犯人の男

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《ワシが話を聞くかぎり、犯人はサイコパスな一面を持っていると考えられるな。

 

 ちなみに、この場合のサイコパスとは、映画やドラマに出てくるような、猟奇殺人者という意味合いだけではなく、反社会性パーソナリティ障害のことも指していると思って聞いてほしい。


 本来、サイコパスとは、口達者で、社交的、かつ、魅力的な存在として周りから見られることが多く、自分の利益のためならば、平気で嘘をつくことができる人間だ。よって、他人を操る能力にも長けている。


 また、結果至上主義で、欲しいものを手に入れるためならなんでもする。自分以外の人間の損害など全くもってなんとも思わない。サイコパスには、共感性なんてものはなく、良心の呵責に悩むこともないからだ。


 そして、恐ろしいことに、常に刺激を求めている。 


 しかしだな。反社会性パーソナリティ障害の人が全て犯罪を犯すというわけではない。有能な経営者にもサイコパスな一面を持ち、一代で大企業を創業した人もいる。


 まあ、ようするに、サイコパスとは、テイカー気質でもあるわけだ。ギブ、つまり与える人をギバー。テイク、つまり受け取る、または奪い取る人をテイカーと呼ぶのだが、サイコパスは完全なるテイカーだろう。


 いかん。少し話が逸れてしまったな。


 つまり、ワシが考えるに、犯人の男は、ある程度の地位に身を置いている人物。もしくは、親のスネをかじり、なんの不自由もなく暮らしている人物ではないかと思われる。


 しかしもって、これはなかなかにして、手強い相手だ。


 警察や検察は冤罪を作らないために、よっぽどのことがない限り、状況証拠だけで逮捕、起訴することはない。


 つまり、何が言いたいのかというと、現行犯逮捕、もしくは、犯行が行われたという確固たる証拠を見つけなければ、犯人の男を探し出したとしても、逮捕に至るのは難しいということだ。


 それに先ほども話した通り、サイコパスな人物は、自分の目的のためならなんでもするはずだ。おそらく、用意周到で、今までの犯行でも証拠を残すなんてヘマはしていないだろう。


 よって、仮にもしも犯人の男に行きつき、警察が事情聴取まで漕ぎ着けたとしても、そんなものは、口八丁手八丁で上手くかわし、自白に追い込むことはできないと思うわけだ。


 それにだな、身内の愚行を握り潰すような財力がある輩は、それなりの弁護士を顧問につけているはずだ。その辺り、顧問弁護士時代のワシも、自分の誠実さに目を瞑り、仕事として片付けたこともある。


 お恥ずかしい話だが、弁護士というものは、勝つことに意味がある、と、考えていた時代がワシにはあったのだ。まぁ、ようするに、事実なんてものはどうでも良くて、依頼人の利益を優先していたということだ。晩年は、それに嫌気がさして、刑事事件専門弁護士になったわけだが。


 いや、すまん。また脱線してしまったな。


 ごほん。


 真矢ちゃん咳払いはいらないんじゃない?

 あ、そうか。失礼しました。続けてください。


 いい、いい。構わんよ。


 真矢ちゃん、それもいらない気がします。

 あ、つい。すいません。続けてください。


 うむ。ワシがこの事件を調べるとするならば、まずは、娘と男が出会うきっかけとなったマッチングアプリからだ。


 娘のスマホは手元にないが、本人がここにいる。スマホにマッチングアプリを入れ、娘のアカウントでログインし、過去の履歴を辿ってみてはどうだろうか。


 真矢ちゃん、ちょっといい?

 あ、うん。どうぞ。

 今時、スマホのデータはクラウドに残ってますよね。それもログインしていいですか?

 

 ああ、構わんだろ。

 なぁ、いずみ。

 見られて困るものなんて入っていないだろ?

 いや、あるのか……。

 しかしだな、いずみ。

 お前はもう死んだのだ。

 捜査協力のため、多少のプライバシー侵害は仕方あるまいぞ?

