スクリーン上で、呪呪ノ助が《これですっ》と選んだ写真は、高級ホテルのバーのような場所で、全面ガラス張りの窓からは豪華な夜景が見えた。


「場所はえっと、神戸のタワマンっスねー」

「えっ、これマンションなのっ?!」


 真矢は驚く。が、カイリは「僕の住んでるマンションも最上階は貸切できるラウンジですよ」と、あっさり言った。


「今時普通です。今度連れて行ってあげましょうか?」

「いや、遠慮しとく」

「言い方が冷たいですよ真矢ちゃん」

「はいはい。それにしても、凄い場所と人だね」


 着飾った男女が談笑するフロアの中央には、グラスを積み上げたシャンパンタワーが黄金の輝きを放っていた。その右上、小窓に移動した呪呪ノ助は《えっとぉ、えっとぉ》と、枠から身を乗り出してシュラの姫を探している。すぐさま呪呪ノ助は《いたっ!》と叫んだ。


 呪呪ノ助は《ここですぅーっ!》と赤い矢印棒を伸ばす。鬼角はその一帯を「ここっスねっ」と別枠で拡大した。


《このっ、このっ、お美しい方が僕が見たシュラの姫ですぅーっ!》


 赤い矢印が指し示す場所には、大胆なデザインの黒いイブニングドレスを着た女性がいた。美人かどうかは画像が荒くてわからないが、おでこを出した白い顔の女性は、黒くて長いストレートヘアーで、これが白い服ならば、有名なお化けによく似ていると真矢は思った。


「クリアにできますか?」棚橋が言い、鬼角が補正をかける。輪郭がはっきりとした顔を見て、愛が「こう言っちゃなんだけどぉ、能面みたいな顔ね」と、率直な感想を述べた。


「普通、こういうパーティーだと自分をアピールしたいって思うはずじゃない? だからそれなりに意識して表情も作る。なのに、この女は表情がなくて、まるで、のっぺらぼうね」

「僕もそう思う。この写真に写ってる人のほとんどは、自分をアピールするオーラをバンバン出してるけど、この女性にはそれがない。着ているドレスは大胆なデザインなのに、洋服がかわいそうなくらい存在感が薄い」

「華がないのよ華が。顔が華やかじゃないもの」

「顔だけじゃなくて、全体が伽藍堂だよね」

「なんか酷いな二人とも……」

《そうですよーっ! この平安絵巻みたいな雅な美しさがわからないんですかっ!》


 令和の時代に平安絵巻みたいな顔は、褒め言葉になるのだろうか。真矢は一瞬考える。


 皆の反応が思っていたのと違ったのか、呪呪ノ助は《あのですねっ、実物は、もっとっ、こぉっ》と赤い矢印で女性の顔をぐるぐる囲んでいた。


《なんともいえない雰囲気を醸し出してたんですぅーっ! 僕のコレクションのお菊ちゃん人形みたいなねっ、そんな雰囲気でっ、めっちゃくっちゃ素敵だったんですからぁーっ!》

「お菊ちゃん人形って……」


 呪呪ノ助は、呪物を愛でるような意味合いで美しいと言っているのだろうか。だとすれば、真矢は理解できる。写真の女性は華やかさは微塵もないが、薄気味悪さは充分なほどに醸し出している。


《あぁ〜、皆さんはわからないんですねぇ〜。この美しさがっ!》

「まぁまぁ、落ち着いて。それに人の好みは色々だしね」

「それにしてもよ、真矢。これはないわ」

「だよね。それに、シュラの姫に会った人が、顔が思い出せないってのもなんかわかるな。思い出しようがない顔をしているもん」

「ってことは、やっぱ、この女超怪しいっスよねー」

《うううっ、僕の姫ちゃんをなんて言い草でぇ〜》

「いや、僕の姫ちゃんちゃうし」


 真矢のツッコミを消すように、棚橋が「皆さんいいですか」と鋭い声を発し、一同は一斉に口を閉じる。


 張り詰めた空気の中、腕を組んでいる棚橋は鬼角に視線を向けると、「では鬼角君——」と淡々と指示を出しはじめた。


「呪対班としては、この女性を調査する必要があります。調査の結果、この女性が呪詛を行う呪術師ならば、監視対象者としてリストに追加してください。それから、吉川が参加したパーティーの参加者を調べてください。本来なら、早急に動画の販売先も分かればいいのですが——」

