「あったーっ!」


 鬼角ルームに鬼角の掠れた鼻声が響く。鬼角は部屋の隅に置いてあるアイテムボックスの前から立ち上がり、真矢とカイリのいるソファーまで「あったっス、あったっス」と、シルバーチェーンをチャラチャラ鳴らしながら、戻ってきた。


「これを班長に差し出して、カメラの回収完了ってことでイケるっス」


 鬼角が手を開き、二人に見せたのは黒くて小さい箱だった。


「棚橋さんの超激怖取り調べに鬼ちゃんが耐えられれば、きっと大丈夫だよ」真矢の隣、ソファーに身体を埋めたカイリはキザった感じで親指を立てる。鬼角は「そっスねーっ。でもそれは」とソファーに座る真矢の顔を見た。カイリも「そうだよね」と真矢の顔を見る。


 真矢は二人の顔を交互に見て「はい?」と小首を傾げる。二人はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて真矢のことを見ている。なんだろうか、この二人の不自然なまでの口角の上がり方は……。


 嫌な予感しかしないと、真矢は身を縮める。

 もしかして、まさか私に……?


「真矢ちゃんの言うことなら棚橋さんは信じるでしょうからね」カイリは真矢の予想通りのことを口にする。真矢は「いやいや」と首を振り、「巻き込まないでよ」とそっぽを向くが、向いた先には鬼角の顔があった。


 鬼角は大きな吊り目を見開いて、「真矢ちゃんも共犯っスよねー」とやけにゆっくりとした口調で言う。真矢は「うっ」と言葉に詰まり、いやいや待てよ、と断る理由を考える。


 ——が。


「勝手にどっかに行っちゃって、僕達の監視をしなかったのは真矢ちゃんです」カイリは冷淡な声で言う。鬼角も「そうっスよねーそうっスよねー」と腕を組み頷く。鬼角は真矢の隣にどかっと腰を下ろすと、「ってことで、これを渡しておきまスねっ」と真矢の手に小型カメラを握らせた。


「えっ、ちょまっ——」真矢が言い終わらないうちに、鬼角は「さーってとっ」とソファーから立ち上がる。パソコンデスクに向かい、ゲーミングチェアーに飛び乗るとくるっと椅子をまわし、パソコンと向き合った。カチ、音と共に、鬼角ルームのパソコン画面が上下左右四枚とも起動する。


「とりま、芦屋雪乃について追加情報きてないか確認するっス」と鬼角はキーボードを叩き始めた。背中を向けて作業する鬼角はなんだかシールドを張ってるみたいだ。さっきまでとは醸し出すオーラが違う。


 真矢は手の上に乗った盗撮カメラを見て、「マジで?」と声に出した。


〈ほわわぁ〉呪呪ノ助が真矢の目の前でしゃがみこみ、盗撮カメラを観察している。〈これ僕も持ってましたぁ。なっつかしいですーっ〉と言うので、真矢は呪呪ノ助を白い目で見る。真矢の白い目に気づいた呪呪ノ助は、ハッと顔をあげ、手をぶんぶん振りながら〈違いますよっ違いますよっ。誰かを盗撮するのに使ったんではないですよーっ〉と必死に弁解している。真矢は「ふうーん」とさらに冷めた目を呪呪ノ助に向けた。


〈信じてくださいよぉ。本当なんですよぉ。僕の部屋でポルターガイストが起きないかを調べるときに使ったんですってばぁー〉


「ポルターガイスト?」真矢は眉を潜め呪呪ノ助に訊き返す。隣に座るカイリが「ポルターガイスト?」と真矢に訊き返した。


 呪呪ノ助の声は真矢以外は聞こえない。真矢は「あー、うん」と顎を引き、「ここにいる佐藤清さんの幽霊がね」と呪呪ノ助が言ったまんまをカイリに伝えた。


「へぇー。ポルターガイストの撮影に盗撮カメラをねー。なるほど。幽霊に気づかれないように設置したかったってことなんですよね。きっと」

〈そうですそうですっ。さっすがお顔の綺麗なお兄さんですぅー。その通りなんですよーっ〉


「で、それでポルターガイスト現象は撮れたの?」カイリが口に出すと呪呪ノ助は肩を落とし、〈一度も撮れませんでしたぁ……〉と首を振った。


「一度も撮れなかったって言ってる」真矢はカイリに通訳する。カイリは「へぇ」と顎を軽く持ち上げ、「でも僕が呪力探知機したときは、動く系の人形が一体あったんだけどなぁ」と言った。


