第3話 勝利条件
エンブースターとの契約を果たした京狐は、正式に新規プレイヤーとしてゲームに参加することになった。
鏡のスノードームが砕け散り、京狐は元の世界、と言っても鏡の世界だが、ピカピカの新品のヒーロースーツを身にまとい戻ってきた。
契約の際一緒にいたあの爪の怪物、エンブースターはもうそこにはいなかった。いるのは、黄色に輝くヒーロースーツを身にまとった自分と、あっけらかんとこちらを見る緑のスーツの男だけだった。
とにかく、京狐はこの新しい姿を非常に気に入った。とても着心地が良く、体は軽く、力が湧き上がって来るのだ。
「おい、、お前、、。何もせず、全て忘れろと言ったのに、。まさか、契約するなんて。」
男はとても怒っているようだ。その時、どこからともなくアナウンスの声が響いた。聞き覚えのある声だ。アンダーターとか言ったか、ここへの着方を教えてくれたゲームマスターを自称する男の声だ。
『新規プレイヤーの参加を報告!新規プレイヤーの参加を報告!!プレイヤーの名は、、、、、、エンブレム!!!!』
「エンブレムって、俺?」
『変身者の名は、ヒトリマ ケイゴ!!』
「ああ、名前も出るんだ。」
緑の男は、持っていたランスを強く握りしめ、ジリジリと京狐に近づいた。
「エンブレム、、。早いうちに潰しておくか。」
京狐はそれに気づき、問いかけた。
「ああ、えとよろしく。エンブレムっていうらしい俺。ケイゴ。さっきも言ったけど。君は?」
男は今度は京狐に向けてランスを構えた。電光がランスにチャージされる。京狐は異変を感じた。
「俺の名は、ユニティ!!覚悟しろ、エンブレム!!!!」
そう言い終わると、ユニティは飛び上がり京狐、エンブレム目掛けランスを突き刺した。エンブレムは紙一重でそれを避けたが、地面にランスが突き刺さり、そのまわりに電撃が飛び散る。電撃をくらいエンブレムは飛ばされた。
「痛ってぇ、、痺れる。な、何すんだよ!!?」
ユニティは返事をせず、さらにエンブレムを追撃する。エンブレムはそれらの攻撃を逃げるようにギリギリでかわす。
さすがに頭にきたエンブレムは、ユニティが振り回すランスの柄を左手で掴み、右手に力を込め思いっきりユニティの顔面目掛けパンチを放った。
それはユニティの腕のアーマーでガードされたが、ユニティを下がらせた。
「正直、俺もあの怪物の言うままに契約しちゃったけどさ、あんたの獲物だったなら謝るし。せめて、話し合おうよ!なんで俺らが戦わなきゃいけない!?」
ユニティがようやく口を開いた。
「これはゲームなんかじゃない。そういうのは、アンダーターだけだ。お前はやつに騙された、哀れな男だ。」
「アンダーター、君も知ってるの?てか、え?騙された?」
そう言えば、エンブースターもゲームとは言わず「バトル」と言っていた。
「どうせ、勝てばどんな願いも叶えられると聞いて、ここに来たんだろ。」
たしかにそう言っていた。
「それが嘘だって?」
「いや、願いは叶うさ。勝てばな。」
ユニティはエンブレムの首元にランスを突きつけて言った。
「願いを叶えられるのは最後に生き残った1人だけだ!!つまり、バトルに勝つっていうのは、他のプレイヤーを全員殺すってことなんだよ!!」
京狐は背中に嫌な汗をかいた。まさか、ここが人と人の殺し合いの場だなんて。今までで一番ショッキングなことだが、ユニティの男が嘘を言っているとは思えなかった。
「、、、どうか、ゲームに参加して、モンスターと戦っていただけないでしょうか。そのデッキを手にした、あなたにしかできないことなのです。、、」
騙された。と京狐は思った。いくら取材だからって、誰かを殺したくはないし殺されたくもない。
もう後戻り出来ない。エンブースターの言っていたのは、この事だったのか。京狐は心から恐怖を感じた。さっきまでピカピカに見えていたヒーロースーツを脱ぎたくてたまらなくなった。
「お前に残された道は2つ。ここで俺に殺されるか、俺を殺すか。」
どうやら、戦わなければ生き残れない、それがこの世界の掟らしい。
エンブレムは震える手でデッキに手を伸ばすが、カードを引き抜くことは出来なかった。戦う覚悟なんか、ただの専門学生に決まるわけがなかった。エンブレムは手を下ろした。
「それが、答えか。いいだろう、苦しまないようにやってやる。」
ユニティはカードを抜き、ランスに変化した召喚機に差し込んだ。電子音が響く。
『ファイナルベント。』
すると、ユニティの後ろに電気が集まり、電気の塊の中から、緑のボディに青みがかった鋭く尖った1本の角が額から生えた、一角獣の様なモンスターが転送されてきた。またもや、生物なのか機械なのかわからない奇妙な見た目をしていた。
