第9話 『温もり』

――パキ。


 体を支えている木の枝が折れて、私は危うく転びそうになった。空腹が限界突破して、正直よく立ってられるなって思った。

 ひらけた場所に、立派な一軒家が建っていた。こんな山奥に……? 私は遠目で、様子を見ることにした。


「ふぅ……婆さんや。今、帰ったぞい」

「まぁまぁお爺さん、いつもご苦労さんだねぇ」


 人が良さそうな老夫婦が、仲睦まじくしていた。この家の人だろうね。うぅ……なんだかあの一軒家が、お菓子の家に見えてきたよぅ(´ρ`)

 いよいよ『幻覚』まで見えてきちゃった。私は意識があるうち、脳内会議を開いた。



――私A『うぅ……もう限界だよぅ。あのご夫婦、人が良さそうだし頼み込めば、一泊くらいさせてもらえるかも』


――私B『それは、楽観過ぎるんじゃない? それに、いきなり押し掛けるなんて迷惑だよ』


――私C『でも、もう歩く気力もないよぅ。ダメ元で頼んでみようよ』


――私D『一理あるね。やってみる価値はあると思う。必ず後でお礼をしよう』



 とりあえず、お願いするだけ……あれれ? ここで私の意識は暗転した。体に力が……



 …………………………………………



「――ハッ!?」

「おやまぁ。目を覚ましたかい?」


 私が意識を取り戻すと、見知らぬ天井が見えた。暖炉の薪がぜて、外とは別世界みたいに暖かい。

 体を起こすと、優しそうなお婆さんが温かいスープを差し出してくれた。


「ここは……?」

「おぉ、無事じゃったか。いやはや、間に合って良かったわい」


 部屋にお爺さんが入ってきて、ベレー帽を脱いだ。もしかして、私を助けてくれたの……?


「お前さんは、ワシらの家の前で倒れてのぅ。低体温症と栄養失調が深刻じゃったから、ワシが急遽保護したのじゃ」


……やっぱり、そうだったんだ。


「あの……見ず知らずの私を助けていただき、ありがとうございます。その……今はお礼をすることが出来ませんが……」


「いいんだよ。そんなことは気にしなくて」


 お婆さんは私の頬に触れて、優しく諭した。


 …………ぁ…………


「お前さんにも、色々と事情があるじゃろうて。ここで出会えたのも、何かの縁じゃ。ワシらは特に詮索もせん。ゆっくりと休むがええ」


「で……でも!」


「アンタはまだ若いし、生き急ぐこともない。人生には、“立ち止まる”ことも必要さ。今までよく耐えたね……傷ついた羽を休めておくれ」


「…………っ!」


 気がつけば、私は大粒の涙を零していた。お婆さんはそんな私を優しく抱き締め、慰めてくれた。


 私は今まで『心が死んで』たんだ。王国で虐げられ、危うく『人間不信』になるところだった。

 でも、こんなにも『温かい』人たちがいるんだ。この世界も捨てたもんじゃない。必ずこの人たちに恩返しをしよう。


 

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