第18話 『悪役令嬢』【瑤視点】

「……腹が減った。それにひどく冷える」

「……服、着なさいよ。寒いのは当たり前よ」


 パンツ一丁のジョルジュに、はるかは呆れ顔だ。


 彼女らは今、どことも分からない山の中を彷徨さまよっている。二人ともボロボロで、これで『王国の者』だと言っても誰も信じないだろう(切実)


 結愛ゆうなにした仕打ちが、そのままかえってきた。もっとも彼女らの場合、自業自得だし誰も助けたいなどと思わない。


 瑤は念入りに水浴びをした。ジョルジュも臭うからという理由で、三分間の水浴びを許した。それから暖を取る為、枝などを集めてもらった。


「……まさかこんな事になるなんてね。そろそろ『お遊び』は止めようと思うわ」

「ん? ハルカよ、そう言うからには『勝算』はあったのか?」


 ジョルジュに瑤は、当然でしょ? と言い切った。


「星見 結愛は、鑑定の他に何か隠し持ってるわ。あの娘と直接、相対して分かったもの。それは私も同じよ」

「何……!? ユウナもだが、ハルカもか? そのような大事、なぜ今まで黙っていた!?」


 食いつくジョルジュに瑤は、訊かれなかったからよと涼しい顔だ。


「……とどのつまり、出し惜しみをしなければ勝てたと?」

「あら? あっさり『決着』がついたら、つまらないでしょ。それに『切り札』は、最後・・まで見せないものよ」


 淡々としている瑤を、ジョルジュはまじまじと見つめた。


「ん? 私の顔に何かついてるかしら?」


「いや……今さらだが、私はハルカのことをあまり知らないなと。君は自分のことを、あまり語らないしな」


「つまらない話だけど、聞きたいの? フフ、私に興味を持つ人間がいるなんてね」


 ジョルジュが頷いたので、瑤は静かに語り出した。



 瑤は父親が大企業の経営者、母親は外交官と屈指のエリート一家だ。

 瑤も両親から「欲しいものは、実力で掴み取れ」という教育を徹底され、幼い頃から大人も注目するほどの結果を出してきた。


 瑤は他には脇目も振らず、ひたすら両親の言いつけを守ってきた。幼心ながら『期待外れ』と思われ、見くびられるのを彼女は心底嫌った。


 それまでの瑤にとって、世界は全て『決まりきった』ことを実行するだけだった。現にそれで上手くいってきたし、周りも「流石は西蓮寺家のご息女だ」と納得していた。


 なんの代わり映えもない日々。瑤はいつも通り、自らに課せられた『義務』をこなしていた。学校から進学塾に向かう途中……あの『召還』があるまでは。


 最初は『冗談』だと思った。瑤にとって、この世界の出来事を受け入れるのは時間が掛かった。

 元の世界と同じように、淡々とこなしていればいずれは還れる。そう思っていた……『昨日』までは。


 まさか異なる世界で、“壁”にぶつかるとは。今回の出来事は、瑤にとって『衝撃』だった。

 同時に生まれて初めて、“目標”が出来た。このまま、元の世界に『逃げ帰る』わけにはいかない。星見 結愛を、完膚なきまで『屈服』させないと。



「……以上よ。つまらなかったでしょ? どうしたのジョルジュ? 鳩が豆鉄砲を受けたみたいな顔をして」

「あ……ああ。なんだか『境遇』が私に似てるな……と思ってな」


「境遇……? もしかして、あの『ジョッシュ』のこと?」


「そうだ。私は生まれてから、何もかも弟に劣っていた。父上からも、何故お前は弟に勝てぬのか? 長兄ちょうけいとして、恥ずかしくないのか? と、何度も公然で叱責を受けた。その度、周りからも嘲笑されたものよ」


 顔を歪めるジョルジュに、瑤は「成程ね」と呟いた。


「つまり、私たちには『共通』の敵がいるわけね。ジョルジュ……あなただって、このまま終わるつもりはないんでしょ? 帰ったら、私のちょっとした『トレーニング』に付き合いなさいな」


「いいだろう。急にヤル気を出したな?」

「そうかしら。ねぇジョルジュ、知ってる? 私みたいなのを『悪役令嬢』と呼ぶらしいわ」


 ジョルジュは、「アクヤク……? なんだそれは??」と首を傾げた。


「つい最近知ったのよ。あなたに召還されなかったら、一生知ることもなかったでしょう。別に不都合もないしね。フフ……『面白く』なってきたじゃない。どうせなら、完璧・・ってみせるわ」


 不敵な笑みを浮かべる瑤。ジョルジュは、言いにくそうに口を開いた。


「ウ……ウム。大変結構だが、まずは『無事に』王国に帰ることを考えた方がよいな」

「なんですって……? 王国まで『最短』でどれくらいなの?」


 ジョルジュは「休むことなく歩き続けて、ざっと『一週間』といったところだ」と、真顔で言った。

 瑤は一瞬で『現実』に引き戻され、打倒結愛は『はるか先』と思い知らされた。

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