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呪呪ノ助のノートパソコンで再生された動画は、三分ほどの動画で、ずっと黒いままだった。特に何が映るというわけでもない。無音のただの闇。真矢は最初、意図的にブラック背景を流している動画かと思った。でも、カイリ曰く、そうではなくて——。
「これは、多分、見えるひとにだけ見える動画……、なんだと思う……」
片手で注連縄を握りしめ、片手で膝に乗せた咲人を抱きながらカイリは言う。
「見える人にだけ見えるとは、どういうことだ? お前には何か見えているのか?」と、カイリの背後に立つ山場先生が、扇子を仰ぎながらカイリに問うた。
カイリは「僕はこの動画にインプットされてる悪魔的な悪意が見えるだけだけど……」と、しんどそうに言うと、「ダメだ」と、髪を後ろでひとつに結んだ頭を振った。
「ちゃんと見るなら、この注連縄も、サクちゃんも、ない方がいい」と、自分に言い聞かせるようにカイリは言葉を紡ぐ。カイリはなんだかとても苦しそうだと、真矢はその様子を見て思った。カイリの陶磁器のように白い顔は青ざめている。
〈ううむ〉と腕を組み、唸りながらパソコン画面を覗き込んでいる呪呪ノ助は、〈まさか、この動画がこんなとこに紛れていただなんてぇ〉と不思議そうな声を出した。
〈でもそうかぁ。思い出しましたぁ。僕ぅ、この動画を見てから急に胸が苦しくなってぇ、それでその後すぐに死んじゃったんですよねぇ……。まぁ、たまたまその時に心臓が、ぎゅうって苦しくなっただけで、偶然なんですけどね。ほら僕って、元々家系的にも心筋梗塞の家柄なんでっ〉
いやそんな家柄とか知らないし。真矢は冷めた目で呪呪ノ助一瞥し、その後で、——でも、と思う。
それは、本当に偶然なのだろうか。動画を見てすぐに死んだなんてこと、ただの偶然とは思えない。何より、呪力や悪意が見えるカイリが美しい顔を歪め、苦しそうにしている。
幽霊である呪呪ノ助の声は、真矢にしか聞こえない。真矢は「ちょっといいですか?」と片手をあげ、「佐藤清に事情聴取してみます」と皆に伝えた。
「そうだな。それがいいだろう。この動画は一体なんなのだ?」
山場先生の煽ぐ扇子の風を頬に受けながら、真矢は「この動画について説明して」と呪呪ノ助に言う。呪呪ノ助は、〈これはですねぇ〉とやけに真剣な顔になり話し始めた。
呪呪ノ助の話によると、この動画は、地元の知人から買い取った、かなり高額な動画で、呪呪ノ助曰く、『なんでも望みが叶う動画』とのことだった。
「なんでも望みが叶うって……、え、じゃあ、良い動画ってこと? 呪物じゃないじゃん」
思わず訊き返した真矢の問いに、呪呪ノ助は〈チッチッチッ〉と指を振り、〈呪物っていうのは、良いも悪いもないんですよねぇ〉と説明を始める。
〈呪物を超自然的な霊威や呪力をもって神聖視されるモノって意味で考えると、例えば、神社で買ってくるお守りなんかも呪物なんですぅ。おみくじなんかもそうですよ。
僕が蒐集していた呪物には、そういった民間信仰的な、例えば東北地方に伝わるおしら様とか、赤ちゃんの遺灰を捏ねて作ったタイのお守り、クマントーンなんかももちろんあるんですけど、髪の伸びる日本人形とか、見るだけで不幸になる絵画とか、そういった人を不幸にするものや摩訶不思議な現象を起こすモノも、もちろん呪物って言うんですぅ。ぐふふっ。僕は超珍しいヌエの手ももちろん持ってましたよっ。つまり、僕は総じていろいろな呪物をコレクションしていたわけでして——〉
