第2話 契約
アンダーターと名乗り、鏡の世界ミラーワールドで行われるゲームの主催をしているという男の誘導により、京狐は異質な姿に変身し、ミラーワールドに入り込み、ゲームを体験することになった。
「ここが、ミラーワールド。」
鏡を抜けた先は、パッと見先程までいた地下通路と何ら変わらない様な気がした。
辺りを見渡すが、アンダーターも、あの男も怪物もいなかった。
ここで京狐は、ある違和感に気づく。
「意注、し出び飛?」
それは壁にはられた注意書き。しかし、文字が左右反転していたのだ。まるで鏡に映ったかのように。
京狐は地下通路から外に出た。
やはりだ。コンビニの看板、選挙ポスター。文字だけでは無い。分かりにくいが、信号機、車、家やビル、世界の全てが左右反転していたのだ。
さらに奇妙なことに、人、生物のいる気配が全く無いのだ。
まさに鏡の世界。京狐は本当に異世界に来てしまったようだった。
突然、大きな音と共に何かが京狐の近くの壁に吹っ飛んできた。確認すると、あの怪物だった。
「レベル差がありすぎる、くそっ!!」
怪物が飛んできた方向から、煙からあの黒いスーツと緑のアーマーの謎の男が、槍の様な武器を持って歩いてきた。
「お前、まさかさっきの。」
緑の男が京狐に気づいた。すると、怪物が壁から起き上がってきた。
すかさず、緑の男は怪物に目を向け、ベルトにささったデッキから1枚のカードを引き抜いた。持っていた武器の柄の部分のカバーらしき部分をスライドさせ、そこにカードを差し込み、カバーを戻した。
『ソードベント。』
電子音声の様なものが、男の持っていた武器からしたと思ったら、武器の刀身が剣の様な形から騎士が持つランスの様な形状へと変化した。
ランスは電気を帯びているようで、ピリピリと音を立てていた。
その一連の男の所作を見ていた京狐は、自分の左手から左腕に小手の様な装置が装備されているのに気が付いた。
その装置にはレバーがついており、それを引くと、小手が真ん中で左右に展開し、カードを一枚差し込めそうな部分が小手内部から出てきた。
「なるほど、カードはそうやって使うのか。」
初心者らしく発見に富む京狐が眼中に無い緑の戦士の男は、持っているランスを怪物に向けてかまえた。
かなり低い姿勢をとり力を溜めて、一瞬で怪物との距離を詰めランスで突き刺そうとした、しかし、それよりも速いスピードで怪物は避けた。
それを逃さず男はランスで怪物を叩く。怪物は爪でそれを防ぐが、電撃でしびれ僅かに怯む。そこに男は蹴りを一発入れた。
怪物は大きくジャンプし、また男と距離をとる。思わず、京狐に近づく。
「相変わらずしびれるぜ。いちモンスターだぜ?手加減しろよユニティ。」
怪物がそう言った。ユニティ?あの男のことか?
「だまれ。いちモンスター。ただのモンスター。いずれ狩られる運命だ。」
男は再びランスを構える。怪物も臨戦態勢をとった。両者睨み合う。
その時だった。
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
京狐がとてもシンプルな剣を大きく振りかぶり、怪物に突っ込んでいった。
一瞬、そのあまりにも無謀な行動に男と怪物の思考が止まる。京狐も男と同様にデッキの中のカードを使ってみた。すると、どこからともなくこの剣が降ってきたのだ。
しかし当然、京狐の攻撃は怪物にかわされ、逆に京狐は怪物のキックを食らってしまう。 咄嗟に剣で防ぐが、衝撃で剣が折れてしまい、京狐は男の方へ転がっていった。
「ああぁ!折れたぁ!!」
男は京狐のスーツの襟部分をつかみ、無理矢理立たせた。
「何をしている!!邪魔をするな!!」
「でも、そんなに痛くない。スーツのおかげか?」
「おい、聞け!お前はまだ契約していない。まだ間に合う。早くここから出ていけ!」
「契約?なんだそれ?」
「お前が知る必要は無い。」
「なぁ、この世界がなんなのか教えてくれよ。俺はケイゴ。ジャーナリスト志望の専門学生だ。君は?」
「お前なぁ。そんなこと、ベラベラ話すな。てかさっさと、」
男がそう言いかけた時だった。いつの間にかあの怪物が、京狐と男の真後ろに来ていた。
「獣を前に、狩人がよそ見かぁ?」
「あ?!」「やばっ!!」
怪物は両対の爪で二人を切り裂いた。金属と金属とがぶつかり合う際に出る火花を散らして、京狐と男は倒れた。
「くぅ、これは痛い、。」
京狐はまともに攻撃を食らい、再起し難かったが、男は受け身をとり再度立ち上がった。
「わかったか。これは遊びじゃない。わかったら、もう何もせず、全て忘れろ。じゃないと、死ぬぞ。」
