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「今年の九月。東京都内で亡くなった佐藤清、四十九歳は、地元である和歌山県在住の知人、
佐藤清は購入前、吉川から動画はコピー不可の唯一無二の動画であり、謳い文句の効果は絶大だ、と、聞かされる。
佐藤清は、半信半疑ながらも、吉川が県庁に勤めていることもあり、真面目な印象を持っていた地元の同級生を信じた。
振り込みを終えた翌日。
吉川より佐藤清のパソコンに、動画を圧縮したファイルがメールで届く。その後、佐藤清は、一人暮らしのアパートでその動画を確認後、心筋梗塞で死亡。
およそ三ヶ月後、同じアパートの住人からの通報により、腐乱した状態の佐藤清の遺体が発見される。
本日、その動画を真矢さんとカイ君が確認したところ、真矢さんが動画の中に、黒髪強奪殺人事件(仮)の犯人の顔が写っていることを発見。動画と犯人の関係性を調査する必要あり。
——と、いったところですね。
真矢さんの話が本当だとすると、九月頃に都内で亡くなった呪物系YouTuber、佐藤清に動画を販売したという、和歌山県在住の吉川という男性が鍵を握っているように思えますが」
——薄暗い呪詛犯罪対策班の事務所。
警視庁捜査一課所属の棚橋刑事は、真矢の報告をホワイトボードに綺麗にまとめあげ、カチッとペンの蓋を閉める。
ホワイトボードの前で椅子に座る真矢とカイリ、愛と山場先生に向き直った棚橋は、数度瞬きを繰り返し、「それにしても」と鼻先に拳を当てて苦笑した。
「なぜ、皆さん、お揃いの洋服を?」
「ワシは外出する時はキサキマツシタと決めておる」
「アタシは授乳に便利だから」
「僕は通常運転です」
「私は」言って、真矢は肩を竦める。
「これしかすぐに着れる洋服がなくってしょうがなくです」
「真矢ちゃん、しょうがなくって酷くない?」
「だって鼻血がジーパンについちゃったんだもん」
「それにしても言い方があるでしょう。それにそんな嫌そうに言わなくてもっ」
「だって本当にこれしかなかったんだってば」
「だから、その言い草——」
ごほんっ、と大きな咳払いが聞こえ、真矢とカイリは口をつぐむ。
「僕が変な質問をしてしまい、申し訳ありませんでした。あまりにも、なんというか……、その、マトリックス感が出ていたもので」
「マトリックス?」と首を傾げた真矢は、すぐに、棚橋が映画『マトリックス』のことを言っているのだと気づく。
確かに、この事務所にいるメンバーは、スーツ姿の棚橋以外、マトリックス感が漂っている気がする。デザインは多少違えど、黒いモード系ファッションを着た自分達は、コスプレ感が半端ない。
元パリコレモデルのカイリは言うまでもなく王子様だが、山場先生は黒い猫耳帽子を被っていてキャッツの衣装みたいだし、愛は愛で、不二子ちゃんばりのプロポーションで黒服を着こなしている。
真矢は、じゃあ私は——、と考えて、腕を組む。きっと、こういう秘密結社みたいなメンバーには普通っぽい人もいるはずだ。そしてそういうモブっぽいメンバーが意外と主人公だったりする?
妄想を膨らませる真矢の横では、カイリが「もういっそ、キサキマツシタを呪対班の制服に」と忍び笑いを漏らしていた。
「すいませんでした。山場先生にもお越しいただいていますし、話を先に進めます」
「そうだな。そうしてくれ」
山場先生の美しいソプラノ声が事務所内に響く。真矢は隣で忍び笑いを続けているカイリを肘で小突き、居住まいを正した。
——と、真矢の背後で事務所のドアが開く音がして、「なんだなんだぁ、この暗い部屋はぁー」と、低くて甘いバリトンボイスが聞こえた。
「ヤスさんっ」棚橋が敬礼をする勢いで背筋を伸ばす。と同時に、事務所内の全ての蛍光灯がついた。
「棚橋ぃー、お前さぁー」ヤスさんこと安田警部補が事務所の中に入ってくる。
「経費節減も大概にしろや。暗い部屋じゃ書類の字ぃ読むのも辛いだろぉ」
「いえ、自分はさほど」
「そういうことを言ってんじゃねぇんだよ」
ヤスさんは手近な椅子を引き寄せると、「肩の力を抜けって言ってんだよ」と、真矢の背後でどっかりと腰を下ろし、「なぁ二階堂さん」と真矢の肩を優しくぽんぽんと叩いた。
「呪対班は一般人も入ってんだ。本庁と同じノリじゃびびっちまうだろ」
「でも自分——」
「でももへったくれもねぇよ。おめぇは本当、昔から頭硬すぎるっつってんだ」
「も、申し訳ありません……」