 呪呪ノ助が〈え?〉と声を漏らす。信じられないという顔をして、それからパッと顔を輝かせ〈そっ、それはっ、本当ですかっ〉と興奮した様子でカイリに詰め寄った。カイリは整った鼻梁に指を当て「なんか、臭う……」と怪訝な顔をする。ポケットに手を突っ込みかけたカイリに、真矢は「待った」をかけた。


〈それは一体、どの子だったんですかっ?!〉呪呪ノ助は大興奮でカイリにさらに詰め寄っている。その顔と顔の距離わずか十センチ。カイリは幽霊が見えなくて良かったなと、真矢は心から思った。もし見えてたなら、発狂ものだ。


 真矢はカイリに「ちょっと話聞いてみるから、一旦消臭スプレー待ってあげて」と言い、呪呪ノ助に「で?」と話を促した。呪呪ノ助は〈あぅ〉と、顔をキラキラ輝かせ、両手を祈りのポーズで組んだ。真矢にずいっと顔を寄せる。真矢はその分だけ身を引いた。


〈美しいお兄さんに聞いてくださいーっ、一体どの子だったのかをっ〉

「どの人形が動く人形だったのか、教えて欲しいって言ってるよ」


「えー、どんなだったかなぁ」カイリは天井を仰ぐ。つんとした白い顎先に手を当てて、「うぅむぅー」と、ちょっと嫌そうに思い出している。


 呪呪ノ助は〈呪われた赤ちゃん人形のキャサリンちゃんでしょうか? あぁ、それとも、ブードゥー人形のプーちゃんでしょうか? いや、それともあれかな、珍しい布製の日本人形、お静ちゃんでしょうかっ!?〉と次々と呪物名をあげていく。真矢はこりゃダメだと首を振り、カイリに「どんな人形だったか思い出せる?」と呪呪ノ助のセリフを省略した。


「うーん、確か、人形なのかも怪しい、木でできたこれくらいのちっこい——」

〈ああーっ! それはーっ!〉


 カイリの言葉を最後まで聞かず、呪呪ノ助は〈まさかまさかのーっ〉天井まで飛び上がる。どうやら自分の呪物コレクションに、動く系の人形があったことが嬉しくて、まさに天にも登る気持ちのようだ。


 呪呪ノ助は部屋の中をぐるぐる回遊しながら、〈あれはですねー、たまたま旅行先で出会ったんですよー。滋賀県の琵琶湖に浮かぶ島の島民にもらったものでっ。実は僕っ、あの呪物は半信半疑だったんですよねっ。あぁ〜、でもでも——〉


 話がやけに長くなりそうなので、真矢は呪呪ノ助から視線を外した。カイリに「なんか佐藤清さんの幽霊がもの凄く喜んでる」と伝える。カイリは眉間に皺を寄せ「呪物コレクターの気持ちは僕には絶対分からない」と肩を竦めた。「同じく」真矢は顎を引く。その後で、「じゃあ、その木彫りの人形が、最強呪物だったんだ」と訊く。カイリは「いや」と首を振った。


「違うの?」

「うん、それは動く系ってだけで、最強で最悪だったのは——」


「えっと、確か——」と、カイリはこめかみに指を当て苦々しい顔をする。真矢は思い出した。呪力探知機をした後のカイリは、可哀想なくらい衰弱してしまうことを。もしかしたら、思い出すだけでも辛いのかもしれない。


 でも確か、と真矢はまた思う。呪力の篭った本物として、山場先生が布に包んで土蔵に運んで行ったのは、そんなになかったはずだ。


 ——と、そんなことを真矢が思い出してると、カイリが「あぁ、そうだ」とこめかみから指を外した。真矢に向き直り「凄い呪力であれはヤバかった」と言う。真矢が、なんだったのかと尋ねると、カイリはパソコンだと答えた。「パソコンが?」真矢は信じられないという声を出す。


「あー、真矢ちゃん。パソコンはパソコンなんだけど、正確には、中に入ってるデジタル呪物だよ」


 薄暗い鬼角ルーム。真矢の「デジタル呪物?」と、鬼角の「デジタル呪物っスねー」が被る。


「え?」と、鬼角のいる方に顔を向けた真矢の耳に、呪呪ノ助の〈へ? デジタ、る、じゅ、ぶつ?〉という間抜けな声が聞こえた。





 


 

 

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