シュラの姫

17

 愛が胸の谷間から取り出したのはUSBメモリだった。それを鬼角に手渡しながら「めちゃくちゃ大変だったんだから」と愛は言う。


 愛の話によると、ここ数日、シャーマン時代の伝手つてを辿り、シュラの姫の居場所を探していたという。


「で、ようやくみつけたんだけど、それがさぁ、もう最悪な状況なわけ」


「最悪っスか?」言いながら鬼角はパソコンにUSBメモリを接続する。愛は「最悪も最悪よぉ」と髪を掻きあげた。


「このままにしといたら、かなりまずい」


 愛の声とほぼ同時に、右上の画面に写真が数枚アップされる。刹那、真矢の隣に座るカイリが「うわっ」と顔を歪めて咲人を抱きしめた。


 写真には人型の焦げ茶色の塊が写っている。元呪物蒐集家の呪呪ノ助は《呪物感半端なぁ〜い! 僕の大好物ですぅ〜!》と興奮した様子で目を輝かせていた。


 カイリは咲人をクッションのように抱きながら「もの凄い呪力……、激ヤバですよ……」と真矢に言う。


 真矢は「うん」と頷くも、長谷川親子のことが気がかりで仕方ない。でも今は、愛の話を聞かなくてはと、真矢は無理矢理気持ちを切り替える。


「このUSBをくれた人が言うには、これは胡散臭い呪術師が売ってる幸運のお守りだそうよ」

「幸運っスか?」

「なんでも、血入りの粘土でできてるとか。でね、そのインチキ呪術師はシュラの姫を囲って、教祖にしようと目論んでるみたい。この写真以外に動画もあるから再生してみて」


「これっスね!」


 カチッとクリック音がして、右上の画面で動画が再生される。


 映し出されたのは薄暗い板張りの部屋だった。部屋の奥には燭台が間隔を開けて二本あり、蝋燭の炎が揺れている。しばらく見ていると、画面の下から長い黒髪の女が現れた。赤い着物を着た女は、燭台の間まで足を進め、ゆっくり振り返るとその場で腰を下ろす。女は手に黒い鉢を持っていた。


《こっ、これはーっ!》左上の画面から呪呪ノ助が首を伸ばす。隣の画面ギリギリまで顔を近づけた呪呪ノ助は《まさにっ、僕の姫ちゃんっ!》と声をあげた。


《このお菊ちゃんバリに不気味な感じ! 間違いなく僕の愛しの姫ちゃんですぅーっ!》


 突っ込む気力がない真矢は、再生された動画に視線を滑らせる。


 右上の画面では、まるで儀式でもするかのように、女が鉢を頭上にうやうやしく掲げていた。そのまま女は鉢を傾け、黒い液体を口の中へと流し込む。次いで、女が俯くと、口から糸を引くように液体は床へと落ちていった。何度かそれを繰り返し、女は鉢を横へ置く。よく見ると、女の膝先の床がこんもりと膨らんでいた。


「粘土質の土と、何かの血液を混ぜて土人形を造ってるんだって。この動画を隠し撮りしたのは、そのインチキ呪術師のとこでバイトしてた若い男の子よ。えっとね、確か呪祷会じゅとうかいっていったかな」

「呪祷会っスか? なんかどっかで聞いたことあるようなないような」


 鬼角はパソコンを操作して「あったっス」と『呪い代行 呪祷会』のホームページを左上の画面に立ち上げる。画面の端に追いやられた呪呪ノ助が《あぁーっ! これはーっ!》と声をあげた。


《雪乃ちゃんが見ていた呪いの藁人形ですぅー! ほらっ、ここっ、ここっ!》


 呪呪ノ助は赤い矢印棒でホームページの下部を指し示す。鬼角がスクロールすると、見覚えのある『デジタル呪いの藁人形』の商品ページが出てきた。


「でもここって確かインチキ呪術師っスよね? 呪対班のデータではそうなってるっスよ」

「それが今はそうでもないのよねぇ。最初は呪い代行業をやってるインチキだったんだけど、この女が出入りするようになってからは、ネットには載せてない裏メニューができたんだって」


 愛は「それに彼曰く、女が来てから変な奉納品が届くらしいのよねー」と腕を組む。


「なんの血かは分かんないけど、小瓶に入った血液が依頼主から届くようになったんだって。で、彼、最初は気にしてなかったんだけど、ふと、もしもこれが人間の血だったらって考えて、それで儀式を隠し撮りしたんだけど、さっきの映像見たら怖くなっちゃって、逃げるようにそのナンチャラ会を辞めたらしいのよねー」


