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「ヴァンパイヤが芦屋雪乃のパソコンに潜り込んで、それらしいモン見つけたっぽいんスけどね——」
鬼角の話によると、眠り続ける女子高生、芦屋雪乃は、自宅のパソコンで度々『呪い代行業』のサイトを見ていたという。
「ここっス」と、鬼角は、ホラーな雰囲気のページを左上の画面に拡大する。そこには、和蝋燭の炎の写真と、『呪い代行
その他三枚の画面には、ポップアップ広告みたいに、色々な画像が何枚も何枚も、上がってきている。そのどれもがきっと、鬼角のハッキング仲間、ヴァンパイヤがリアルタイムで送ってくるリンク先だと、真矢は思った。
「度々ここで『デジタル呪いの藁人形』って商品を閲覧してたっぽくって。とりま、スクロールしてくっス」
鬼角が左上の画面に映る『呪い代行 呪祷会』のホームページを下へ下へとゆっくり動かしていく。
『呪い代行 呪祷会』のホームページには、黒い背景に赤文字で『交際相手との復縁』や、『縁切り』の他に、『いじめの仕返し』『友人知人の裏切りに対しての復讐』『憎い相手をどん底へ』『パワハラ上司へ復讐』『商売敵を倒産へ』などなどの文字が羅列している。人の不幸を望むなんて、なんとも不謹慎かつ不愉快なサイトだと、真矢は思った。
「よくある感じっスねー」鬼角は画面をさらにスクロールしていく。呪いの種類と料金を紹介している部分を通りすぎ、『経験者の声』なるものが画面を埋め尽くす。真矢は、こんなに依頼した人がいるのかと、驚きながら見ていた。
「こんな感じのサイトっスね」鬼角がスクロールしていた手を止める。高速スクロールで画面が巻き戻り、最後に出てきたのは『デジタル呪いの藁人形』の商品ページだった。
燃える藁人形の写真の上には白い文字で『最短一ヶ月で呪い成就』と書いてある。
真矢は「うわぁ」と肩を竦める。「こんな商売あるんだ」と口に出すと、鬼角は「へっ?」と虚をつかれた感じで「全然あるっスよ?」と真矢の顔を見た。
「いまどき、ふつーっスよ。結構依頼してる人いるし」
「まじか」真矢は唖然とする。誰かを恨み、呪う。それを代行する仕事が存在するなんて信じられない。
人を呪わば穴二つと言うし、呪いのエネルギーは必ず自分に返ってくるのでは?
それなのに、こんなカジュアルな感じで人を呪うのかと、真矢は少し薄寒くなる。
しかもネットで頼めるとは……。
「ないわぁ」
真矢はふるふると顎を振る。鬼角の向こう側からカイリが「あのね、真矢ちゃん」と、指を二本立てて説明を始めた。
「人を呪わば穴二つ。でも、呪いをかけるのが自分じゃなかったら、自分に呪いは返ってこない。それに素人がやるよりも、呪術師に頼めば、より強力な呪いを安心してかけれるでしょ? というわけで、こういう商売が成り立つってことだよ」
「そっス、そっス」
「依頼者はお金を払って呪術師に呪ってもらう。あとはその結果を待てばいい。呪術の方法で呪いの強度も変わるから、金額もそれ相応になっている。要は怨恨の晴らし方も金次第ってこと」
「そうはいっても、呪禁師や祈祷師に頼むってのは昔からっすよねー。平安時代だとお偉いさんは役所勤めの
真矢はなにがなんだか話がよく理解ができない。反対に呪呪ノ助は生前が呪物収集家なので、肩を揺らして嬉しそうだ。真矢の横で腕を組み、〈陰陽師で超有名なのは、やっぱり
〈あと有名なとこでいうと、安倍晴明のライバル、
「なるほど」とりあえず真矢は頷く。
呪呪ノ助の話の中で真矢が理解できた言葉は「安倍晴明」と「陰陽師」くらいだったけど、昔々から日本には『呪い代行業』があったということは、間違いなさそうだ。
「素人じゃ呪術は使えないっスからねー。ネットが普及する前は、知る人ぞ知る呪い代行業だったと思うんすけど、いまやネットのおかげで、一般人もコンタクトがしやすくなったっスね」
