「つまり、新たに分かった情報によると、吉川武仁に動画の販売を持ちかけた自称霊媒師の女性が、全ての元凶ということですね」


 棚橋がカチッとペンの蓋を閉め、真矢達の方に向き直る。


 棚橋が書く文字は、相変わらず達筆で美しいと真矢は思う。それにさすがは刑事とでもいうべきか、ホワイトボードはあるところは写真付きの人物相関図になっていて、とても分かりやすくまとまっていた。


 棚橋は吉川武仁と線で結んでいる『自称霊媒師(姓名不明)』の部分をペンでコンコンと示す。その下には『咒羅の末裔か』と書かれていた。そして、『公衆電話の太郎君関与の可能性あり』とも。


 真矢の視線は自然と隣に座るカイリへと向かっていく。


 亡くなったカイリの姉、木崎花(享年三十歳)は、誰かに『公衆電話の太郎君』への生贄として名指しされ、カイリの目の前で呪殺された。


 もう全て終わったと思っていた『公衆電話の太郎君呪詛事件』が、まさかこんな形で再浮上するとは、カイリも思ってなかったはずだ。


「僕は大丈夫ですよ」真矢の心が読めたのか、カイリが言う。


「それに、太郎君と関係があるとするならば、尚更この事件、解決しなくてはと思います。それが、残された僕の使命ですから」

「そんなん言ったら俺もっス」


 鬼角がチャラ度数ゼロの声で言い、真矢は少し驚く。鬼角は「俺の妹もやられましたからね」と固い声で続ける。


「俺、その時塀の中だったから、何もできなかったっスすけど、棚橋さんのおかげでもう自由の身だし、今なら全力で動けますよ。もしも、本当にその女が太郎君と関係ありなら、ぜってーなんとかしなきゃっスよ。俺達と同じ思いをこれ以上、誰にもさせてはいけない」


 鬼角にそんな過去があるなんて真矢は知らなかった。塀の中にいたのはある意味想像できるが、呪対班にかける思いの根底は、妹が呪殺されたことだったのか。


「呪いは連鎖するもの。終わらない宗教戦争のように、敵対する一族同士で呪いあい、最後の一人になるまで呪殺合戦を繰り広げた人々もいる。

 愛する人を殺された恨みや悲しみは、どちらも共に等しいから、一族の内の誰かひとりが和解の道を進もうものなら、その者もまた、邪魔な存在で、呪いの対象となってしまうのよね。

 まさに、たまきはしなきがごとし。終わらない呪詛のの上をなぞって生きくなんて、絶対に幸せにはなれないとアタシは思う。

 だから、依頼されて呪詛をかけ、財産を奪ったり、魂を奪ったりすることが自分の使命であり、生き方だと教え込まれてきたリンメイシャオ一族も、その、咒羅の人々も本当にかわいそうだと思う。どっかで断ち切ってあげないと」


 愛の話に耳を傾けながら、真矢はだんだんいいようのない怒りが湧いてきた。


 どうして、自分の利益のために利用できる人がいれば、利用し尽くしていいと思えるのだろう。リンメイシャオ一族も咒羅の人々も、みんな等しく人であり、幸せに生きる権利があったはずなのに。そんなものは権力のある人の業腹だ。ならば、そんな呪詛の環、消滅すればいい。たとえそれが咒羅の生き方に反していたとしても消滅させるべきだ。


 行き場のない怒りを吐き出すように、真矢は口を開く。


「もしも愛さんの言う通りならさ、私達でその終わりのない呪詛の環に、ぶっとい杭でも打ち込んでやりたいよね。『終了』って書いた大きな杭を打ち込んで、そして、もう終わったよって、こっから先は自由だよって言って、自分の人生を生きなって開放してあげたいよね」

「僕も真矢ちゃんに同意見です。終わらせなきゃ。僕達で」

「俺達ならできるっしょ。いや、やらなきゃですよ」


 鬼角が椅子から立ち上がり、「そうですよっ! 俺達で咒羅の姫を呪詛の環から解放してあげるっスよっ!」と宣言した時だった。


 ——ピンコンピンコンピンコンピンコンッ


 呪対班の事務所にけたたましく電子音が鳴り響き、一同は固まった。自然と皆の視線は呪呪ノ助のいるスクリーンに向かっていく。


 スクリーンの中の仮想空間には、鬼角が即席で作ったのか、クイズ番組の回答席のようなデスクがあった。呪呪ノ助は身を乗り出して、デスクの上を叩いている。どうやら手の下にボタンがあり、それを連打している。デスクの前面についてる画面には『発言』というド派手な赤い文字が手の動きに合わせて点灯していた。


