和歌山にて

12

「まさか佐藤君にこんな綺麗な婚約者さんがおったとは知りませんでした。佐藤君、そんなん一言も言うてなかったし」


 和歌山市内のファミリーレストラン。真矢の向かいに座る太った中年男性は、通りがかった女性定員に「ちょっと君、オーダーええ?」と声をかける。


 吉川武仁は女性定員に「わしは生ひとつ」と注文をした後で、真矢の方を向き、「二階堂さんやったっけ。車やさけねぇ。コーヒーでええ?」と訊いてきた。


 真矢は、「はい」と頷き、「この人絶対県庁職員じゃないよね?」と内心で呟く。県庁職員は平日昼間から生ビールは注文しないだろう。チラと隣に座る呪呪ノ助に視線を向けると、呪呪ノ助は机に頬杖をつき、〈僕も生ビール一緒に呑みたかったなぁ〉と呑気なことを言っていた。


 ダメだこいつ。と、真矢は軽く首を振る。


 真矢は視線を吉川の背後に向ける。吉川の背後の席では、カイリと愛、山場先生と鬼角の四人が座り、こちらの様子を窺っている。


 真矢達呪対班のメンバープラス山場先生は、事務所で会議を行った二日後、和歌山県までやってきていた。刑事である棚橋は「それは危険です」と、真矢達の和歌山行きを渋っていたが、山場先生の「お前は優秀な刑事だから忙しいだろう。ワシも同伴で行ってやるから大丈夫だっ!」のゴリ押しを断れなかった。


 結果、鬼角の提案により、真矢が佐藤清の婚約者という設定で吉川武仁と連絡をとり、和歌山市まで足を運んでいた。


 真矢は「ちょっとすいません」と吉川に断り、スマホを鞄から取り出すと、呪対班のグループLINEに《前情報と本人が違いすぎる》と送信する。すぐさま鬼角から《Facebookの情報ってアテにならねーっスね!》と返信が返ってきた。


 いや、だからそのアテを埋めるのがあんたの仕事では?


 親指を立てている鬼角を軽く睨みつつ、真矢は吉川に「本日はお忙しい中、お呼びして申し訳ありませんでした」と丁寧に頭を下げた。吉川は垂れ下がった涙袋を吊り上げて、「いやいやええんよ」と手を振る。


「わし、ちょっきし時間が空いたもんで。お茶するくらいはなんとも。あ、わしはお茶やのうって生ビールですけどな。はははっ」

「は、ははは……」

 

 真矢の口から苦笑いが漏れる。とりあえず、あの動画の情報を聞き出して、とっととこの場を切り上げよう。この吉川武仁という人は、着ている洋服は高級そうだが、どことなく胡散臭い。真矢がそう思っていると、ちょうど生ビールとコーヒーが運ばれてきた。


 吉川は生ジョッキを手に持って、「ほな乾杯」と少し浮かせると、ぐびぐび音を鳴らして半分ほど一気に飲み干した。


「そやけどまさか、佐藤君が死んでたなんて知りませんでしたー」と吉川は酒臭い息を吐く。


「ほんの何ヶ月か前に電話で話した時はピンピンしてたのに。それもこんな若くて綺麗な婚約者を残してぽっくり逝ってしまうやなんて。佐藤君は死んでも死に切れやんやろうなぁ」


〈グフフッ。こんな綺麗なお姉さんが婚約者だなんてっ。嘘でも嬉しいですぅ〜!〉と身を捩る呪呪ノ助に、真矢は無言で消臭スプレーをかける。


〈わわわっ。ドイヒーですぅ〜〉


 すまんな。お前がいると集中できないんだ。真矢は心の中で呟きながら、離れていく呪呪ノ助を一瞥すると、「それで、メールした件なのですが」と、お仕事モードで話を切り出した。


「ああ、あの動画のこと?」と吉川は眉間に肉付きのいい皺を寄せる。テーブルに身を乗り出し、「あれ、もの凄い効果あったでしょ」と意味深に笑った。


「あの動画ねぇ、ブロックチェーンがついとって、世界にひとつしかない動画なんよ。それも高野山の力のあるお坊さんに御祈祷してもろてるさけ、相当な効果があるんですわ」


 吉川は、さも当然といった顔で『なんでも望みの叶う動画』の効果を言い切る。真矢は「ブロックチェーン?」と訊き返した。


 吉川の説明によると、ブロックチェーンとは、一度データを書き込むと上書きができないデータベースのことで、仮想通貨や、デジタルアートなどに使用されている技術だという。真矢にはちんぷんかんぷんな話だが、要約すると、「唯一無二のデータ」ということになるらしい。


「てことは、やっぱりあの動画は清さんが購入した一点しかないってことなんですよね?」


 吉川は残りのビールを飲み干すと、「いやぁ、それは厳密にいうと違うなぁ」とジョッキをテーブルに戻した。


「あの動画自体は、元があるんですよ。その元データに、偉ーいお坊さんの御祈祷を入れて、ブロックチェーン化し、唯一無二の動画にしてます。佐藤君に売った動画の販売価格は三十万円やさけ、値段以上の効果があったはずです」


