幼い帝を擁立し、権勢を欲しいままにした男。それを良しとしない他の英雄達に反董卓連合を組まれ、最後は養子に斬られたという。


それにしても華国には今までまともな英雄はいなかったはずだ。

あの国は人数こそ多いが、この世界では人を死滅させるような兵器の材料が無いため強気には出れず、さらにこの世界では何故か言語の壁が無いため、ジパングと華国は近い人種としてきわめて友好的に国交を行っていたはず。


それに人数がいても将がいなければ進軍は出来ず、仮に英雄が出現しても民が多い分、他国に攻める判断をするまでに必ず時間がかかるはずと思われていた。


あの国も政治家、いわゆる統治者は少なくない数いたはずだ。

その為、信長様は北へ英雄や戦力のほとんどを投入している。


北からこの街に戻るだけでも5日はかかるはず。

更にいえばアレキサンダーの軍勢に立ち向かう兵士を減らせば、その分押し込まれ北の境界線も変わり、境界線近くの村は蹂躙されるだろう。

南も関所から報告が来ると言う事は馬を乗り継いでも2日は経っている。最早時間の猶予は無い。

もしかしたらすでに破られている可能性もある。

考えがまとまらないが、この街は英雄や一般人が送られてくる聖天堂がある。

どうにかこの街は守らなくては。


巴は目まぐるしく考え、決断する。


「苦しい決断だけど、戦える者達でここで迎え討とう。伝令を出し信長様へ救援要請を。同時に戦闘が出来ない者は北上し、信長様の庇護下へ。南の関所からここまでの村へは退避命令を急いで。関所を守る英雄は防御スキルを持っているけど大軍勢相手にいつまで持つかは分からないから。」


会った時の幼いイメージとは違う、少女の絞り出したかのような声で出す毅然とした指示に、役所の中は静まり返る。皆、心の中で戦力差が分かっているのだ。


アラタは驚いていた。巴の冷静で的確な指示を。

人の上に立つ人間は時として被害を抑える為に冷酷な判断も必要だ。少なくともこの小さな美しい少女は関所を守る兵士や英雄、近くの村などは切り捨てる判断をしたのだ。

聖天堂という要所を任されると言う事はこのお嬢ちゃんも、何かの英雄なのかもしれんな。


関心しながらアラタは口を挟む


「ちょっとすまんがの、ここから南の関所までどれぐらいでいけるんじゃ?」


「ここから、馬を乗り継いで2日ほどだよ。」


アラタの質問に巴は答える


「ふむ、ならば関所にいる英雄のスキルが破られたら、避難民の足では新狼帝国とやらの軍勢から逃げる事は出来んかも知れんのう。」


そんな事は理解している、とも言いたげな目線で巴はアラタを涙ぐみながら睨む


「おっと、意地悪な物言いになってしまったのう。言いたい事はこうじゃ。少ない援軍を出しても今の状況じゃ被害が増え、この街で籠城ろうじょうする戦力も減る愚策 というのは理解しておる。

そこで、英雄として転生されたわしに任せてみんか? この世界でわしのスキルが通用するかは分からんが、試してみる価値はあるじゃろ?」


巴は、ハッとした顔でアラタを見つめる


「アラタは見るからに弱そうだから戦闘用スキルじゃないと思ってた!戦闘用スキルを得たのね?」


目の前にいる英雄アラタは、青年とは言い難くまだ可愛さも残る少年なのである


「弱そうとは傷つくのう。これでもあと十数年すれば筋骨隆々になるはずじゃよ。それで、正直言うと新しく手に入れたスキルは戦闘用かは分からんのじゃが…まあ当たって砕けても無くす命はじじいの命ぐらいのもんじゃからな。」


どう見ても少年にしか見えない英雄の発言に巴以外の役所の皆はいぶかしげな表情をしている。


「ややこしい冗談言わないで、そうと決まれば行こう」


「なんと、お嬢ちゃんも行く気かね。これはますます頑張らんといかんのう。」


「防衛の指示を出したら最初から行くつもりだったよ。戦闘系スキルじゃないけど治療できるスキルがあるから1人でも多く逃がさないと…」


この少女は非情な命令を出しながらも自分は南の民とともに死ぬ気だったのかと、アラタは関心する。指導者としては正解では無いかもしれないがアラタは非常に好ましく思った。


異世界の仲間達を思い出しながら目を細める。


「それでどれぐらいの兵を連れていく?救援が来るまでのここの防衛を考えるとそんなに連れていけないよ。」


巴の言葉にアラタは笑いながら口を開く


「さっき言ったじゃろ?じじいの命ひとつと。行くのはわしだけじゃよ。お嬢ちゃんも着いて来てもいいが、治療と誘導に専念する事。約束じゃ。」


役所の中にいる人達は信じられないと口をあけている。

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