第8話
「でも車に乗ったまま狙った腕にリストバンドをくくりつけるってほんと、すごい技ですね。まるで流鏑馬みたいだけど、手で投げたんですか?」
と僕が言うとキャッキャッキャとムワンギは甲高い独特の笑い声をあげた。
「リストバンド装着銃を使ったんです」と桜井さんはムワンギの哄笑をたしなめるような口調でこたえた。
ムワンギがニヤニヤしたまま後ろをふりかえってその銃を見せた。まるで水鉄砲のようなカラフルな銃だった。ムワンギが真後ろに座っている僕に手渡そうと腕を伸ばしコンソールボックスにその銃を置いた。しかしそうしている間にも猛スピードで走る対向車とビュンビュンすれ違うので僕は内心気が気じゃなく、銃をチラ見しつつ手に取るのをためらっていると、僕の動揺を見透かしたかのように桜井さんがふっふっふと笑った。
「大丈夫です。この車は無人運転モードで走ってますから」
「でもこんな猛スピードで走ってても大丈夫なの?」
「ええ、すべての車のスピードと走行ルートは中央道路管制局によってコントロールされてます」
「でも横風を受けたり、突風が吹いたりしたら、正面衝突しないともかぎらないでしょう?」
「空を飛んでいれば確かにそうですね。でも空を飛んでいるように見えますが、これは、二十一世紀でいうモノレールです。いわば見えない線路を走っているようなものなのでなんの心配もないんです」
「そうなんだ……未来の技術ってすごいなあ 」
「私に言わせれば二十一世紀の方がよほどすごいです。だって、対抗車も前後を走る車もみんな人がマニュアル操作してるんですよ。あんなにたくさんの車が入り乱れて走っているけど、ちゃんとみんながみんな交通ルールを守る保証なんてなにもないじゃないですか。だってみんな会ったこともない他人なんですよ。どうして信用できるんだろうって思うんです」
そんなこと考えてみたこともなかったが、たしかに見知らぬ他人に命を預けながら猛スピードで車を運転している様子は、はたからみたら危険きわまりない行為なのかもしれないと思った。
「でも人工知能って、誤作動したり、ミスすることもあるでしょう?」
「ええ、絶対ないとはいえません。でも人間がおかすミスにくらべれ、何十倍も少ないです」
僕は小学校高学年のころに、目の前で近所に住む低学年の女の子が、信号無視のトラックにひかれて亡くなったことを思い出し、あのころに自動運転の技術があればよかったのにと、ありえないことをぼんやり思った。
「――そうなんだろうね。でも、それじゃあ、運転手なんて必要ないじゃないの?」
と僕がボソッというとムワンギがムッとした表情で後ろをふりかえった。桜井さんは少し声を立てて笑いながら、首を横にふった。
「規定ルートを走る場合は、たしかにそうですね。でも規定外ルートを走るときは、有人運転が義務付けられていて、そのための特別免許証をムワンギはもってるんです。さっきのリストバンド装着銃からの射撃は、規定外ルートからでなければ不可能なので、ムワンギだからこそできたんですよ」
僕はあらためてリストバンド銃を手に取りながら、後ろを振り返ったままドヤ顔で僕をにらみつけるムワンギの視線にたえきれず、ボソッと「すやっせん」と言って銃をコンソールボックスに置いた。それを桜井さんが取り上げて、
「これ、理化学研究所の湯川先生が発明した銃なんです。なんに使うのかなってずっと不思議に思ってたんです。でもまっさか、こんな時に役にたつなんて、天才は違いますね」
としみじみ言った。そのとき下腹部がチクッとした。嫌な気がしてお腹を見るとシャツがほんのり赤く染まっている。
「ああ、やっぱり……お腹が割けてきましたね」
となんだか医師か看護師のような口調で桜井さんが言った。
どうやら昨日の黒ずくめの男との一件は夢ではなかったらしい。残念ながら夢は桜井さんとの交わりの方だったようだ。淡い夢がはじけ飛んだとわかったとたん、僕の気持ちは急速に落ち込んでゆき、その代わりに傷口の痛みは加速度的に増してきた。しかし、僕の心と体の痛みを知ってか知らぬか、桜井アルルは、
「大丈夫、これも湯川先生が直してくれますから」と言ってほほ笑んだ。
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