 いつの間にか真矢の隣に戻ってきていた呪呪ノ助は、興奮した様子で〈吉川君っ! あの動画本当に効果絶大だったんだよーっ〉と言っている。


 そうだよな、そのせいで死んだのだから。

 真矢は質問を続ける。


「ちなみに、その大元となった動画って、どんな動画なんですか? あの、私、清さんとは呪物コレクターの集まりで出会ったもので、その、実はそういう類のものに興味がありまして」

「ほぅ」


 吉川は二杯目の生ビールを注文しながら大きく頷く。女性定員がテーブルから離れると、グイッとテーブルに身を乗り出し、「もしかしてあんたも欲しいんですか?」と下卑た笑いを漏らした。


 真矢は少し身をひき、「はい、興味はあります……」とこたえ、頭の中で呪対班で決めた内容を思い出す。


 今回、この吉川から聞き出すことは三つ。

 吉川が販売した動画は今まで何本あったのか。

 誰にいつ販売したのか。

 あの動画は一体なんなのか、だ。


「でも、高いものですし、どんな内容の動画だったのかなぁって、まずはお伺いしたくて」


 吉川の背後から、山場先生が身を乗り出して耳に手を当てているのが見える。真矢は軽く首を振る。と、それに気づいた愛が「ちょっとサトミちゃん」と、山場先生の首根っこを掴んで座席に沈めた。


 真矢以外全員黒服で、ただでさえ目立つのだ。頼むから、静かにしておいてくれ……。真矢は内心冷や冷やしながら、「私が見たのは、真っ黒な映像だったので」と付け足す。


「あー。じゃあ、あんたはもう見たんですか」吉川は身をひいて、座席に背中を預けると、「お金を支払うた人にしか効果はないんやけどなぁ」ときな臭いことを言った。


「あの動画ね、詳しい経緯は言えないけど、実はわしの甥っ子が撮ってきた動画なんよ。それをわしが譲り受けて、ほいたらわしにすごいご利益がやってきたんですわ。必要以上にお金は舞い込んでくるし、願うたことは大体叶うしで。

 ほいたら、そのことを話した霊能力のある偉い人に言われたんよね。

 それ、あんただけやのうて、ようさんの人に分けちゃったほうがええよって。せっかくやさけ、コピーした動画に一回一回御祈祷をしてもろて、販売したらどうよって。

 その話聞いて、わしも、それはえらいええことやと思って、こうして販売を始めたわけです。そやさけ、お金を払うた人にしか効果がないんですわ」


「なるほど?」真矢は首を傾げる。

 意味が分かるような分からないような……。


 つまり、動画はコピーができて、何本もあるということだ。それに御祈祷代が入って、唯一無二を謳うためにブロックチェーンをつけていると?


 なんだか、とてつもなく詐欺っぽい。


「ちなみにですが、今までどれくらいの方が購入されたんですか?」

「ほやなぁー、二、三十人くらいやろか」

「にっ、二、三十人っ?!」

「はははははっ。ほんな驚くことですかぁ?」

「あ、いえ、ちょっと思った以上の人数だったもので……」

「まだまだ、増えてきますよ。噂が噂を呼び、問い合わせが増えてますさけ」


「へぇ……」と言いながら、真矢は背筋に氷水を浴びたような気になった。あんな恐ろしい動画が、どんどん人の手に渡っていくなんて、想像するだけで悍しい。


「ちなみに、どうやって販売してるんですか?」真矢は予定していた質問を切り出す。吉川は、「人伝てですよ」と軽く答えた。


「佐藤君は動画配信者で成功してたさけ、わしが特別に直接話を持って行ったけど、大体は、東京や横浜、神戸あたりで開催される億り人セミナーやパーティーで知り合うた人が多いなぁ。紹介が紹介を呼び、また紹介がつながっていく感じかなぁ。はははっ」


 二杯目の生ビールが運ばれてきた。真矢は冷めたコーヒーに口をつけながら考える。


 きっと、この人に「今まで誰に販売したのですか?」と聞いても、守秘義務と言われてそれ以上は答えてはもらえないだろう。その辺は鬼角がハッキングでもして、なんとか調べてくれるかもしれない。


 今回、この吉川から聞き出すことは、販売した動画は今まで何本あったのか、誰にいつ販売したのか、あの動画は一体なんなのか、だ。そう考えると、全ての質問は終わった気がする。


 真矢はコーヒーカップをソーサーに戻し、生ビールをあおる吉川の背後に視線を向ける。呪対班全員の顔がこちらを向いている。真矢はスマホを取り出すと、グループLINEにメッセージを打ち込んだ。


《これくらいで切り上げても大丈夫だよね?》


 送信後、すぐに真矢のスマホが震える。


《山場先生が、真矢ちゃんと僕が見た山奥の光景に心当たりはないか聞けだって》




 

 



 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る