——東京駅。


 指定された八重洲中央口の改札を出ると、待ち合わせの相手はすぐに見つかった。近くの壁にもたれ、スマホで何かを検索している。黒ずくめのモード系ファッション。もじゃもじゃの長い髪を後ろに束ねた美しい顔。全身から一般人じゃないオーラが駄々漏れすぎている。現に、元パリコレモデルなのだから一般人ではないのだけれど……


「うわぁ、なにあのイケメンっ」若い女性の声がして、視線を向けた。見ると、案の定、真矢の待ち合わせの相手、木崎海きさきかい——通称:カイリ——のことを指差している。真矢の横を、「え、ゲーノージンかなぁ。東京だしぃ」と、若い女性が二人、通り過ぎていく。


 二人は歩きながらカイリにスマホを向けている。カラカラと小ぶりなスーツケースを引いているところを見ると、自分と同じく、地方から出てきた旅行者なのかもしれない。真矢は二人の様子を目で追って、「え、でも、それって盗撮だよね?」と眉を潜めた。二人はきゃあきゃあじゃれあいながら真矢の視界の外に消えていく。よく見ると、周辺にいる他の人々もカイリのことをチラチラみていた。


「カイリ君もさぁ、目立つんだからマスクとかしてくればいいのに」


「全く」真矢はため息まじりに毒づく。それでもカイリと久しぶりに会えることは嬉しかった。カイリが元気そうでよかったと、自然と頬が緩む。九歳年下の友人で、黄泉の国に共に足を踏み入れた仲間。それがカイリだった。


 カラカラと小ぶりなスーツケースを引き、真矢は足を進めた。今回真矢が東京に来たのは、カイリに《葬儀会社辞めることにした》とLINEしたのがきっかけだった。


《それなら久しぶりに東京に来ませんか? 新幹線のチケット送りますね!》


 新幹線のチケットは程なくして真矢の自宅に届いた。それもグリーン車のチケットだった。真矢は初めてグリーン車に乗った。あんまりにも座り心地が良すぎて寝落ちし、悪夢を見たのは予想外だったが。


 真矢はカイリのそばまで行くと、少し緊張しながら「久しぶり」と声をかけた。「あ、真矢ちゃん」カイリはスマホから視線を真矢に向ける。一年前となにも変わらない。透明感のある美しい肌、目鼻立ちの整った顔。相変わらず、美しい。カイリは現実離れした『王子様的存在感』をふんだんに溢れさせている。


 ——と、「ちょっと真矢ちゃん」カイリは整った眉の間に縦皺を作った。スマホをコートのポケット入れながら、上から下まで真矢の服装を眺める。


「今日の夜ディナーに行くって、僕、LINE送りましたよね? その服はなんなんですか?」

「え?」


 真矢は「なんか変?」と、自分の身体に視線を這わす。茶色ベースのチェックのコートは少し肩が落ちるデザインで、その中には青いセーターを着ている。細身のジーパンに、足元はアマゾンのブラックフライデーで購入した黒いムートンブーツだ。ちなみに、このブーツは今日初めて履く。別に、おかしい服を着てきたわけではない。というか、一応東京に行くのだからと、真矢はそれなりに考えてきた。頑張りすぎると、明らかに田舎から出てきたお登りさんになってしまうと思って。


「そのスーツケースの中に入ってるんですよね?」カイリは怪訝な声でさらに聞く。真矢はその意味するところがいまいち分からないという顔をして、「なにが?」と聞き返した。


「ディナーに行くための服装ですよ。まさか、ジーパンにムートンブーツで行くつもりじゃないですよね?」


「え……?」真矢の血の気が少しひく。スーツケースの中には同じようにラフな格好しか入っていない。


「え? じゃないでしょ。僕、言いませんでしたっけ? 今日のディナーはちょっとしたお店だからって。それに、宿泊先として僕が用意したホテルも大手町にある結構な場所ですよ?」


 真矢はカイリと交わしたLINEを思い出す。確かにディナーに行くと書いてあったけれど、いつものキザった言い方だと思っていた。


「居酒屋とかじゃないの?」真矢の問いに、カイリは目を瞑って顎を左右に振った。「あちゃー」と漫画なら吹き出しが出そうな顔をして手で額を押さえ、「もっとちゃんと言っとくべきだった」と天を仰ぐ。その作り物めいたオーバーな仕草に今度は真矢が眉間に皺を寄せた。


