第6話

 その後は、まるでなにごとも起きなかったように僕らはエレベーターを使ってホテルのロビーから堂々と外に出た。当然、さっきまでホテルの前の道を埋め尽くしていた機動隊の小隊はあとかたもなく消え去っていた。


 ホテルの車寄せに一台の車が止まっており、運転席のドアから一人の黒人男性が手を振っていた。それを見て桜井さんは、手を振り返して、その車に向かって歩きはじめた。

「ありがとう。ムワンギ」

「どういたしまして」

 その黒人男性は流暢な日本語で返答した。後部座席のドアがいつのまに開いていたので、僕らはそれぞれ乗り込んだ。するとドアがいつのまに閉まっていた。


 運転手のムワンギがハンドルを握ると車体が垂直に上昇しはじめた。まるでエレベーターに乗っているようにスムーズな上昇だった。そしてあるところで止まると祖今度は水平に動きだし、そのままビルの合間を縫いながらかなりのスピードで移動しはじめた。


「これはなに?」

「二十三世紀の空飛ぶ車です」

「二、二十三世紀!?」

「はい」

 ととなりに腰かけている桜井さんはこともなげに言った。桜井さんのすました横顔をのぞきながら、立てつづけに勃発した今朝の騒動を思い返すと桜井さんが冗談を言っているとはとても思えなかった。

「さ、桜井さん、僕らは、するとタイムスリップでもしたってこと?」

「ええ、そうです。私が藤堂さんをお連れしました」

「ってことは――桜井さんは未来から来た人ってこと?」

「はい、私は二十三世紀生まれの未来人です。申し遅れましたが、本名は桜井アルルと言います。以後アルルと呼んでください。ちなみにこの車の運転手はムワンギ。もとは私の専属の世話係でしたが、今は衆議院議員、木戸シンサクの専属運転手です」

 そう言いながら右腕を私の前につきだした。

「さっきホテルの屋上で手首に巻きついたこのリストバンドは、ムワンギの仕業です」

「これはいったいなんです?このバンドが手首にはまった瞬間に機動隊の奴らがとつぜん方向展開をしたじゃないですか」

 桜井さんは小さくうなずいた。

「これは横浜横須賀特別行政区政府へのパスポートです」

 僕はなんのことかさっぱり理解できずに言葉をうしなった。

「二十三世紀の日本は統一国家ではありません。今現在、日本は、おおもとの日本国、横浜横須賀特別行政区政府、そして、九州連合国の三つに分裂しています」

 僕はさらにちんぷんかんぷんでポカーンと口をあけた。

「そしてここは今から九十八年前に設立され横浜横須賀特別行政区政府内です。二十世紀の香港と同じように、九十九年の期限つきで設立された独立行政府です。ただ香港がイギリスに統治された租借地だったのに対して、この横横行政府は、米国政府と日本国による折半出資で設立されたいわばジョイントベンチャーです。とはいえ、司法、行政、立法、ともに日本国からも米国政府からも完全に独立しています。横横行政府は我々の身柄の安全を保障してくれてます。ただ、警察権だけは日本国に依存しているので、不法入国を行うとさっきのように日本国の公安庁に属する機動隊が出動します。でもこのバンドがあるかぎり大丈夫。バンドのデータは私たちの体の遺伝情報と日々認証し、その認証データが横横行政府入国管理局と日本国の公安庁が有するデータベースにそれぞれ送信され、さらにそれぞれのデータベースを介して瞬時にそれぞのオフィサー全員にも共有される仕組みなのです」

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