「ネットだと依頼者は匿名でいいし、誰かに呪いをかけること自体のハードルが低くなってるよねー」
さも当然といった感じの二人に「え、でも」と真矢は疑問をぶつける。
「それだと、人を呪わば穴二つなんだから、この呪い代行業者の人が呪われるんじゃないの? それも、依頼数の分」
カイリと鬼角は顔を見合わせる。二人は「マジか」と声を合わせ、二人同時に「そこから?」と真矢を見た。真矢はなんだか馬鹿にされた気分で「そこからってなによ」と二人に返す。呪呪ノ助は〈本当、そこからって感じですよねーっ〉とカイリと鬼角の背後に立っていた。
むう。真矢は口を尖らせる。
「だって、人を呪いたいなんて思ったことないしっ」
「本当にっスか?」鬼角はデスクからレモネードの瓶を取り上げ、グビグビ音を立てて飲み干すと、「人間生きてりゃ呪いたい相手のひとりくらいはいるっしょ」と、空の瓶をコトンとテーブルに戻した。
真矢は「えー、いないよそんな人」と返す。鬼角は「ひとりもっスか?」と不審がる。
「過去にもっスか?」
「え……、あ、うん、多分?」
「多分」と答えた真矢の脳裏に、昔々、イベント司会業をしていた時の女社長の顔が浮かび上がる。罵詈雑言のパワハラに、機嫌が悪い時は連絡しても完全無視。おまけにピンハネ率が高くてがめつかった。クライアントのおじさん相手に、無理矢理コンパニオンをさせられたこともある。
あー、思い出しただけで、ムカムカしてくる。
あの当時、あの社長に対して、マジコイツ死んでくれないかなと思ったことは一度や二度ではない。
胸の内に怒りのエネルギーが復活した真矢は、「やっぱいるかも」とイライラを吐き出す。鬼角は嬉しそうに「でしょー」と椅子から身体を少し起こし、「大なり小なり、生きてりゃ呪いたい相手くらいいるっスよ」と、したり顔で笑った。
「でも、いまは本当にそういう人はいない。絶対。誓って」
「へぇー、本当ですかぁー?」
椅子に座る鬼角は、真矢を見上げ首を傾げる。
なんだその疑うような視線は。それになんだか癪に障る言い方だ。と、真矢が思っていると、カイリが「鬼ちゃん」と鬼角の肩に手を置いて、話に割って入った。
「真矢ちゃんはこの間まで葬儀会社で働いてて、人の死に近い場所にいたんですよ。だから、色々な家族の色々な最後を見てきてて、結構人間できてるはずです。
それに、僕は昔の真矢ちゃんは知らないけど、僕が知ってる真矢ちゃんは、棚橋さんと同じくらい誠実で、人を呪うってタイプじゃないですよ」
おお、お前、なかなかいいこと言うな。真矢は頭をうんうん上下させる。「棚橋さんと同じくらい誠実」というキーワードはかなりの説得力がある。真矢は少しだけカイリを見直して、口元が緩んだ。
「それに、真矢ちゃんはもう三十年も生きてるんですから。僕達よりも人生経験を積んでる分だけは、大人なはずです。ねっ、真矢ちゃんっ」
「カイリ君てさぁ、なんだかちょいちょい気に触る言いするよねー」
「はははっ。怒ると小皺が増えますよ。なんてたってもうさんじゅ——」
「まだ、に、じゅ、う、だ、いーっ」
カイリは「はいはーい」と両手をひらひらさせる。「もおっ」と振った真矢の手は空を切り、「真矢ちゃんの思考は読めますよー」とカイリに小馬鹿にされてしまった。
そんな二人の戯れを笑って見ていた鬼角は、「いい感じっスね」と顎を引く。真矢はふんっと鼻を鳴らして「いい感じじゃないしっ」と吐き捨てるが、鬼角は「そういう意味じゃないっスよ」と笑って、「呪いたい奴がいないってことっス」と付け足した。
「そこ、呪対班の肝っスからね」
「呪対班の肝?」真矢が訊くと、鬼角は「呪いたい相手がいる奴は、呪対班にはいらねーってことっスよ」と言った。「それにコイツらだって——」と鬼角がさっき立ち上げた『呪い代行業』のネットサイトを指差す。
「呪術と呪いは別モンなんで、本物の呪術師だったら、仕事以外で人を呪ったらダメだってわかってるっスよ」
「呪術師が、
「なるほど」真矢は頷く。そして妙に納得する。呪術師が呪術で自分の恨みを晴らしたら、それはもはや人ではなく、怨霊だ。
