18


 ——翌日の大晦日。


 午前中に長谷川邸を訪れた真矢は、洋三に頼まれていたパンフレットを持参していた。


 長谷川親子は葬儀会社のパンフレットを見て、全長五メートル、百万円越えの豪華な花祭壇を選んだ後で、〈やはり、メモリアルムービーは欲しいなぁ〉と、二人同時に真矢を見る。


 ちなみにメモリアルムービーとは、葬儀会社が故人の写真や映像、ご遺族からのメッセージなどを預かって制作し、告別式や通夜式で上映される映像のことだ。


 長谷川親子にご遺族はいないが、代理人の真矢が手配すればいい。真矢は「分かりました」と答えた。


〈そこで、二階堂さんに頼みがあるのだが——〉


 洋三は、メモリアルムービー用に動画を選ぶため、撮りためたホームビデオを観たいという。真矢は洋三の指示に従い、リビングのテレビで洋三が撮りためたビデオを再生した。


 幼稚園の発表会のビデオを見ながら洋三は、〈懐かしいなぁ〉と、皺々な目を細め鼻を啜る。


〈未熟児で産まれたお前が、こんなに立派に育って、ダンスを踊って……〉

〈ほらほらお父さん、泣かないでよ〉

〈いずみの成長を、母親にも見せてあげたいと、何度思ったことか……。実はだな、二階堂さん——〉


 洋三の話によると、いずみの母親は元々身体が弱く、いずみを出産してすぐに亡くなったという。


〈お父さん、きっと、あの世に行ったらお母さんにも会えますよ〉

〈こんなお爺さんになってしまって、景子けいこはワシが分かるだろうか〉

〈分かりますとも。だって、お父さんとお母さんは夫婦で、わたしは親子なんですから〉

〈そうであって欲しいなぁ。もしも再会できたなら、ワシは景子に、いずみの成長を語ってやりたいよ〉


 二人は今日も思い出の地を巡ってきたそうで、軽井沢に北海道、ハワイにも行ったと聞いて真矢は目を瞬いた。二人はハワイによほど思い入れのある場所があったのだろう。死者の能力恐るべし、だ。


 今日一日、長谷川親子とホームビデオを観て、二人の希望を叶えてあげたいと真矢は改めて思った。でも、二人の合同葬儀を実現するためには、DNA鑑定の結果が出て、バラバラ遺体の被害者が長谷川いずみだと断定されなくてはいけない。


 ——が、鑑識課の安田美穂からまだ連絡はない。


 長谷川邸の裏玄関から出た真矢は、空を見上げ「はやく鑑定結果が出ますように」と、無数の星に祈ってからシンデレラ城に戻った。


 鬼角ルームでは潜入捜査に向けて、着々と準備が進んでいた。


 愛は鬼角が制作した土人形を手に持って、「ねぇ凄いのよ。これ写真のまんまでしょ」と真矢に差し出す。ざらりとした触感。土人形は全長十五センチほどで、かろうじて顔だと分かるような窪みがある。


「へへへっ! 俺こういうの作るの得意なんスよねーっ!」

「すごいね鬼角君、見た目は完全にコピーできてるよ」


 愛の話によると、信者の集いに紛れ込むには鬼角が制作した土人形ともうひとつ、指定されたお面が必要だそうで、「んでもって、これが指定のお面っスよ!」と、鬼角が取り出したお面は、のっぺりと白い女系の能面だった。


 カイリはお面を見るなり「うわぁ……」と身を引き、本当に嫌そうな顔をする。


「鬼ちゃんそれ、山場先生の研究室にあったやつでしょ」

「そっスそっス! 急きょ借りてきたっスよ!」

「それがさぁ、昼にビデオ通話したんだけど、向こうは早朝だからサトミちゃん不機嫌極まりなくって、めちゃくちゃ大変だったんだから」

「マジそれなっスよー。俺、こんな時間に非常識だってすげぇ怒られたっス」

《はうぅ〜、でもでもっ、寝起きのヤマンバ先生は最高に可愛かったですよぉ〜!》

「僕がいない時で良かった」

「私も」


 それにあの研究室から持ってきたということは……。


「そのお面って大丈夫なモノなの?」真矢が訝しげに尋ねると、カイリは「まぁ、呪力はないですからね。それでも内側に誰かの唾液がついてるかもって思うと、気持ち悪いですよ」と肩を竦める。


 鬼角はお面をいじりながら「そこは大丈夫っスよー。アルコール消毒しといたんでー」とあっけらかんと答えた。


 アルコール消毒で不気味さは拭えない。が、今更新しいお面を手配するのは無理だろう。


《それにしてもっ、まるで姫ちゃんみたいなお面ですよねぇーっ! もちろん僕も連れて行ってくださいよぉ〜っ、なま姫ちゃんを拝めるチャンスなんですからぁ〜っ!》

「生姫ちゃんって言い方ー」

《ぐふふっ!》


 真矢はしらけた目で呪呪ノ助を一瞥すると、「で、棚橋さんはなんて?」と、カイリに訊いた。カイリは今日、加賀美が電話番号を書いたコースターを警視庁まで届けに行っている。


「あぁ、それなんですが——」


 カイリ曰く、棚橋は最初「そんな話で警察は動けません」と言っていたが、夕方に再度連絡があり、現場付近で待機するという。なんでも、現在捜査中の殺人事件の重要参考人が、『呪祷会』信者の集いに参加することが分かったのだとか。