「——あっ、それもうヴァンパイヤが調べてるっスよ」

「しかし、ヴァンパイヤは外部のハッカー。巻き込むのはやめた方が」

「いや、それがなんかヴァンパイヤ、真矢ちゃんにすげぇ感謝してて。呪対班の調査ならなんでも手ぇ貸しますって言ってくれたんスよねー。なんで、昨日のうちにサクッと出しときました」


「私に感謝?」真矢は首を捻る。「そっスそっス」と、鬼角は嬉しそうにその続きを話す。


 鬼角の話によると、凄腕のハッカーヴァンパイヤは、眠り続ける女子高生、芦屋雪乃の知り合いだそうで、家族から芦屋雪乃が昏睡状態だと聞いてずっと心配していたという。


「家が近いって、病院のことかと思ってたんスけど、そうじゃなくって、芦屋雪乃と家が近いってことだったんスよねー。そりゃ病室に隠しカメラも仕込めるっスわ。親とも顔見知りだろうし、お見舞い行ったついでに置いてこればいいっスもんねーっ」

「へぇー。なんか、そういうのもご縁だね」

「ですよね! だからチャットで投げた時、食いつきはやかったんスわ。で、一昨日くらいかな。芦屋雪乃は無事、自分の足で歩いて退院して行ったっスよっ」


 真矢は「良かったね」と呪呪ノ助を見る。呪呪ノ助は案の定、《これで青春を謳歌できますねぇ〜》と、顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。


《うううっ、おじさんは嬉しいよぉ〜。今度雪乃ちゃんに会いに行きたいですぅ〜》

「それはやめておけ」


「ところで鬼角君」棚橋が地鳴りのように低い声で言う。真矢はその声音に寒気を覚えた。これ、きっとまずいやつだ、と思う。——が、鬼角は気付いてないのか、「ウッス!」と元気に返事をした。


「監視カメラは、次の日に回収したはずでは?」


「あぁっ!」鬼角は口を押さえたが、時すでに遅し。「会議後に、二人で少し話をしましょうか」と棚橋に言われた鬼角は、蛇に睨まれたカエルのように縮こまっていた。


「というわけで——」棚橋はホワイトボードの前に移動する。全員の視線が自分に集まったことを確認すると、棚橋は「黒髪強奪殺人事件について、こちらで分かったことをお伝えします」と、ポケットから黒革の手帳を取り出して捜査情報を読み上げ始めた。


「神奈川県沖で発見されたバラバラ遺体の身元は未だ不明。ヘアパーツモデルの線は、引き続き聞き込みを行なっています。また、ウィッグの出どころについてですが、フリマアプリの出品者に聞き込みに行ったところ、あのウィッグは妹さんが癌治療をしている姉のためにと、自分の髪の毛を伸ばし、プレゼントしたものだったそうです」


「え、そんなことができるんですか?」思わず聞いた真矢の問いに、棚橋は「えぇ」と顎を引く。


「真矢さんはヘアードネーションを知っていますか?」


 不意に、真矢の脳裏に鳩山総合病院で出会った死者、カリンちゃんの顔が浮かんだ。真矢は胸に手を当てて、「知ってます」と静かに頷く。


「髪の毛を寄付して、病気の子供達にウィッグを無償でプレゼントする活動ですよね」

「そうです。それと同様で、伸ばした髪をウィッグにする業者があるそうです。費用は二、三十万くらい。製作期間は約二ヶ月。今回のケースのように、それを必要な誰かにプレゼントすることもできるし、頭髪に問題が出た時に自分で使うケースもあるとのことでした」


「え、でもトシちゃん」愛が手を上げる。


「その妹さんがバラバラ遺体ってことじゃないのよね?」


「そうです」棚橋は眉根を寄せる。


「ウィッグを作る業者の中で、髪の毛の取り違えがあったと考えるのが妥当でしょう。注文数が多い業界とも思えません。妹さんが発注した時期に、他に同じような髪の注文がなかったかと、現在調査中です。そして、ここからは、自分の推測なのですが——」


 棚橋は、バラバラ遺体は海上で捨てられたのだろうと話した。


 真矢の視線は自然とスクリーンの写真に移動していく。棚橋の話を聞いて、真矢はそうかもしれないと思った。あの犯人の男が、もしもこの写真の中にいるような富裕層ならば、クルーザーくらい持っていてもおかしくない。


「そこで、真矢さんとカイ君にお願いがあります。明日、警視庁までご足労いただき、例の黒髪ウィッグを再調査してもらえませんか?」


 真矢とカイリは視線を絡ませ、「もちろんです」と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る