「ほーら。そういうとこだぞ棚橋。真面目にとって頭下げんなや。カハハッ。とはいえ、ソ対の件、米村が感謝してたぜ。本庁の奴ら、苦虫を噛み潰したみてぇな顔してたっつってよ。よくやった。お手柄だな棚橋」
ニカっと笑うヤスさんに、棚橋は胸の前で手を振って「いえ、自分はなにも」と謙遜している。
棚橋のこんな様子を見るの初めてだ。真矢は、以前棚橋が熱を込め「自分、ヤスさんのことを尊敬しています」と言っていたことを思い出す。
首筋のタートルネックを指で軽く摘みながら、「えー、それでは……」と話し始めた棚橋を見て、真矢はまるで授業参観みたいだなと思った。
「安田警部補がここにきたということは、佐藤清のパソコンはなんとかなったってことなのか?」
山場先生が椅子をくるっとまわし、ヤスさんに言う。ヤスさんは「ええ多分」と頷くと、親指を立てて背後を指した。
「鬼角君、サーモグラフィー確認しながら、なんか楽しそうに作業してましたわ」
「くくくっ。あんな簡易的なサーモグラフィーが役に立つとは思えんが、あやつはああ見えて、腕は確かだからのぉ」
ああ見えて、とは、多分チャラそうに見えてってことだよな。と、真矢が思っていると、愛が艶っぽく髪をかき上げながら「大丈夫よー」と声をあげた。
「うちの息子を
「そうだな、愛。サク坊がいれば安心だ」
「そそ。それに鬼角君はすっごく鈍感だから、多分全く影響されないはずよ」
「カハハッ。違ぇねぇ違ぇねぇ。アイツはどんな呪物にも影響受けねぇ体質だからな。まぁ、それがたまに問題を起こすわけだが」
「全くもってその通りだ」
山場先生は椅子をくるりとまわして、「ちなみに黒髪強奪殺人事件だが」と、話を切り替える。
山場先生はぴょんっと椅子から飛び降りると、ホワイトボードの前へ行き、「和歌山へ飛び、コイツに事情聴取をすれば何か分かるかもしれんのぉ」と、折り畳まれた扇子の先で『吉川武仁』の名前を指した。
「それは難しいと思います」棚橋が申し訳なさそうに言う。
「なぜだ? お前は警視庁捜査一課の刑事だろう。この案件、佐藤清が高額詐欺にあったと考えれば、捜査するのは可能ではないか?」
「その佐藤清本人が亡くなってしまってる以上、被害届を出す人がいません」
確かにと真矢は思う。呪呪ノ助こと佐藤清は、すでに三ヶ月以上も前に亡くなっている。それに、ヤスさんの話によれば、佐藤清に身寄りはいない。詐欺だとしても、被害届を出す人がいないのだ。
「なんだ。つまらんっ」山場先生は可愛く鼻を鳴らす。
「和歌山といえば、湯の峯温泉にクエ鍋だ。深山幽谷そのものの山並みを車窓から眺め、
「先生、それは観光ですね」真矢はつい言葉が漏れる。
「そうだ。観光だ。冬の和歌山は美味いもんばかりだぞ。ワシは長時間の電車は好かんからな。東京から飛行機で白浜まで飛び、レンタカーを借りてお前が運転すれば、皆であちこち観光できると思ってな」
「えーっ、それいいっ。アタシも久々に和歌山行きたい〜」
「僕は真矢ちゃんが運転手なら賛成です」
なんだかみんな勝手なことを言っている。
「ちょっといいですか?」と真矢が手を上げた時だった。
棚橋が胸ポケットからスマホを取り出し、「すいません、本庁からです」と呪対班の面々に告げる。
「はい、こちら棚橋——」と電話に出た棚橋は、相槌を打ちながら、しばらく相手の話を聞いているようだった。
事務所のドアが開き、「ウィーッス!」と、咲人を抱いた鬼角と冴えないおじさん幽霊の呪呪ノ助が入ってくる。鬼角は棚橋が通話していることに気づき、「あ、やっべ」と口を手で押さえた。唇の前で人差し指を立て、「シーっすね」と肩を竦めて自席に座る。
幽霊の呪呪ノ助は顔を輝かせ〈僕ぅ、さっきよりは自由になれましたぁ〜〉と真矢の方に飛んできた。
〈鬼ちゃんのおかげですっ。僕のパソコンから例の動画を抜き出して、SDカードに入れてくれたんですっ。おかげで僕ぅ、SDカードのある場所なら自由に動くことができるようになったんですよっ。グフフッ〉
真矢は「良かったね」と口パクする。呪呪ノ助は事務所の中を嬉しそうに飛びまわり、〈自由ってサイコーッ!〉と叫んでいる。幽霊の声は真矢にしか聞こえないから別にいいけど、真矢はなんとなく、指で「シー」のポーズをとる。
棚橋の電話は、少し深刻そうだ。
程なくして、棚橋は通話を終えた。
「皆さん、ちょっといいですか?」
棚橋がスマホを持つ手をあげる。
「今、鑑識から連絡があり、黒髪ウィッグのDNAが、神奈川県沖で見つかったバラバラ遺体のDNAと合致しました」
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