「それやっちゃうと身の破滅って知ってるからやらないんスよ。あー、まぁ、でも本物の呪術師って、そうそういないんスけどねー」
「ちなみに、こういう業者が本物かどうかを見極めるのは、僕の仕事」
「なるほど」真矢はまた頷く。なんてったってカイリは、山場先生御用達の呪力探知機だ。
「なんか、凄いね。二人とも詳しくって。私は全然そっち系は分かんない。ちなみにカイリ君はどうやって本物の業者か見分けるの?」
「呪力探知機と同じ原理ですよ。なんていうかこう、集中して見ていると、画面からもわもわとした黒っぽい藻みたいな感じの、いやーな気配が滲み出てくるんです」
「そうなんだ」
「悪意の篭った呪物とかは、暗い海の中で群生した昆布が揺れてるみたいに見えるし、最悪に気分が悪くなります。山場先生の土蔵なんて、真っ黒い昆布が縦横無尽に揺れ動いて見えるから、最悪の中の最悪です。絡んでくるんですよねっ。僕のこの美しい身体にっ。悪意を持った昆布どもがっ」
カイリはその時のことを思い出したのか両肘に手をまわし身を捩っている。真矢は「お気の毒様」と言添えた。
鬼角が「てなわけで」と、話を戻し、マウスをクリックして『デジタル呪いの藁人形』のページを開く。「これはどうなんスか?」とカイリに訊く。
「あー、うん」
カイリは両肘から手を離し、画面に向き直る。「そうだな」と、後ろで結んでいた髪を解き、くしゃくしゃと髪を手でかきまわしてから、もう一度後ろできつく結び直した。
真矢と鬼角は自然と口をつぐむ。〈なんかっ、かっこいいですっ〉という呪呪ノ助の緊迫感のない声は真矢にしか聞こえない。間接照明だけの仄暗い鬼角ルーム。画面の光に照れされたカイリの横顔はなんだか真剣だ。全身から発する気配も、心なしかピリッとした気がする。
真矢も左上の画面に目を向けた。
『デジタル呪いの藁人形』はごくごく一般的な藁人形の写真で、説明書きにはこう書いてあった。
『このデジタル呪いの藁人形は、呪祷会の呪術師が、ご注文後、依頼者様の怨念を呪力で組み込み製作する、唯一無二のデジタル藁人形です。
呪いたい相手の名前、生年月日、住所、呪いたい理由をできるだけ詳しくご注文フォームにお書きください。
詳細が詳しければ詳しいほど、デジタル藁人形は効果を発揮します。魘魅をかけたいお相手のお写真などあればさらに効果絶大です。
ご依頼者様の怨念を込め作成したデジタル呪いの藁人形は、専用アプリ内でスマホなどにダウンロードできます。ワンタップで五寸釘を一回打ち込むと同様の効果がありますので、日々のちょっとした隙間時間でも、憎い相手を呪うことができます』
「うわぁー……」言いながら真矢は自分の肩を抱く。なんというか、ものすごーく、粘着質で陰湿だ。特に、『日々のちょっとした隙間時間でも、憎い相手を呪うことができます』のくだりなんて最悪だ。
真矢は自然と『デジタル呪いの藁人形』の値段に目がいく。藁人形のデジタル写真一枚で——
「ごっ、五千円っ?!」
真矢は目をパチクリさせた。呪呪ノ助は〈値段分だけ効果があるんでしょうねぇ〜〉と納得顔だ。鬼角が「まー、あれっすね。限りなく詐欺っぽいっスねー」と背もたれに身を預け、大きく伸びをした。
カイリはまだ、顎に手を添えて上下左右四枚の画面をじっと見ている。——と、カイリは首を捻り、「このサイト自体は別にって感じだね」と言った。
「でもここ」カイリは右下の画面を指差す。鬼角は背もたれから身体を起こし、「ここっすか?」とその部分をクリックした。
右下の画面に大きく表示されたのは、ショッピングサイトの購入画面だった。黒くて長いストレートヘアーのウィッグは、販売価格が五百円。どうやら芦屋雪乃はそれを購入したらしい。
「このウィッグ、写真から漂う気配だけでも、激ヤバだよ」
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