 棚橋が「鬼角君、ボリュームを上げてください」と言い、鬼角が「ウィッス!」と音声ボタンを押す。刹那、大音量でデジタルボイスが喋り出した。


《はいはーいっ! シュラの姫ーっ! シュラの姫の話っ、僕っ僕っ知ってますーっ!》


 呪呪ノ助は《あのですねっ、それはですねっ》と、大興奮で捲し立てる。話しにならないので、棚橋が「一旦、落ち着いてください」と呪呪ノ助を鋭い声でいさめた。


「ただでさえ高音のデジタルボイスは聞き取りにくいのです。落ち着いて、順を追って話しをするように」


《はいっ!》っと敬礼する呪呪ノ助を見て、やっぱり棚橋さんは凄いと真矢は思う。幽霊部員、もとい、幽霊班員に自分の立ち位置を完全に理解させている。


 呪呪ノ助は、胸に手を当てて《ふぅ〜》と一度深呼吸をすると、《実はですね——》と、呪物の蒐集仲間であり、怪談師でもある友人から聞いたという話をしはじめた。


《僕ぅ、自分が死んだショックと、死後の楽しい生活ですっかり忘れてしまってたんですが、鬼ちゃんがシュラの姫って言ったのを聞いて思い出したんですぅ》


 呪呪ノ助の話によると、シュラの姫は実在する人物で、表には絶対に顔を出さない呪術師らしく、その手の界隈では有名とのことだった。なんでも依頼主は百%の確率で、呪詛を実現できるという。


《でもでもぉ、どこにいけばシュラの姫に会えるか、誰も分からなくって、もはや、都市伝説みたいな話なんですけどねっ。でも、僕にその話をしてくれた友人は、そのシュラの姫に会ったことがあるんですよ。ある時SNSにDMが来たらしくって、わたしのことを動画で話して欲しいって頼まれたんですぅ》

「あー、その話、だいぶ前に動画で見たっスよ。その流れで呪呪ノ助チャンネルに飛んだっスもん」

《ぐふふっ! 実はですねぇ、あれは僕達の肝入りの合同企画だったんですーっ! 全十回のシリーズ物で——》


 嬉しそうに話し続ける呪呪ノ助を棚橋は渋い声で「その話はいいので、続けてください」とバッサリ切り捨てる。


 呪呪ノ助は《はいっ》と背筋を伸ばし、続きを話した。


《で、その僕の友人は僕と同じくらい霊感ゼロなので、そのシュラの姫を名乗る女の話を話半分で聞いてたんですぅ。でも途中からなぜか頭が痛くなってきて、さらには鼻血まで出てきちゃって。そしたら、そのシュラの姫が僕の友達の顔に自分の顔を近づけてきて、流れ落ちる鼻血を舌でぺろっと舐めたらしいんですよねぇ〜》


「うわぁ、無理っ」真矢は自分の肩を抱く。人に鼻血を舐められるなんて想像しただけで気持ち悪い。


《それでですねっ、シュラの姫を名乗る女は、お前の血は全然旨くない。お前はわたしの役には立たない、的なことをほざいて、最後にもう去れって言ったそうなんですぅ。で、僕の友達の意識はそこでプッツリ切れちゃって、気付いたら病院のベッドの上だった。って話ですぅ》

「ちなみに、その、呪呪ノ助さんのお友達は、その人の顔を覚えているんでしょうか?」

《それがですね、誰に聞いても同じことを言うんですけども——》


 シュラの姫に会った人は、誰一人その顔を思い出せないのだという。


《顔だけ黒いマジックで塗りつぶしたみたいになっちゃって、どうやっても思い出せないみたいなんですよねぇ。でも、実は僕、そのシュラの姫の顔を見たことがあるんです……》


 その先を言い淀む呪呪ノ助に、真矢は「で、その続きは?」と訊く。呪呪ノ助は、ちょっと言いにくそうに《実は僕ぅ〜》と情けない声を出した。


《待ち合わせ場所の公園に行ったんですけどぉ〜、あんまりにも綺麗な人すぎてぇ〜、緊張して、一歩も足が前に出なかったんですよぉ。お恥ずかしい話ですけどぉ、僕ぅ、彼女いない歴がイコール生きてる年数だったものですからぁ〜》


 その情報いらないし。真矢はしらけた目を呪呪ノ助に投げる。呪呪ノ助は真矢の視線に気づき、《あっ! 誤解しないでくださいよっ!》と慌てふためいた。


《そっ、そのっ、僕だって経験はもちろんありますよっ。今時はほら、部屋にデリ——》

「——その先を話したら速攻電源落とす」

《あっ、ついつい口が滑らかになってしまってっ! おっ、お恥ずかしぃ〜》


 顔を覆う呪呪ノ助に、「つまり、顔を覚えていると?」棚橋が冷静に切り返す。呪呪ノ助は勢いよく顔から手を剥がすと、《そっ、そっ、そっ、そうなんですぅーっ!》と画面いっぱいに顔を近づけた。


《しっ、しかもですねっ! その顔が、鬼ちゃんがハッキングした吉川君のスマホの中にあったんですっ! あんな綺麗な顔は一度見たら忘れようがありませんっ! 間違いありませんっ! あのパーティー写真に写っていた人の中に、シュラの姫はいましたっ!》





 


 


 


 




 

 




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