それじゃあまずは中身を確認、ということで、呪呪ノ助のノートパソコンを祭壇から机に移動した真矢達は、愛の提案で、電車ごっこのように丸く結んだ注連縄しめなわの中に入り、縄を手に持ってパソコンと向き合っていた。


 ちなみに、真矢達が手に握っている注連縄は、山場先生の研究室内に保管してあった謂く付きの注連縄で、相当古くて重たい。真矢が念のためと天然塩入りの消臭スプレーを振りかけたせいで、どことなく湿っとしていた。


「それじゃあ真矢ちゃん。パソコンのパスワードを、その、幽霊の佐藤さんに訊いてくれる?」


 整った鼻の頭に皺を寄せながらカイリが言う。カイリの膝には、黒いタキシード柄のロンパースに着替えた咲人が、ちょこんとお行儀よく座っていた。咲人は注連縄についている変色した紙垂しでを小さな手でにぎにぎしている。そのうち紙垂が千切れそうだな、と真矢は思った。


〈パスワードぉ、ですよねぇ〉


 注連縄の外で、カイリの横に立つ呪呪ノ助は照れ臭そうに身体を捩っている。呪呪ノ助は〈お恥ずかしいのですがぁ〉と前置きしてから、〈ローマ字でぇ、ジュ、ジュ、ノ、ス、ケ、ハ、ニ、ン、キ、モ、ノ、ですぅ〉と真矢に伝えてきた。真矢は湿った目で呪呪ノ助を一瞥すると、「ローマ字で、ジュ、ジュ、ノ、ス、ケ、ハ、ニ、ン、キ、モ、ノ、だって」と冷めた口調でカイリに告げる。


〈はうっ。お姉さん、今っ、自分で言うなんてって思いましたよね? あうぅ。なんだか羞恥プレイみたいで興奮しちゃいますっ〉とほざく呪呪ノ助は置いておいて、カイリがノートパソコンにパスワードを入力すると、画面はパッと切り替わった。


「うわぁ、最悪」カイリの顔が歪む。真矢も「この中から見つけるんだよねぇ」とパソコン画面に視線を這わせた。


 画面には無数のファイルやフォルダの数々。カイリの背後から山場先生が顔を覗かせ、「整理整頓がなっておらんな」と呆れたように言った。


「あやつの部屋も相当散らかっておったからな」


「ですよね」真矢は速攻首肯する。「見るに耐え難い物が沢山ありました」と続けた真矢の脳裏を、カピカピな物が付着した呪呪ノ助のパンツがよぎっていく。頭を振ってパンツの記憶を吹き飛ばした真矢は、注連縄を握る手に力を込めて、「で、どれが最悪のデジタル呪物なの?」とカイリに訊いた。


〈僕もそれを知りたいですぅーっ。どれなのかなぁどれなのかなぁ。ドキドキしちゃいますっ〉

「もうそんなの、本人に聞けばいいじゃん」

「本人は心当たりがないようなこと言ってるよ」

「マジか……」


「あー、もう僕、気分が最悪で……」画面から視線を外しカイリが言う。真矢の背後に立つ愛が、「おいっ」とカイリの背中を勢いよく叩き、「特訓の成果を試す時だよっ!」とカイリを叱咤激励した。


 愛の話によると、カイリは最近、愛指導の元、呪力が見えるだけの残念なイケメンから脱却すべく、呪力を吸い取り受け流す訓練や、悪意をシャットアウトする訓練などを行なっているという。呪力探知機能を向上させて、瘴気を受けない体質になることが目的とのことだった。


「意識を頭頂部に向けて、俯瞰した第三の目で見るっ。ほら、やってやって!」

「あー、はいはい……」

「はいは一回だデカブツ」

「はーい」


「はいを伸ばすな馬鹿者」画面を凝視しながら山場先生が言う。と、カイリの背後から山場先生が「これではないか?」と、小柄な身体を乗り出してパソコン画面を指差した。


 山場先生が指さす先には『特級』と書かれたフォルダ。確かに気になるフォルダ名ではある。


「特級の呪物ということではないか?」

「確かにそうねサトミちゃん」


 カイリはトラックパッドの上で指を動かして、山場先生のさしたフォルダを「これ?」とクリックした。横で見ていた呪呪ノ助が〈あっ〉と大きく飛び上がり、〈そ、それはっ、ダ、ダメェ〜〉と慌てふためき手でパソコンを隠そうとしている。が、幽霊にパソコンを隠すなんて行為ができるはずもなく、『特級』フォルダは開き、画面上にはハレンチ極まりないタイトルの動画ファイルがずらーっと並んだ。