そうか。ユニティのデッキの一角獣の様な紋章。このモンスターがユニティの契約モンスターなんだ。
そんなことに京狐は最後に気づいた。ユニティはその一角獣にまたがり、ランスをエンブレムに向けて構えた。電気が今までで最大の出力でチャージされる。
「いや!!最後じゃない!!!!」
エンブレムはカードを引き抜き、小手形の召喚機に差し入れた。
ユニティが貯めた電気をエンブレムへ向け放出した。エンブレムの周辺に大爆発が起こる。雷撃は、エンブレムに命中した。
と、思われた。
『アドベント。』
エンブレムは咄嗟の判断でカードを使用した。引き抜かれたカードは、契約モンスターであるエンブースターを呼び出す力を持っていたらしく、目にも止まらぬ速さで、エンブースターはエンブレムを抱え、ユニティから数十メートル離れた場所へと避難させた。
「おお、あ、ありがとう。えと、エンブ。」
「礼はいい。契約モンスターが主人を助けるのは規約で決まってる。」
エンブレムとエンブースターは、ユニティに対し並び立つ。この短い時間に状況は大きく一変した。
「殺し合うってのは大反対だ。取材のためにちょっと協力してもらうよ!」
「さっきはどーも。俺の契約者に従ってもらうぜ、ユニティ。」
エンブースターはユニティを煽る。ユニティは、一角獣の背にまたがったまま、もう一度ランスを構える。エンブレムはデッキに手をかける。
両者に緊張が走った。
すると突然、ユニティのベルトのバックルに付いた赤いランプと、ユニティの仮面の額にある赤い宝石の様な装飾が点滅し始めた。
「ここまでか。」
そう言うと、ユニティは乗っていた一角獣を操り、エンブレムとは別方向の住宅街の方へ走って行ってしまった。
「え?ちょ、ちょっと待ってー!」
「あぁ、惜しかったな。この世界で戦うのには制限時間があんだよ。9分55秒だ。それ超えたら死ぬぞー、覚えとけー。」
エンブースターはそう言うと、いつの間にかどこかへ消えてしまった。
「おい!?だから待てってー!」
辺りが静かになった。エンブレムは1人取り残された。
自分の力を試せるかと、少しワクワクしていたが白けてしまった。まぁ、殺し合いが怒らず安心するべきなんだろうが。
エンブレムは仕方なく、とりあえずこの世界に入ってきた鏡の場所へと戻ることにした。変身した時と逆の手順で、エンブレムから京狐へとその姿は戻り、京狐は元の普通の世界へ戻ってくることが出来た。
何も無かったかのように、世界は元通りになっていた。本当に、あそこは異世界だったのか。
でも、京狐の手にはたしかに、カードデッキが握られていた。
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翌日、京狐は普通に学校へ行った。昨日はモヤモヤしながらなんとか床に就いたが、朝起きてもカードデッキは消えたりしていなかった。
夢幻ではなかった様だ。今すぐこの驚きの事実を記事にしたいが、スマホが壊されたため証拠となる写真が1枚も無かった。
これじゃ誰も信じない。また、あの世界に行くしか。
そんなことを考えていると、講師の先生が教室に入ってきた。散り散りになっていた他の生徒は、いっせいに自分の席に着いた。
「はい、おはようございますー。えーと、今日はひとつお知らせがあって、編入生を紹介します。」
京狐が通っている専門学校は、多くのコースが存在し、生徒は1つの分野を選択し受講する。基本的に、他分野への編入は可能だが、この中途半端な時期に編入とは珍しく、京狐のクラスはざわついた。
「えーと、料理科から編入してきた、、。」
編入生が教室に入ってくる。どんなやつかと京狐は目を向けると、後ろから頭を殴られた様な衝撃を受けた。
「えーと、料理科から編入してきた、スミキ ユウマくんです。」
入ってきたのは、あの時エンブースターと戦っていた、緑色のアーマーを身にまとったスーパーヒーローに変身したあの男だった。
「嘘、、、でしょ。」
ユウマはクラスを見渡し、京狐を見つけると、視線を外さなかった。
先生は講義用のホワイトボードに、漢字でユウマの名前を書いた。角木 優馬と書くらしい。
優馬はたまたま空いていた京狐の隣の席に座った。
「まさかとは思ったが、やはりお前だったか。」
「よ、よろしく。」
京狐は、見えないランスを首元に突きつけられた様な気分だった。
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