「で、真矢ちゃんは一体いままでなにをやってたんですかーっ」


 黒服の王子様、カイリが仁王立ちで怒っている。晴々とした青空の下、真矢はカイリに叱られていた。北風が容赦なく真矢の頬を叩いていく。真矢は「とりあえず、車に乗ろっ」と言い、ピピッと車のロックを外した。


「あー、寒い。寒すぎるっ」鬼角が肩を震わせ後部座席に乗り込む。カイリも「どんだけ待たせるんですかっ」と吐き捨てながら助手席に乗り込む。真矢は「ちょっと色々あったもんで」と、もごもご言いながら、車の運転席に乗り込んだ。早速エンジンボタンを押し、手に持っていた重たいレジ袋をカイリに手渡す。


「なんですかこれは」レジ袋を受け取ったカイリが中を覗く。真矢は「レモネード。美味しいよ」と、レジ袋からレモンの絵がついている黄色い瓶を取り出した。


「レモネードっスか?」鬼角が後部座席から顔を出す。真矢は「うん、そう。売店で買ってきた」と、手に持っているレモネードを鬼角に手渡した。


「ウィーッス。やりぃ。俺、レモネードバッカ好きっスよ」鬼角がレモネードのキャップをプシっと開ける。真矢は、「それは良かった良かった」と、軽ーい口調で答えた。


 カイリが訝しげに「で、なんでまたレモネードをこんなに沢山買ってきたんですか?」と訊く。真矢は、「あー、ね」と短く答え、「カイリ君も一本どーぞ」と言いながら車のアクセルをゆっくり踏んだ。


 真矢が病院の売店で買ってきたレモネードは、『小児がんの子供達を支援する活動』として売られていたものだ。販売していた黄色いエプロンの女性によると、レモネードスタンド活動の元祖は、アメリカだという。


 真矢は知らなかったのだが、アメリカでは子供たちがお金の仕組みを学んだり、お小遣い稼ぎをする文化として、『レモネードスタンド』なるものがあるらしい。それが、いつの頃からか、『レモネードスタンド』で売り上げたお金を、小児がんの治療費として寄付をする社会貢献活動に発展し、アメリカ全土に広がっているのだとか。


 たまたま通りかかった売店で、真矢が見つけたレモネードは、その日本版だった。


 真矢は売店で黄色い看板を見た瞬間、思った。これなら私でも協力できるかも、と。ちなみにレモネードは一本二百円で、真矢はお財布の限界までレモネードを買ってきた。とはいえ、現在無職の真矢は、十本しか買えなかったのだが……。


 鳩山総合病院の駐車場を出ながら真矢は思う。


 昏睡状態から目覚めたカリンちゃんに残された時間は、短いかもしれない。でも、一時的にでも意識が回復したことで、カリンちゃんはお母さんから直接、誕生日プレゼントのお礼が聞けるはず。きっとそれは、カリンちゃんの家族にとって、永遠に心に残り続ける、とても尊い時間なのだ。


 なんだか静かだなと思っていた呪呪ノ助が〈ぐすぐす〉と後部座席で鼻を鳴らす。鬼角の隣に座る呪呪ノ助は、カリンちゃんが目覚めてからずーっとこの調子だ。


 助手席のカイリが「鬼ちゃんこれ重いから」と、鬼角にレモネードの瓶が入ったレジ袋を渡す。鬼角は「ウィーッス」とそれを受け取って、自分の隣にどさっと置いた。真矢はルームミラーで後部座席を見る。レジ袋の中のレモネードの瓶が、絶妙な感じで呪呪ノ助の股間の辺りに……。


「鬼門君、良かったらそのレモネード全部もらってくれていいよー」

「えっ、まじっスかっ。やりぃ」


「それで?」真矢は話を切り替えた。


「ちゃんとカメラは回収できたの?」


「あー、ネッ。それなんスけどー」鬼角がレモネードをぐびっと飲んでから続きを話す。


「やー、なんか俺達目立ちすぎてたみたいでー」


 あ、うん、知ってる、と真矢は思う。「で?」と続きを促すと、鬼角は「部外者は出てけって、怖いおばさんにマジ叱られてダメだったんスよねー」と歌うような口振りで答えた。真矢の脳裏に、怖いバーションの棚橋の顔が浮かぶ。


「大丈夫っスよ。班長には撤収完了って言っとくんで」


 助手席のカイリがレモネードの蓋を開け「それにさ真矢ちゃん」と言い訳を繰り広げる。


「監視カメラの存在を知ってるのは僕達だけだし、芦屋雪乃の病室をこの後も見れるってことは、ある意味便利だと思うんだよね」

「便利?」

「そうそう。だって、目覚めたかどうかとか、一目瞭然でしょ」

「あー、まあ、そうかもだけど……」


 でも、棚橋さんにバレたら絶対に怒られる案件だと真矢は思った。多分、真矢は叱られないとは思うけど。それでも自分も共犯者の気分だ。


「てか」後部座席の鬼角が鼻声で言う。


「芦屋雪乃の病室、面会謝絶の看板ついてたんスよねー。それに、あの怖いおばさん看護師が常に病棟に目を光らせてるわけっしょ? それなのに、ヴァンパイヤが監視カメラ置けたことが、俺ん中で超謎っスわー」

「あっ、鬼ちゃんそれ僕も思った。病院って結構厳重に管理されてるよねー」

「そそっ。まー、俺ら、明らかに部外者に見えたんすかねー」


 二人の会話を聞きながら、その通りだと真矢は思った。お前達、病院にいく格好じゃない気がするぞ。でも、真矢はめんどくさいのでそこはなにも言わなかった。


 二人は楽しそうに話しを続けている。真矢は運転に集中しながら、それにしても——、と思った。隣のカイリをチラ見して、次いで、ルームミラー越しに鬼角を見る。隣に座るおじさん幽霊と目が合って、真矢は視線を前方に戻す。


 クールな黒服の王子様と、チャラい鬼。強面の刑事さんとシンデレラ城。さらには、冴えないおじさん幽霊と謎のハッカー、ヴァンパイヤ。なかなかキャラが濃ゆい呪対班だ。ならば、次に加わるメンバーはなにがいいだろう。


 ——魔女とか? 


 真矢の脳内で妄想が膨らんでいく。皐月ママはある意味魔女だけど、どっちかっていうとおばさん魔女のイメージだ。それに山場先生は美しすぎる山姥枠だし、小柄な山場先生を魔女にするとなると、猫耳帽子の可愛い感じなってしまう。そうじゃなく、もっとこう、スタイルのいい、ゴージャスな魔女の方がこのメンバーには似合う気がする……。


 真矢は「え、私?」と口の中だけで呟いて、女の価値は乳の大きさで決まることを思い出す。……ならば私はゴージャスな魔女になれない。


 ——いや、意外とイケるかも?


 自分がゴージャスな魔女になるのを想像し、「私、なにを馬鹿な妄想してるんだろう」と、真矢が苦笑した時だった。助手席のカイリがポケットからスマホを取り出した。


 カイリは「やばぁ……」と声を漏らし、震えるスマホ画面を見つめている。後部座席から鬼角が「どっかしたっスか」と顔を出した。カイリは鬼角にスマホ画面を「ほら」と見せる。鬼角が「うわっ」と後部座席に引っ込んで、自分の肩を抱きながら、「監視カメラは撤収完了って伝えてくださいよーっ」と言った。

 

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