〈ううう。まさかこれを見られちゃうだなんてぇ。僕ぅ死んじゃいたいくらいお恥ずかしいですぅ〉


 だからお前はもう死んでいる。真矢が脳内でそう呟くと同時に、山場先生の「最低だな」という氷点下の声がした。「最低ですね」真矢も吐き捨てる。


 愛がやれやれといった風に髪を揺らし、「まぁいうて、孤独な独身男性のパソコンなわけだし。いろんな意味で汚れてるわよねぇ」と、さもしょうがないことのように言う。


 愛の言葉にピクッと肩を震わせたカイリは、なにかに気づいたのか、「汚れてる……」といいながら手をパソコンから遠ざけていた。


〈大丈夫ですよぉ。僕ぅ、ちゃんと手は——〉

「——みなまで言うな」

「みなまで言うな?」

「いえ、先生、なんでもありません」

「それにしても、守備範囲の広いコレクションねぇ」

「全くだ。恥もへったくれもあったもんじゃない。死んだ後で、こんなものを他人に見られるとは、佐藤清も恥ずかしいことこの上ないな」


 呪呪ノ助は〈その通りですぅ〉と嘆くと、〈いやぁっ、ヤマンバせんせぃ見ないでぇ〜〉と顔を覆い走り去っていく。が、鎖に繋がれた犬のように、二メートルほど先で透明な壁にぶつかると〈ぐおっ!〉と潰れた声を出した。へなへなと足から床に砕け落ちていく姿はなんと言うか、とてもとてもダサい。


 真矢は冷ややかな視線を呪呪ノ助に投げ、お前設定忘れていたな、馬鹿なやつだ。と思った。


 呪呪ノ助は〈僕はパソコンに繋がれた地縛霊でした……〉と項垂れて真矢たちの方に戻ってくる。


 それにしても——、と、真矢はパソコン画面に視線を向ける。本当にハレンチ極まりないタイトルばかりだ。まあ、だからフォルダの名前が『特級』なのかもしれないが。


「ないわー」真矢の口から自然と言葉が漏れる。それに応えるように、カイリが「ねぇ、もうこのパソコン呪物蔵行きでよくない?」と言った。


「そうだなデカブツ。ワシもそう思うぞ」

「それはもう、真矢次第よねぇ」

「そうですね。確かに私次第かもしれません」

〈そっ、そそそ、そんなぁ〜〉


 もういっそこのままノートパソコンは呪物蔵に——、と、そこにいる生者達が考え始めた時だった。


 カイリの膝の上から咲人の小さな手がノートパソコンのトラックパッドに伸び、「あぁーっ」という可愛い声と共に、タンッ、と小さくトラックパッドを鳴らした。


 真矢は反射的に目を細め、「え?」と、目を瞬かせる。今、咲人の手から一瞬、フラッシュを焚いたような眩い光が発せられた気がした。部屋の照明のせい? いや、でも、今、確かに——。


 真矢が「ねぇ、いまさ」と、カイリに言った時だった。真矢の背後から「もぉーサクちゃん、ダメよぉ、そんな汚い物触ったらっ」と愛の声がして、真矢はその先を飲み込む。


 愛は「カイ君、サクちゃん返して」と咲人に向かって腕を伸ばしていた。が、カイリは「ちょっと待って」と、パソコン画面を凝視したまま手で愛を制し、「ちょっとこれ見て」とパソコン画面を指さした。


 全員の視線がパソコン画面に向く。


 パソコン画面には先ほどまでのハレンチな動画タイトル群は消え失せ、代わりにひとつの動画ファイルが開いていた。画面一杯に開いた動画ファイルは真っ黒で、でも、再生バーは動いている。


 呪呪ノ助が〈はうぅ〜、はやく消さないとタイトル時点でR指定ですぅ〜〉と頬を赤らめおろおろし始めた。真矢は眉間に皺を寄せると、嫌悪感満載の声で「佐藤清の幽霊がこの動画はR指定だと言ってます」と皆に伝えた。


 ——が。


 カイリは表情を雲らせ、「これ、かも、しれない……」と注連縄を握りしめながら、苦しげな声を出した。


 




 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る