仮面で表情は見えないが、冷たい視線が京狐に注がれた。緊張感が辺りに広がる。男は再びランスを構えなおし、怪物との戦闘を再開した。
これはただのゲームじゃない。命に手のかかった危険なことであると理解し、恐怖を感じ、一目散にこの奇妙な世界から逃げる。というのが一般的な反応だと思われる。
だが、独間 京狐は違った。戦場カメラマンとして数々の戦地に立ち向かった父親からの遺伝だろうか。出ていけ、逃げろ、去れと言われて、もっと深く調べたくなるのが独間 京狐という人間だった。
京狐は怯む体を奮い立たせ、ベルトにささったカードデッキに手を伸ばした。なにか効果的な力を持つカードが引けないかという考えもあったが、京狐はさきほどの男の発言が気になっていた。
「、、、お前はまだ契約していない。、、」
契約とは何なのか。そういえば、ミラーワールドに来る前、初めにデッキを手にしたとき引き抜いたカードは「contract(契約)」と書いてあった。何か関係があるのか、そんなことを微かに考えながら、京狐はカードを引いた。
「あっ、これは!」
京狐が引いたカードは、京狐の思いをくみ取ったかのように、あの「contract」のカードだった。
先程の剣のカードよりは、いまいち効果がわからないが、自分もあの男と同等の立場になり、このゲームの真相に近づける気がした。
男と怪物の戦闘が激化する中、京狐は手に入れたカードを左腕部の小手型の召喚機に刺し入れた。
『コントラクト。』
電子音声が召喚機から響く。さっきまでバチバチに戦いあっていた怪物と男の動きが止まり、視線を京狐に向けた。
「はぁあ!!??」
「コントラクト!?今そう言ったのか??!!」
なにかとんでもないことを京狐がやらかしてしまったらしい。京狐の周辺が光りだす。京狐は不安になって男に問いかける。
「おーい。コントラクトって何なんだー??なんかヤバいのか??」
「ヤバいなんてもんじゃない!そのカードは使用者から1番近くにいる野生モンスターと契約させられる!なんてことしたんだ!!」
男が声を荒らげてそう言う。京狐は事の重大さに気づき始めた。
「1番近くにいるモンスターって、、。」
今度は男と京狐の視線が、同じ一点へと向けられる。
「あっ、俺か。」
怪物が京狐の方へ引き寄せられ、1体と1人は眩い光に包まれる。
光に目が慣れると、京狐と怪物は、普通の世界でも鏡の世界でもない、無限に広がる鏡が折り重なった様な謎の世界にいることに気がついた。
「え?ここは?って、うわぁあっ!!」
京狐と怪物の2人きり、奇妙な状況だった。
「あ〜くそっ。油断した。やってくれたな、てめぇ。安心しろ。取って食ったりしねぇよ。」
「な、なんなんだよ契約って?!てか、お前も、この世界も、このゲームも、具体的な説明が欲しい!」
「おいおい、質問攻めかよ。まずは契約だ。ブランクプレイヤー、体験者は、ミラーモンスターどれか1体と契約を結ぶことで、正式な新規プレイヤーとしてこのバトルに参加できる。
契約することで、プレイヤーは武器や防具など、モンスターの力を使うことが出来る。」
わかったか?と言う合図を怪物がした。先程までの凶暴な振る舞いからは考えられないくらい丁寧な説明だった。
「いいか?正式にプレイヤーとしてゲームに参加したからには、お前はもう後戻り出来ねぇんだ。」
京狐の頭にハテナが浮かぶ。途中退会はできないことの忠告、以外の意味があるように感じたからだ。
「俺の名は、エンブースター。エンブって呼んでくれ。よろしくな。」
「あっ、俺は、ケイゴ、独間 ケイゴ。」
怪物、改めエンブースターは光となり、京狐のベルトにささったカードデッキに入っていった。
すると、今さっきまで四隅の装飾以外無地であったカードデッキに、キツネの様な紋章が浮かび上がった。
スーツは段々と、薄青色からエンブースターと同様な鮮やかなオレンジ色に変わり、アーマーは、鈍い黄土色から照り輝く日光の様な黄色へと変わった。
物を反射するスノードームの様な空間に消えた京狐を、プレイヤー「ユニティ」の名を冠す男、角木 優馬(すみき ゆうま)は落ち着かない様子で待ちかねていた。
その時だった。スノードームは砕け散り、中から新規プレイヤーとして変身を遂げた京狐が現れた。
とあるアナウンスが、ミラーワールド中に響き渡る。アンダーターの声だ。
『新規プレイヤーの参加を報告!新規プレイヤーの参加を報告!!プレイヤーの名は、、、。』
ミラーワールドのどこかで、誰かが、また誰かが振り返り、アナウンスに耳を傾けた。
『プレイヤーの名は、エンブレム!!』
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