真矢が呪呪ノ助の言葉を通訳して皆に聞かせると、呪呪ノ助は〈ヤマンバ先生には釈迦に説法で恥ずかしいですぅ〉ともじもじ身体を揺らした。が、山場先生は「その通りだ」と扇子を煽ぎ、「続けろ」と先を促した。呪呪ノ助はパッと顔を輝かせ、〈グフフッ〉と肩を揺らすと、〈僕の話聞いてくれて嬉しいですぅ〉と胸の前で両手を組んだ。
「そういうポーズとかいらんから、この動画についての情報を話して」真矢は嬉しそうな呪呪ノ助をバッサリ切り捨てる。
カイリは注連縄の紙垂をにぎにぎしている咲人を抱きしめながら、苦悶に顔を歪め、目を閉じている。はやくしないと、カイリが可哀想だ。
呪呪ノ助は〈あーそうでしたっそうでしたっ〉と組んでいた手を解くと、〈この動画〉と続きを話し始めた。真矢は頭に流れ込んでくる呪呪ノ助の言葉を掻い摘んで口に出す。真矢の話を聞いた山場先生は、「つまり」と話をまとめた。
「この動画は、佐藤清が死ぬ前に、地元の知人から高額な料金で買い取った『なんでも望みが叶う動画』だったということか。それを観てすぐに佐藤清は胸が苦しくなり、そして死んだ、と。まさに、呪いのビデオだな」
先生、そこは本当は心筋梗塞なんですけどね。真矢は呪呪ノ助をチラと見ながら心の内で呟く。呪呪ノ助は真矢の心が読めたのか〈しーっですよっ〉と唇に人差し指を当てていた。
「ねぇ、でもそれっておかしくない?」真矢の背後に立つ愛が言う。
「なんでも願いが叶う動画なのに、その、そこにいるなんとかキヨシは死んだんでしょ? 高いお金払って、願いが叶うどころか死んじゃったのなら意味ないじゃん」
〈へへへっ。そこはまぁ、偶然なんですけどねぇ〉
「いや、愛、そうでもないぞ」
呪呪ノ助は〈へっ?〉と首を傾げる。
「生前の佐藤清は、執拗に自分で蒐集した呪物に呪い殺されたいと言っておったからな。ある意味、願いは叶ったということだ」
「なにそれ、ヤバイ奴じゃん」
「佐藤清はヤバイ奴だ」
「同感です。佐藤清はヤバイ奴です」
「え、でもそうなると、そのキヨシは、自分がさっきの動画に呪われて、死ねますようにって願いながら、動画を観てたってことになるわよね?」
「どうなんだ真矢」
山場先生に訊かれ、真矢は呪呪ノ助に視線を向ける。呪呪ノ助は、〈ううむ。そういえば……〉と腕を組むと、〈確かに僕ぅ〉と斜め上を向き、〈この動画を観ながら、今度こそ僕に呪いがきますようにって思ってましたねぇ〉と感慨深そうに言った。真矢はそれを山場先生に伝える。
「やはりな」山場先生は頷くと、「佐藤清は、念願叶って、自分が蒐集した呪物に呪い殺されたんだ。死因は呪いのビデオを観て、心筋梗塞といったところか。自分には霊感がないと思って、たかを括っていたのだろう。命を粗末にしておろかな奴だ」と哀れむように言った。
〈てことは、僕ぅ〉呪呪ノ助は自分の鼻先に指を当てる。
〈心筋梗塞は心筋梗塞でも、自分の蒐集した呪物で死んだってことですよね?〉
タイミングよく愛が「そうなるわよねぇ」と頷いた時だった。
いつの間にか瞳を開け、パソコン画面を凝視していたカイリが「僕、やってみるよ」と決意を込めた声で言った。
「本音を言えば嫌だけど……、でも、これは多分、ここにいる中では僕にしか見えない。だから、注連縄も、サクちゃんもなしで、この動画もう一度観てみるよ」
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