「まさか班長が追ってる殺人事件の容疑者が、今日の参加者の中にいるとは驚きっスよねーっ。ほらこの事件っスよ」と、鬼角が画面に出したのは一ヶ月ほど前のネット記事で、タイトルの一部には『闇サイトで殺人依頼』と書かれていた。


「犯人はすでに逮捕されてるんスけど、その依頼をした奴が来るっぽいんスよねーっ」

「被害者の血で捏ねた土人形なんてやだなぁ……」


 真矢もカイリに同感だ。が、愛は髪を掻きあげながら「大丈夫よぉ〜」と気楽な声を出した。


「二人がちゃんと調和の印を結んでいれば、瘴気に当てられることはないでしょ。それに陰陽魚の黒い方が瘴気を喰べるって言ってたじゃない」


 真矢とカイリは顔を見合わせる。カイリのクロちゃんが瘴気を喰べたとして、果たして喰べ切れる量だろうか。二人の視線は自然と斜め上に向かっていく。


「それと、念のため加賀美のマンションにはヤスさんが張り込んでくれてますっ」


 鬼角がキーボードを叩く。右上の画面が白黒の監視カメラの映像に切り替わると、ヤスさんらしき男性が軽く手をあげた。


《くわぁ〜、やっぱりこのおじさん怖いですぅ〜、まるでこっちのことが見えてるみたいに、今手をあげましたよぉ〜》

《バーカッ。見えてるんじゃなくて聞いてるんだヨッ》

《ワタクシも聞いてますよっ! 二階堂さんっ!》


 安田美穂の弾んだ声がして、鬼角が「こっちのカメラっス!」と映像を切り替えた。見ると、小柄な女性がカメラに向かって手を振っている。


《デケェ声出すんじゃねぇ美穂。張り込みの基本は目立たねぇことだって警察学校で習わなかったか》


 ヤスさんの重低音の一喝に《失礼いたしましたっ!》と、安田美穂はカメラに向かって敬礼をする。


《バーカッ、その声もデケェだろっ》

《あっ……、失礼いたしました……》


 二人は別々の場所で加賀美のマンションを見張っているようだ。今日は雪がちらつきそうな天気だし、張り込みは相当身体が冷えるだろう。真矢は「寒い中お疲れ様です」と画面に向かって頭を下げる。


《カハハッ。なぁに、二階堂さん、こっちは張り込みのプロだ。任せとけってなもんヨッ。んじゃ、なんかあればまた連絡するなっ》

《あっ! そういえば二階堂さんっ、長谷川宅から回収したへその緒のDNA鑑定が出ましたっ! バラバラ遺体の被害者と同一だと確認できましたよっ!》

《美穂〜、お前、それを最初に言わんかっ》

《だってお父さん、今さっき連絡が来たんですよ》

《バーカッ、仕事中は安田警部補と呼べ》

《し、失礼いたしましたっ、安田警部補。えっと、それで警察発表はまだ先になりますが、この場を借りてご報告いたします。こちらからは以上ですっ!》


 被害者とDNAが一致したならば、長谷川いずみの死亡診断書が出て合同葬儀ができる。真矢はほっと胸を撫で下ろし、「本当にありがとうございました」と、深々と頭を下げた。


《いえいえっ、時間がかかってしまい申し訳ありませんでしたっ!》

《おい美穂、声がデケェぞ》

《すいません……》

《んじゃ、そういうことで動きがあれば連絡するわ》


 ヤスさんの言葉を最後に、かしましい安田親子の声は途絶えた。と同時に、鬼角は「お面に盗撮カメラも仕込んだし、準備はバッチオッケーっス!」と真矢達の方に向き直る。


「お面に盗撮カメラがついてるの?」

「そっスよ、それも生配信できるやつっス」

「えっ、生配信っ!?」

「そうなのよぉ真矢〜。サトミちゃんがねぇ、アランと一緒に怪しげな集会を見たいって言い出してね、それもディナータイムに赤ワイン呑みながら見るんだって」

 

 さすが山場先生だ。真矢は思わず、「趣味が悪いですね……」と言ってしまう。


「でしょ? そんなんやめとけってアタシは言ったんだけどぉ」

「つーか、俺ら、ライブ配信できないならお面は貸さないって言われたんスよねー」

「あとあれね、通話機能を付けろって要求もしてきたわよね」

「そっスそっス」

「マジか……」

 

 カイリと調和の印を結んでる時に、山場先生のソプラノ声があれやこれやと指示を出してきたら集中力が切れそうだ。それにワイン片手ということは酔っ払い山場先生だ。鬱陶しいことこの上ない。


「ちなみに音量は調整できるんで、もしも邪魔なら、そっちで音を切っとけばいいっスよ」

「じゃあずっと切っとくよ」

「僕も真矢ちゃんに同じくです」


 愛の情報によれば、『呪祷会』の場所はシンデレラ城から車で一時間ほどで、信者の集い開始時刻は午後十一時とのことだ。


「それじゃあ、そろそろ時間ですし、真矢ちゃんが着替えたら出かけましょうか」

「へ? 着替えるって何に?」

「もちろん呪対班の制服ですよ」

「呪対班の制服?」

「アタシも着てるわよ」

「俺もっス!」


 真矢は皆の服装を改めて見る。幽霊以外は全員黒色でデザインカットが施された洋服だ。


「えぇっ?! いつからキサキマツシタが呪対班の制服に?!」

「今日からです!」

「嘘だろ、おい……」


 かくして真矢は、黒いモード系ブランド『キサキマツシタ』の洋服に着替え、呪対班の面々と『呪祷会』信者の集いに向かったのであった。



 


 







 







 

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