第5話
エレベーターをおり、僕らは屋上へ通じるドアの前に立った。そして桜井さんが用心深く半分そのドアを開けると、上空から無人ドローンが急降下してきた。桜井さんはためらうことなくドアの隙間から一気に外へ飛び出した。それと同時にドローンの銃口から猛然とマシンガンが連射された。しかし桜井さんは、体を一回転させながらその攻撃を交わし、起き上がりざまに拳銃を発射し、ドローンを射止めた。
「藤堂さん、はやく!」
その言葉に促され、僕も外に出る。ふとお腹を見たが、出血している様子はないし、痛みも感じない。しかし、そのことを不思議がる余裕は僕らにはなかった。すでに非常階段をあわただしく駆け上がってくる機動隊の足音がすぐそこまで迫っていたからだ。僕は桜井さんと肩を並べながら、屋上を走った。しかし、すぐに行き止まりになった。ふちには膝の高さの立ち上がりがあるだけで防護用のフェンスも何もない。僕らふたりは、そこに膝をついて下をのぞきこんだ。そこは高層ビルではないにせよ、飛び降りたら確実に即死する高さである。
「桜井さん……」
そう僕が問いかけると桜井さんは軽く左手で僕の口を制するようなしぐさをし、右手を右耳のイヤリングにあてがいながら、会話をはじめた。どうやら誰かと無線通信をしているようだった。
「うん、うん、早く、急いで。わかった。うん、了解」
そして会話が終わると、ニコリと僕を見てほほ笑んだ。
しかし、僕らの命の危機はすぐそこにまで迫っていた。機動隊員が小銃を構えたまま、僕ら二人を半円状に取り囲んでいたのだ。そして徐々に僕らとの間合いを整然とせばめてくる。なぜ死ななければならないのか?――それを知らぬまま死ぬことが、僕にはどうしても納得できなかった。
「桜井さん……俺はなんでこんな目にあわなけりゃならないんだ。君は誰?そしてここはどこなんだよ」
しかし桜井さんは静かに首を振りながら肩越しに下を見て、一瞬口元をほころばせた。
「それはここを無事に逃げ切ってから話します」
「無事に逃げ切るって、ええ!?」
僕は、まさか、このまま飛び降りるつもりじゃないかと思い、もう一度下を見た。
「無理っしょ、ねえ、おい!」
しかし、桜井さんはじっと僕の顔を見つめながら、
「藤堂さん、手を上げて。私と同じように」
といい、銃を地面において高々と両手をあげた。僕は、やはり降参する以外に助かる道ははないのだと悟り、内心ホッとしつつ同じように両手を上げた。
するとヒューというまるで虎落笛のような音が背後から聞こえたかと思うと、右手の手首になにかが当たった。そして一瞬、ブルっとした感覚が神経につたわった。顔を上げると右手の手首にいつのまにか青いバンドがついている。よく見ると隣にいる彼女の右腕にも同じものがついていた。あっいよいよこれで完全に捕まったのだと僕は観念した。
が、前を見るといつのまにか機動隊が銃をおろし、背中を向けている。そしてなにも告げずにそのまま遠ざかっていった。
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