呪詛調査 ——黒髪強奪殺人事件——

「カッカッカッ! こいつはおもしれぇっ!」


 ヤスさんの軽快な笑い声が、蛍光灯が煌々とついた呪対班の事務所に響き渡る。が、警視庁捜査一課の刑事、棚橋は困惑した顔をしていた。


「我が班に幽霊の班員ができるとは……。ヤスさん、これをどう上に報告すればいいのでしょうか?」

「棚橋お前、本当に頭がかてぇな。経費がかかるわけじゃねぇし、そんなもん律儀に言わなくてもいいじゃねぇか」

「しかし——」

「——しかしもへったくれもねぇよ。なぁ、二階堂さん」


 突然話を振られ、真矢は「はぁ」と顎を引く。その後で、「でも、成仏しないと地縛霊になっちゃうんですよね?」と、ヤスさんにおずおず訊いた。地縛霊なんて、ならない方が絶対にいいからだ。


「地縛霊ねぇ、確かに俺は二階堂さんにそう言った。言ったけどもだ。こんなもん見せられちゃーなぁ。もうここはいっそ、鬼角君のパソコンに憑いた付喪神つくもがみって割り切ったらいいんじゃねぇの?」

 

 ヤスさんの話を聞いた呪呪ノ助はプロジェクタースクリーンの中で《ぐふふっ付喪神きたーっ! 僕ぅ、神様になっちゃったんですかぁーっ》と手を振って喜んでいる。


 それを見て「お前が神なら世は末だ」真矢はつい本音が漏れる。


《言い方ーっ! お前っていうその冷めた目と言い方ーっ!》

「はいはい。でも、神様は言い過ぎでしょ。どっからどう見ても冴えないおじさん幽霊にしか見えないし」

《ふぇっ? そうですかぁ? モデルチェンジしたのになぁ〜》


 捜査会議が始まる前、鬼角は呪呪ノ助の希望を訊き、アバターをモデルチェンジした。とはいえ、胸に付けている名札が『故・佐藤清』から『呪呪ノ助』に変わり、生前の佐藤清の画像を元にしたCGになっただけなので、真矢にしてみればずっと見てきた冴えないおじさん幽霊のままだ。違うといえば、死装束を着ているところくらいだろうか。


「俺っ、呪呪ちゃんって結構使えると思うんスよねーっ! だってっスよ——」


 鬼角の話によれば、生前、佐藤清がやっていたYouTube『呪呪ノ助チャンネル』は、呪物系の中では比較的信憑性の高いチャンネルで、登録者数はなんと約三万人。にわかには信じられない話だが、その界隈では本物を集める呪物蒐集家としてその名を馳せていたという。


「俺もそのチャンネル見たことあるっスよっ。佐藤清なんて名前どこにでもあるから、今まで検索してなかったんスよねーっ」

《僕のチャンネルを見ててくれただなんてっ鬼ちゃん最高ですぅーっ! ぐふふっ、僕の蒐集した呪物ちゃん達はそんじょそこらの呪物ちゃんじゃないですからねっ!》

「ほとんどが呪力のないゴミ同然のモノばっかだったけどね」

《そこのっ綺麗な顔のお兄さんっ! ドイヒーですぅーっ! 僕の大事な呪物ちゃん達をゴミ同然なんてーっ!》


 高音のデジタルボイスでこのテンションは鬱陶しいことこの上ない。棚橋も真矢と同じことを思っているのか、腕を組み、鋭い視線をスクリーンに投げている。


 真矢は、「とりあえず、一旦落ち着きましょう」と両手を広げた。


「もう深夜ですしね。下には子供達が寝てますし」


 そうなのだ。呪対班の事務所の下には、皐月ママが運営している託児所、通称シンデレラ城がある。そして、十二月も末の今日は、子供達がいつもよりも多く宿泊している。子供達の母親のほとんどが夜の仕事をしているからだ。


