第3話 終末機構はぶつけたかった

 翌日。

 俺はソリアといつも戦ってきた戦場にいた。

 今日、ここは決戦の地となる。

 なって見せる。

 思えば、ここは本当に何もないところだ。

 枯れ果てた大地に、そこから生えている僅かな雑草。そして、待ち受ける戦いの緊張を促進させてきた冷たい風。

 それ以外は何もない。

 人も、建物も。

 おそらくソリアは、あえてこの場所を戦場にしてきたのだろう。

 誰も死なせないために。

 やっぱりあいつは優しい奴だ。

 だから負けられない。

 あいつを決して、人殺しになんてさせない。

 世界を滅ぼさせはしない。

 あいつをこんな宿命を背負わせた神様を倒して、あいつを解放する。

 そして、一緒に生きる。

 幸せにする。

 俺は、ふと気配を感じて眼前を見る。

 そこにいるのは、生きとし生けるものを呪い殺すような殺意を感じるオーラを纏った、金髪の少女がいた。

 相変わらず、ソリアは美しい。

 だが、その美しさを打ち消してきたオーラがいつもよりも色濃く感じられて、一瞬彼女の姿が見えなくなりそうになった。

 おかしい。

 いつもよりも、何かが強く感じる……。


「……ソリア?」


 俺は、名前を呼びかける。

 ――すると。


「――私は」


 俺の目と鼻の先で、目を刃のように鋭く尖らせたソリアが一瞬にして姿を現した。


「ソリアじゃない」


 勝負は一瞬だった。

 いや、勝負にすらならなかった。

 俺はとっさに剣を取り出したが、間に合わず、ソリアによって俺の剣は弾かれ、遠くへ飛ばされていった。俺はその衝撃に倒れ込み、ソリアの剣に喉を突き立てられる。


「私は”ラグナロク”。それ以外の名前は――ない」


 そう語るソリアは感情を失っているみたいだった。

 彼女の表情も、仮面のような真顔をさらしている。

 違うだろ……。

 本当のお前はもっと感情的だっただろ?

 俺にからかわれるたび、いつも怒っていたろ?

 そんな仮面みたいな顔をして。

 どうしちまったんだよ……?


「……ソリア……」

「自分が私に近い場所にいると思った?」


 ソリアの口調に殺意が籠る。


「私があなたに心動かされてると、そう思った? とんだお門違いね。私は。私があなたに触発されることはありえない。だから殺す。そして世界を滅ぼす。それが私の意思。神に操られている訳じゃない私の信念」


 ––––そうか。

 ソリアは本気だ。

 吹っ切れたと言ってもいい。

 俺を殺してこの一年に終止符を打つつもりだ。

 彼女も、並大抵の覚悟で今日の戦いに臨んだ訳ではないということか。

 まさかな。

 今日を決戦の日と決めた俺と、同じ心構えで挑んでくるとは。

 でも。

 俺も、半端な覚悟で今日を待った訳じゃない。


「殺したきゃ殺せよ」


 だって俺は信じているから。


「お前が本当にしたければな」

「……な……!」


 ソリアの真顔が崩れた。


「何言ってるの!? こんな状況でまだ気を張るつもり!? 私は本気よ! 本気であなたを殺す。殺さなければならないのに……! どうしてあなたはいつも私を惑わせるの……。私の事、何も知らないくせに……」


 ソリアの顔が徐々に悲しみに満ちてゆく。 

 そうだ。

 俺はソリアの悲しみを知らない。

 あえて聞かなかった。

 聞けばソリアが傷つくことを知っていたから。

 何より、俺自身がソリアを傷つけてしまうことを恐れていたから。

 こればっかりは、俺の弱さだ。

 でも今は違う。


「聞かせてくれ」


 今こそ、ソリアの心に触れる。 

 とっくに迷いは捨て去った。


「お前はどうして、世界を滅ぼそうとしたんだ」


 ソリアの目に戸惑いが浮かぶ。


「……聞きたいの?」


「ずっと聞きたかった。でも聞けなかった。お前が傷ついてしまうと思うと口を動かせなかった。だから、結婚しろとか、俺のそばにいろとか、気持ちをぶつけることしかできなかった。でも、今は違う。俺は今日、お前と決着をつけに来た。単に気持ちをぶつけるだけじゃなく、本当の意味でお前と触れ合いたいんだ」


