エンブレム -A peace of mirror-

@yurakun

第1話 招待状

「まぁ君がそうしたいならいいよ。でも、あまり契約者に肩入れして、本来の仕事を忘れないようにね。


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リュックサックを背負い、手に持つ旧型のボイスレコーダーは父が使っていた物だ。都内の専門学校に通うジャーナリスト志望の独間 京狐(ひとりま けいご)は、学期末課題のレポートの題材として、現在巷で話題の行方不明事件の調査に出回っていた。

「そうです。その山下さんのことについてお聞きしたいんです。」

普通、こんな昼時に訪ねてこられたら尊大な態度をとりがちだが、そこは京狐の人あたりの良さのおかげだろう。

「山下さんね。礼儀正しい人だったんよ。いつも同じ道で帰ってきてて、よく挨拶してくれてたのよ。いったいどこ行っちゃったんだろうね。」

山下が住むマンションの管理人の女性は答えた。山下は真面目なサラリーマンという印象だ。

「山下さんがいつも通る道ってどこかわかりますか?」

少し世間話をして、女性が指さした方向にある道路下の地下通路へ京狐は向かった。

「ここなら誰にも見られず人を拐えそうだ。しかも、やっぱり、ここにも鏡。」

山下の失踪は事件であると睨む京狐は、頻出する行方不明者が最後に目撃された場所や、生活圏内に必ず「鏡」があることに共通性を感じていた。と言うより、それ以外に被害者の年齢や性別、身分などに一切の共通点がなかったのだ。

記録用に何枚か地下通路の写真を色々なアングルから撮る。最後に鏡周辺の写真を撮ろうとした時だった。鏡の前に何か落ちていることに気づいた。

「なんだこれ、こんなんさっきあったか?これは、名刺入れ?」

オレンジ色で四隅に独特な装飾が施されたスマートホン程の大きさのそれは、中に数枚のカードが入っていた。一枚引き抜いて見るが、そのカードには名前や連絡先などは記載されておらず、英語で「contract(契約)」とだけ書いてあった。

カードゲームか何かかと思い、一応記録用の写真を撮ろうとしたその時、鏡に自分以外の何かが映っていることに気がついた。京狐は驚いて振り返るが、そこには何もいない。

「また弱そうなやつが引っかかりやがったなぁ。こいつじゃハンツどころか並のモンスターも難しそうだ。仕方ねぇ、次だ次。」

人語を話すその何かは、明らかに人間ではなかった。ウサギやキツネのような長い耳のようなものが生えた頭部、オレンジ色の鎧のような体、鋭いダガーのような爪。生物とも機械とも言い難いその何かを見て、人知を超えた存在に京狐は恐怖を覚えたが、同時にジャーナリストとしてその状況に一種の興奮も覚えていた。すぐさまスマホでその姿を撮ろうとしたが。

「おい、てめぇ誰が撮っていいっつった。一応俺らは存在は伏せられてんだ。」

そう言ってその何かは、まるで水面へ浮上するように、鏡をすり抜けこちら側に出てきてしまった。すかさず京狐のスマホを鋭い爪で突き刺し使い物にならなくしてしまった。

「ちょうど腹が減ってたんだ。てめぇ、おれのランチにしてやろうかぁ。」

そんな恐ろしいことを聞いた京狐は、腰が抜けてしまった。一連の事件の犯人はこの未確認物体であろうかなどと考えるが、自分がこれから殺されると悟り全てが無駄だと考えるのを辞めた。

鋭い爪が、今度は京狐へ振り上がる。京狐は最後までその怪物を見つめることしか出来なかった。

死を目前にしたその時だった。謎の男が通路の奥から走ってきて、怪物に飛び蹴りを食らわせた。

怪物は怯みつつも爪を立て謎の男に飛びかかる。それに対して謎の男は怪物の首にカウンターで回し蹴りを食らわせ、そのまま鏡の中に、ボールをゴールに入れるように、怪物を蹴り入れた。どうやら謎の男はこういった戦闘に慣れているようだ。

限りなく黒に近い緑色のライダースジャケットを着た、あまり京狐と歳が離れていないと思われるが、割と整った顔立ちでクールな男だった。

「君は、君は誰だ。あ、あいつは何なんだ?」

謎の男は一瞬京狐を見るが、それどころではないのかスルーし、ジャケットの左ポケットから鮮やかな緑色の、先程京狐が拾った物と同型の何かを取り出した。京狐が拾った物とは少し異なり、稲妻のような四隅の装飾を結ぶ対角線の中心に、角の生えた馬、一角獣の紋章が見受けられた。

男はそれを、爪を持つ怪物が出入りした鏡に、左手で勢いよくかざした。すると、男の腰に何かの装置のような銀色のベルトが浮き出て巻かれた。

信じられないことが立て続きに起きる。さらに男は右の人差し指と中指をまっすぐ斜めに掲げ、こう叫んだ。

「変身!!」

左手で持っていた緑のカードケースを、腰に巻かれたベルト正面のバックル部分のスリッドに差し入れた。

 ベルトが眩い光を放ったと思ったら、男の体が黒のスーツに覆われ、緑色のアーマーが装備され、一瞬で男はスーパーヒーローのような姿に変わった。だがそこに作り物感は全くなく、西洋甲冑や特殊部隊の防御服のような硬質な感じがする姿であった。