 真矢は愛の話を聞きながら、身をかがめ、一心不乱に土を捏ねている女の映像を見ていた。確かに気味の悪い映像だと真矢も思う。


 ——が、呪呪ノ助は嬉しそうに《なんかクマントーンみたいですねっ!》と話し出した。


《クマントーンは亡くなった胎児や赤ちゃんの遺灰を土に混ぜて作るタイのお守りで、とーっても効果がある呪物ですっ。もちろん僕も持っていましたよっ。でも血で捏ねたってのは持ってなかったですぅ〜。くうっ、羨ましいっ!》


「羨ましいなんて」カイリは忌々しげに言う。


「僕が見る限り、これは紛れもなく人間の血液です。それも、恐怖や怒りが混じっている。少し前の僕なら速攻で倒れてました」


 鬼角は「んー、つーか」と、土人形の写真を動画の上にアップする。


「ちなみにこの土人形って、陶器みたいに焼いたりするんスかね?」


 愛は顎に手を当てて「確かぁ、焼いてはないと思う。乾燥させて、ニスを塗って、それから依頼者に売るって言ってたから」と答える。


「なんかそのニスを塗るときも、血生臭くって嫌だったって言ってたし。うん、焼いてはないはずよ」

《おおーっ! 生最高っ! まさにスンバラシイ呪物ですねーっ!》

「生最高っスよねー。だって、この土人形をDNA鑑定すれば、誰の血なのか分かるっスもんねっ!」


 鬼角はくるっと椅子をまわし「真矢ちゃんっ」と真矢を呼ぶ。真矢は「ん?」と鬼角の顔を見た。


「真矢ちゃん言ってたっスよね。あのウィッグを被ってぶっ倒れた時、犯人の男が奉納する分は取っとかなきゃって言って、頭の下になんか置いたって」

「え? あ、うん……」


 真矢は曖昧に顎を引く。


「つーことは、もしかしたらシュラの姫が血を捏ねて作った土人形の中に、長谷川いずみの血で作った人形があるかもしれねぇーっスよ。あっ、それならもしかしてっ!」


 鬼角は勢いよく椅子をまわし、パソコンに向き直る。カチカチと小さな音が鳴り出して、真矢と咲人を抱いたカイリは立ち上がり、鬼角のそばに歩み寄った。


「これは、ヴァンパイヤが調べてくれたパーティー参加者リストっス」


 右下の画面に『パーティー参加者名簿』が映し出される。その横に『呪術師一覧』と書かれたファイルが立ち上がった。


「こっちは呪対班で管理してるリストだね」咲人を抱いたカイリは言う。鬼角はぺろりと舌で上唇を舐めると、「そっすそっす。でもって——」と、リストをスクロールし『呪い代行 呪祷会』の呪術師の名前をアップした。


 そこには本名『林原幸雄はやしばらゆきお』と書かれている。


 鬼角は「んでもってこれっス!」と、今度はパーティー参加者の名簿をスクロールし、「ビンゴっ!」と親指を立てると、『林原幸雄』と『加賀美和成』の名前をピックアップした。


「鬼ちゃんこれって、つまり——」

「——そっす! シュラの姫を囲ってる『呪祷会』の代表、林原は、吉川が出席したパーティーの参加者で、長谷川いずみを殺害した加賀美和成もこのパーティーの参加者ってことっス!」


「つまり……?」


 真矢は鈍い頭で考える。が、考えるより先に鬼角が「つまり繋がってるってことっスよ!」と顔を輝かせた。


「愛ちゃんが調べてきてくれた『呪祷会』の土人形。今までにシュラの姫が何体作ったかは知んねーっスけど、土人形のDNA鑑定ができれば、長谷川いずみだけじゃなくて、新たな犠牲者も分かるかもってことっスよ!」


 真矢はまだ意味が分からない。が、愛は「そうか、そういうことね!」とパチンと指を鳴らす。


「年越しに合わせて信者の集いがあるって言ってたわ。その日、参加者は土人形を持ってくるって言ってたから、そこを抑えれば一網打尽にできるかも」

「マジっスかっ! んじゃ早速準備しなきゃ。年越しっつったら明日っスよっ! ちゃちゃっと土人形を偽造して、信者の集いに入り込むっス」

《うわぁ〜よく分からないけどぉ〜なんだか興奮してきましたぁ〜っ!》

「んでもって、棚橋班長に報告しときますね! 人の生き血で土人形を作る怪しい新興宗教があるって通報すれば、警察もなにかしら動いてくれるかもっスよ!」






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