「……」


 ソリアはしばらくの間沈黙した後。

 呆れたような、観念したかのようなため息をし、剣をおろした。


「……ずっと、私の事思ってくれてたんだ」


 ソリアは剣を腰の鞘にしまい、寝転がった俺の隣に座った。


「――家族を殺された」



「……え」


「ただそれだけよ。世界を滅ぼしたいと思ったのは」

 そう語るソリアは、遠い空の向こう側を見ているようだった。


「よくある話よ。家に強盗が入ってきて父さんと母さんが殺された。ニュースで軽く取り上げられる程度の事件よ。情けないわよね。家族を殺されたからって世界に八つ当たりするなんて」


 自分を皮肉るようにソリアは悲しみの笑みを浮かべた。


「……それでも、お前にとっては世界を憎んでしまうほどに悲惨な出来事だったんだろ?」


 ソリアは体育座りの体制で、顔を膝にうずめた。


「……うん。その日は、私の十七の誕生日だった。何も知らない私は学校から家に帰る途中で、とても――楽しみにしていた。父さんと母さんが家にいて、私を祝ってくれるって、当たり前のように思っていた。――でも、それが一瞬で壊れた。警察や救急車が家の前にいて、その後、両親が殺されたことがわかった。そして、私は自分を見失った」


 彼女の声が、徐々にくぐもってゆく。


「最初はいけないと、分かってた。でも、自分の醜い気持ちが、だんだん大きくなっていった。親と一緒に楽しそうに歩く子供を見るたび、壊したい自分が、抑えきれなくなる――。怖かった。でも憎かった……! 憎くて憎くて仕方がなかった……! そしていつしか人間だけじゃなく、世界を恨んでしまった……! だから私は、神と契約して、全て滅ぼしてやると思った……! 最低よ! 私は……。本当は世界じゃなく、私自身が死ねばよかったのに……!」


 それがソリアの思い。

 彼女が数年間、ずっと一人で抱えていた激情だった。


「——わかった」


 なら。

 俺にできることは――。


「誕生日」


「――え?」


「もしお前がまた誕生日を迎えたら、俺が祝ってやるよ。もちろん家族の代わりじゃない。俺が、お前の誕生日を祝いたいからそうするんだ」


 そう。

 ソリアの家族の代わりなんていやしない。

 もう、どこにもいない。

 けれど。


「人が憎いなら憎めばいい。世界を滅ぼしたいと思ったらそう思えばいい。でも一人で抱え込むな。全部俺にぶつけろ。今までの戦いのように」


「――!」


 俺は立ち上がりソリアに手を伸ばす。


「全部受け止めてやる。お前の醜い気持ちも全部」


 そうだ。

 ソリアはただ誰かにぶつけたかっただけなんだ。

 その対象が世界や俺だっただけ。

 だったら。

 相手が求めているのなら、受け入れるのが男だ。


「――なんだ

 あなたは最初から、私の心を受け止めていたんだ」


 ふと。 

 花のような香りがした。


「……ごめんなさい……」


 気が付けばソリアは俺を抱きしめていた。

 涙を流しながら。


「ごめんなさい……! あなたの思いに気づいてやれなくて……! あなたは私を助けようとしてくれたのに……!」


「いいんだよ」


 もう大丈夫。

 彼女は、”ラグナロク”じゃない。

 ただの人間、ソリアだ。


「……シン」


 ソリアは涙を流しながら、俺に笑みを浮かべた。


「——私は」



「愚か者が。終末機構が何をしている」



 その時。

 黒かった空がより漆黒に染まった。

 耳をちぎるかの如く獰猛な声。

 その声の持ち主が、禍々しい気と共に天から現れた。

 その者の名はオーディン。

 ソリアを終末機構に変えた、神の名だ。

















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