 それに、現場百回というように、さっきお前が言っていた、横浜のバーを探すのに役立つやもしれん。店が見つかり、当時の状況をその店の従業員が覚えていれば、何かの手がかりにはなる。それに、犯人の男が常連客という可能性もあるではないか。

 うむ。そうか、了承してくれるか。


 じゃあ、事務所に戻ったら鬼ちゃんにログインしてもらいましょう。

 だね。あ、ちょと待って。まだあるみたい。


 そうか佐藤君。その鬼ちゃんとやらはパソコンに強いのか。それならば、事件とは関係なく、折り入って頼みたいことがあるのだが——》


 

 薄暗い鬼角ルーム。カイリは「ここまでだね」と、録音した音声を止める。真矢の隣に座る愛が、感心したように「しっかしさぁー」と声をあげた。


「声も使い分けてるし、一回も噛まずに復唱するなんて、すごいじゃないっ!」

「真矢ちゃんは、腐っても元葬儀司会者ですもんね」

「腐ってないわ!」

「真矢〜、可哀想に。声がオネェになってる〜」

「愛さん、そうなんですよ。声がヤバいんです〜」


 八ヶ月前から時が止まったままの長谷川邸は、とてもとても埃っぽかった。さらに言えば、肉体を持たない死者は疲れを知らず、洋三の話は長かった。真矢は喉がガラガラだ。


「うっス! いろいろ準備できたっス!」


 鬼角の声がして、真矢は背後に顔を向ける。


 壁掛けの四つの画面。


 右上の画面には、真矢とカイリが借りてきた、長谷川親子の写真が映し出されていた。写真館で撮ったのか、娘のいずみは淡い桃色のワンピース姿で椅子に座り、その横には、青いダブルスーツを着た洋三が立っている。笑顔の二人はとても幸せそうに見えた。


 その下の画面には、長谷川いずみのクラウドからダウンロードした動画や写真。


 左上の画面には、白い死装束姿を着たおじさん幽霊が〈見てくださいっ! 元に戻りましたよっ!〉と真矢に向かって胸を張っていた。


「それにしてもあれっスねーっ!」鬼角は椅子をくるっとまわして真矢達の方を向く。


「この親子の顔って、カピパラに超似てるっスよね!」

《鬼ちゃんそれなっ! それっ、僕も思いましたーっ!》

「二人ともお黙り」


 そういう真矢も本当はちょっと思っていた。生前の長谷川親子はカピパラっぽい顔をしていると。


「んじゃ、早速やりますかっ」鬼角はまた椅子をまわし、パソコンに向き直る。呪呪ノ助は《鬼ちゃんなら余裕ですよーっ! がんばですぅ〜!》と画面の中で赤いメガホンを振っていた。


「ちょっち、うるさいっスねー」

《あっ、ごめっ、僕しず——》


 呪呪ノ助のデジタルボイスが消えていくが、真矢はちっとも可哀想だとは思わなかった。


 ちなみに今、ここに死者である長谷川親子はいない。二人は、自宅で親子水入らずの時間を過ごしている。明日また長谷川邸行き、合流する予定だ。


「認知症になるまでは、毎年家族写真を撮ってたって、おじいちゃん言ってましたね」

「うん。本当に仲のいい親子だったんだよ」

「ご希望、叶えてあげたいですね」

「そうだよね。なんとしても」


 真矢とカイリの話を聞いていた愛が、「ご希望って?」と訊く。真矢は、長谷川洋三から頼まれたことを愛に話した。


 施設に入所する前、洋三は信頼できる弁護士に遺言書を託していた。そこには、娘のいずみに全ての財産を相続すること。自分の死後、葬儀を行わないことなどが詳細に記載してあるそうだ。


 ——しかし。


 財産を相続する予定の娘はすでに死亡している。洋三はそのケースは頭になかったと真矢達に話した。


〈自分より先に娘が死ぬなんてこと、想像もしたくないからな〉


 だから洋三は真矢達に言った。自分の筆跡、または音声を偽装することができるなら、弁護士と連絡を取り、遺言内容を変更して欲しいと。


 変更する内容は、相続人の娘が死亡していた場合、財産の全てを交通遺児等支援基金に寄付すること。また、その際は、自分の葬儀と娘の葬儀を合同葬儀として行うこと。


 それをまず、最優先でなんとかして欲しいと、洋三は真矢達に言った。


「そっかぁ。確かに自分が死ぬ前に娘が死んじゃうなんて思わないわよねぇ、普通は。でもさ真矢。今日亡くなったんだったら、葬儀は、えっと、いつ頃になるわけ?」

「入所してた施設の人の話によると、弁護士さんにはもう連絡済みらしいんですよね。ご遺体は葬儀会社の安置室に運ばれて、そこで火葬の順番を待つんですけど、十日くらいかかるかもって言ってました」

「てことは、十日以内にDNA鑑定が出ないとまずいわよね」

「愛ちゃんそこは大丈夫っぽいよ。ヤスさんの娘が絶対間に合わせますって、言ってたし」

「問題は偽装工作だよね」


 ——と、真矢が画面に視線を向けた時だった。


《マイクテストマイクテスト、ワシの名前は長谷川洋三だ》と、覇気のある長谷川洋三の声が鬼角ルームに響いた。

 


 

 


 


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