「ねぇ、その態度おかしくない? なんか、私ものすごいダメな人みたいじゃん」

「真矢ちゃん、一体僕を誰だと思ってるんですか? 洋服ブランドキサキマツシタの会長ですよ? 真矢ちゃんを東京に招くのに、やっすい居酒屋やビジネスホテルを用意するわけないでしょう?」

「会長って言っても名ばかりで、実際は現役の大学生じゃん」

「はぁ〜、もうわかってないなぁ」


 カイリは額から手を剥がすと、「一年ぶりですよ?」と真矢の顔を覗き込む。


「判で押したように毎月一回、《元気?》って生存確認みたいに短いLINEをよこすだけで、僕に電話もしてこない」


「カイリ君だって《元気です》って返してくるだけじゃん」言いながら真矢は身体を後ろに引いた。周りの視線がなんだか刺さるような気がするのは気のせいか。いや……、多分、気のせいではない。アラサーの田舎臭い女と黒ずくめの王子様がちょっとした痴話喧嘩をしてるように見られているはずだ。


「元気なんだから、《元気です》って返してるだけですよ」カイリは真矢に一歩詰め寄る。「同じじゃん」と真矢はさらに一歩後ずさる。


「同じじゃないですよ。《元気です》って返して《よかった。じゃあね》って返信きたらどう思います? あ、ここでこのLINEの会話終わりだなって思うでしょ」

「だって元気ならそれでいいじゃん。それに自分からは連絡してこないくせにそれいう?」

「僕からは連絡しにくいですよ。真矢ちゃんにとって無関係な事件に巻き込んだ挙句、恐ろしい目に合わせたんだから」


 一年前。カイリは真矢をとある事件に巻き込んだ。それは事実だ。でも、それを真矢は気にしてはいない。そのせいで、死者が見えるようになったこと。そのせいで、葬儀会社に勤めているのが辛くなったこと。真矢はカイリにそのことを話してはいないし、カイリのせいだと責める気持ちはない。


「なに、そのこと気にしてたの?」


「そりゃあ、まぁ……」カイリは肩を竦め、顔を横に向けた。唇を少し尖らせている。長い睫毛が数度瞬き、それが「ごめんね」と言葉を発しているように見えた。


「じゃあ、今日はその罪滅ぼしに豪華なディナーを用意してくれたってこと?」


「あ、えっと……、まぁ、そうですね」と、カイリは整った鼻梁を指で掻いた。なんだか今、変な間があった気がするのは気のせいだろうか。


「とにかく。その服装じゃちょっと恥ずかしい気がするので、そこのマルダイで洋服買ってからいきましょう」

「マルダイ?」

「真矢ちゃんの住んでるとこにはないですよね。マルダイ。有名な百貨店ですよ。ドレスコードに合うブランドものの洋服売ってますから買ってから出かけましょう」

「ドレスコードにブランド? でもそんなこと急に言われても私、お金——」

「——もちろん僕がプレゼントしますよ。こう見えて僕、お金は結構持ってるんです」


 それはお前の稼いだお金じゃないだろう? と、思ったけど、真矢はそれは言わないでおいた。幼い頃に両親を列車事故で亡くし、親代わりに育ててくれた姉を呪殺されたカイリは、天涯孤独。たった一人なのだ。だから、家族が残してくれたお金をカイリが自由に使うのは悪いことじゃないと、真矢は思った。


 ……思ったよ?

 思ったけどさ……?


 マルダイ六階の婦人服売り場。有名ブランドが軒を連ねるフロアでカイリに連れ込まれたのは、カイリが会長を務めるモード系のファッションブランド、キサキマツシタのショップだった。使い道の分からない無数のポケット。切り返しの多いひらひらした黒い服。さらには、真矢の一ヶ月分の給料が軽くとぶ、柔らかくて黒光りする皮のブーツ。


「うんうん、真矢ちゃんはその格好がやっぱり一番似合いますよ」

「そうだろうか……」


 ——絶対地元じゃ着れない服だ……。


 かくして真矢は、カイリとペアルックのような格好になり、大手町にある外資系高級ホテルにチェックインしたのだった。



 






 


 

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