「違ぇねぇ、違ぇねぇ。いやぁー、和歌山土産をもらいに来て、おもしれぇもん見せてもらったわ。じゃ、もらうもんもらったし、俺は帰るとすっか」

「えっ、ヤスさんお帰りになるんですか?」

「そりゃそうよ。家でかみさんが布団あっためて待ってるからな。それに、お前も俺がいちゃあ、やりにきぃだろぉ?」

「そ、そんなことは決してっ——」

「——バーカッ。顔に出てるぞ棚橋。刑事たる者、テメェの心の内を簡単に顔に出すもんじゃねぇ」

「は、はい……」

「ほーら。そういうとこだぞ棚橋。まにうけんじゃねぇよっ。カハハッ! 班長さんよぉ、しっかりやれよー。幽霊部員ならぬ幽霊班員までいるんだからなー」


 ヤスさんは椅子から立ち上がり、「んじゃっ、お先ぃ〜」と胡麻塩頭を揺らしながら帰って行った。入れ替わるように、シンデレラ城で咲人を寝かせた愛が入ってくる。


 愛は疲れた様子で椅子に座り、「危うく寝落ちするとこだったわぁ〜」と髪の毛を掻き上げた。手で口を覆い、大きなあくびをする愛は、いつものゴージャス感が薄れている。四六時中子供優先の生活をしているのだから、母親って大変だな、と真矢は思った。


 棚橋が場を切り替えるように「ごほんっ」と大きな咳払いをしたので、真矢は椅子に座り直し、居住まいを正す。


「では、全員揃ったところで改めて捜査会議を始めましょうか」


 棚橋の真剣な声で、事務所内の空気が一瞬にして張り詰め、そこにいる全員が気を引き締める。


《グフフッ。捜査会議なんてっ刑事ドラマみたいでぇ〜刑事さんかっこいいですぅ〜っ》


 一名、いや、一幽霊を残して……。


「鬼角君、音量を最小限まで下げてください」

「えっ、でもせっか——」

「——これは遊びではなく呪詛犯罪の捜査会議です」

「ウィッス……」

《あぁっ、待ってくださいっ! そこの刑事さんっ、僕ぅ〜ぜっ……——》


 呪呪ノ助の声がみるみる間に消えていく。ほどなくして、呪対班の事務所に静寂が訪れた。


 スクリーンの中では、ザ・日本の幽霊、みたいな白装束を着た呪呪ノ助が手足をバタつかせ抗議している。が、棚橋に睨まれて自分の立場を理解したのか、呪呪ノ助はがっくりと肩を落として、正座した。


「ぷっ」楽しげに愛が吹き出す。


「トシちゃん、あれ見てよ。ちょっと、かわいそうよね〜」

「愛さん。捜査会議中だから致し方なくです」

「そうかもだけどぉ〜、ガックリうなだれてしょげてるよ?」

「……必要があれば、音量を上げますので」


 しばし沈黙したのち、棚橋は「鬼角君——」と指示を出した。


「そこの幽霊が有益な情報を伝えたい時、何か、そうですね、例えばチャイムが鳴るような仕掛けはできませんか?」

「あっ、ウッス。多分できるっス」

「ではそれをすぐにしてください。その幽霊、いや、佐藤清こと呪呪ノ助さんが班員になった以上、捜査には加わってもらうことになりますので」


 棚橋の話を聞いて、スクリーンの中で呪呪ノ助の顔が精気を取り戻し輝いていく。両腕を上げてガッツポーズを決める呪呪ノ助を見て、なんだかんだいって、棚橋さんは優しいな、と真矢は思った。


 それに、このメンバーを統率するなんて並大抵のスキルではできない。真矢以外、かなり癖の強い人達だ。それなのに棚橋は、呪詛犯罪対策班の班長として、幽霊含む、ここにいるメンバーを完全に掌握し、ちゃんと統率できている。


 真矢が感心して棚橋を見つめる中、棚橋は『(仮)黒髪強奪殺人事件』と書かれたホワイトボードにペンを走らせ、「えー、皆さんが和歌山まで行って収集してきた情報によると——」と、声に出しながら、新たに分かった情報を淡々と書き加えていく。


 真矢はがっしりとした棚橋の背中を眺めながら、私も呪呪ノ助のように、呪対班の正式な班員になりたいな、と素直に思った。






 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る