その緑色の戦士は鏡の中に潜っていった。あの怪物と同じ力を持っているらしい。京狐は恐る恐る、何かと男が入っていった鏡を覗いた。とても奇妙なことに、1人と1体は「鏡の中」で戦っているようだった。

「あなたも変身できるのですよ。その権利がある。」

鏡に釘付けになっていた京狐の耳元に突然そう囁かれた。京狐はまた驚いて後ずさりする。そこにはまた見知らぬ謎の男がいつの間にか立っていて、セールスマンの様な笑みを浮かべこちらを見ていた。男は続ける。

「あなたの手にしたそのカードデッキ。それは本ゲームへの招待状です。」

「ゲーム?」

「はい。これは、鏡の世界、ミラーワールドに住み人間を主食とする魔物、ミラーモンスターの魔の手から、人類を守る、ゲームなのです。」

「あ、あの、あなたは何者なんですか?鏡に入ってったあの人は?」

高級そうなスーツに身を包んだ男は答えた。

「申し遅れました。私は本ゲームのオーガナイザーを務めます、アンダーターと申します。ただ今戦闘中のお方はゲームのプレイヤーで、同じくモンスターから人類を守ってくださっています。」

男の話だと、さっきの爪を持つ怪物は「ミラーモンスター」と言うらしく「ミラーワールド」なるものが存在するらしい。一連の現状を説明されたようだが、やはり信じ難い。そんな漫画や映画の様な話が本当にあるのか。混乱する京狐にアンダーターは歩み寄る。

「ミラーモンスターはあれのみではありません。ミラーワールドには大量のモンスターが生息し、鏡越しに多くの人間を狩るのです。人知れず多くの命が奴らに奪われました。」

アンダーターは京狐がデッキを持つ手を握り続けた。

「どうか、ゲームに参加して、モンスターと戦っていただけないでしょうか。そのデッキを手にした、あなたにしかできないことなのです。」

こんなことにいきなり巻き込まれて、その上お前も戦えだなんて、あまりにも現実離れした話だ。怖い。嫌だ。

というのが一般的な反応だろう。

だが、独間 京狐は違った。いち専門学校の学期末課題のための取材が、こんな大スクープに発展するだなんて思ってもいなかった。この話が嘘であれ真実であれ、記事としての評価は高いものになるだろう。

京狐はそんなことを考えていた。

すると、握っていた手を離し、また男が切り出す。

「もちろん参加していただくにあたり代金などはとりません。むしろ、ゲームに優勝した方には大いなる報酬を差し上げます。」

「大いなる、報酬?」

「どんな願いも、ひとつ、叶えて差し上げます。」

いきなりランプの魔人の様なことを言われ、京狐はまた混乱した。が、ふと父のことが頭をよぎった。

「どんな願いも、叶えてくれるんですか?」

「はい!富でも名誉でも。願いに際限はありません。亡くなった方をこの世に呼び戻すことだって。」

京狐はアンダーターに心を見透かされている気がした。

「いかがなさいます?と言われましても、すぐに決断できることではありませんよね。ご安心ください。1度このゲームを体験することもできます。

1度、そのデッキを鏡にかざして見てください。」

京狐は言われるがまま、先程の男の様に、デッキを鏡にかざした。するとどこからともなくあの銀色のベルトが京狐の腰に巻かれた。形状も全て同じものだった。

全く原理がわからない。このアンダーターと名乗る男、本当に人間なのかも怪しくなってきた。

「そのデッキを、ベルトの差し込み口に装填して頂きますと、体験版用のシステムが発動します。どうぞ、私のゲームをお試しください。」

まだ気持ちの整理ができていないが、京狐はとりあえず、アンダーターに従って見ることにした。

「これは取材だ。」

オカルト誌に配属されそうだが、とも思ったが、京狐はそう思い切り、デッキをベルトに差し入れた。

一緒だ。ベルトから眩い光が放たれ、京狐の体が一瞬見えなくなった。

次に見えたのは、鏡に映った、薄青色のアンダースーツに黒と濁ったような黄土色のアーマーが装備された、無骨な姿に変身した自分だった。

 先程の謎の男とは、スーツの色やアーマーの形状が異なっていた。

 「これが、俺?」

 京狐は目の前の鏡に手を伸ばした。一抹の不安と、未知との遭遇に対する興奮と、どんな願いも叶えられるというわずかな希望を持って。

 まるで掃除機に吸い込まれるように、京狐の体は鏡の世界へ消えていった。


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 「ふっ。さて、彼はどちらでしょうね。願いに囚われた亡者か、それとも、願いに打ち勝つ英雄か。引き続き、我が仮面舞踏会をお楽しみください。」

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