第33話 秘めたる愛の御方
Sentinelがご主人様に届くと周囲に凄まじい光を放つ。光の盾の輝きがどんどんご主人様の身体へと入り込んでいくようであった。
禍々しい大木はみるみるうちに生命力に満ちた元気な色へと変わっていく。
「ラァァァアアア…………!!!」
聞き覚えのある声がこちらへ向かってきた。海の魔女の固有魔法である。ここでは魔法は使えないのではなかったのか。
「あ……」
Sentinelを返してしまった私に防ぐ術はなかった。早く避けなければいけない。
だが凄まじい音の圧に体が足が震えて動くことができない。これは想定しなければしけない状況であった。
そもそも魔女たちはご主人様と私を会わせたくはなかったのだ。絶大な盾を失くした私はただの人間なのだ。そんな私を消すことなど造作もないことである。咄嗟に腕を顔の前に持ってきて身を守ることしかできなかった。
「よくここまで頑張ったな」
私の後ろから黒い外套を羽織った人影が物凄いスピードで飛んできた。
それは音波が飛んでくる私の前に陣取ると腰に下げた剣を引き抜き、音波に向かって振りおろす。直後凄まじい轟音が鳴り響いた。私は耳を塞ぎながら顔を伏せる。音が無くなったので目を開ける。そこには豪華な装飾が施された甲冑に身を包んだ騎士の姿があった。
「あなたは?」
「忘れるなんて酷いだろ。まぁ初対面の時は最悪だったから無理もないな。俺は調査隊の隊長だ」
彼は首だけ後ろへ向けるとそう言った。彼は陥没穴へ入る時に私のことを置いていったり、初対面で斬りかかってきたあの隊長である。そういえば一日目の調査から姿を見ていなかった。不躾な彼のことを考える余裕がないほどに大変だったので存在を忘れていた。彼が何故黒い外套を羽織っていたのか、これまで何をしていたかなど聞きたいことは山ほどあるが命を助けられたことは確かである。
「ありがとうございます。もうダメかと思いました」
「ああ、お前に死なれたらリンドに会わす顔がないからな」
騎士団長の名前を聞くと心臓を掴まれたように息が詰まる。木に取り込まれかけていたエマの姿がフラッシュバックしたのだ。ご主人様だけではない。彼女とも無事に一緒に帰らなくては意味がない。忘れていたわけではないが、再度喝を入れられた気分である。
「貴様、最近入った新顔だな。何やら怪しい奴だとは思っていたが、絶好の機会の邪魔をするとは。ただでは済まさないぞ」
海の魔女がこちらへ距離を詰めてくる。その隙に私は隊長に小声でエマさんたちのことを報告した。
「隊長。木の裏側に調査隊の方々がいるので保護していただけませんか。おそらく酷い魔力切れを起こしています。私の大切な人もそこにいるんです」
「わかった。だが、お前はどうする?」
「私は大丈夫です。もうじきにご主人様が目を覚ます思うので」
「それは僥倖だ。魔女の相手なんて俺には荷が重すぎる。お前も無理はするなよ」
隊長は凄い速度で消えた。
ほぼ同時に大木の光が収まった。今までツタが絡み合ってご主人様を磔にしていた場所から、小柄な人影が落ちてくる。ゆっくりと高度を落としながらふわりと落ちてくる。それを同じように確認した魔女は舌打ちと共に踵を返した。
「ご主人様!!!」
私はご主人様の着地点へ駆け寄った。瞼を閉じたその人影が地に足を付けた時、今まで暗く淀んでいた空間が一瞬にして木々や草花が青々と生い茂る森林に上書きされる。暖かな風を肌で感じる。ずっとこの空気を吸いたかった。ずっとここに居たかった。どれだけこの時を待ちわびたのだろうか。自然と肩の力が抜けて涙が溢れ出してくる。
「──親愛秘めしあなた
ご主人様はそう言うと私の頬に触れた。しなやかな手から伸びる腕。華奢な肩に細い首。少し頬もこけてしまっていて、着ているワイシャツが大きく見えるような気がする。涙で視界がぐちょぐちょでよくわからない。私は滲む視界の中必死にご主人様の姿を捉えて飛び込んだ。受け止められる感触の頼りなさに胸が苦しくなる。
「ご、っしゅ、じんさまぁ……」
「リリー。こんなに大きくなって」
暖かな声色を聞くと一気に自分が幼子に戻ったかのように思える。頭に流れ出すのはご主人様と過ごした日々の記憶であった。色んな物を食べて、様々なことを教わった時間は私の中で決して色褪せることはなかった。私は目の前のご主人様の姿を真に捉えることが出来ていない。ノスタルジーな気持ちで年甲斐もなくシャツを涙で汚してしまっているのだ。
「エリンジュ―ム。帰ってきてくれてうれしいよ! さぁ、魔法の詠唱を再開してくれないか。今の状態、全ての魔力が戻ってきた君になら行使できるはずだ」
このまま二人にしてほしいのだが、そうもいかなかった。甲高い声が再開を喜ぶ時間に水を差した。
「はい。約束ですのでやりますよ。どうせやらなくてはリリーたちを地上へ返せませんし」
「帰すって? 何の話ですか!」
私がワイシャツの裾をぎゅっと握ると、ご主人様は私の肩をポンと叩いてしゃがみこんだ。私も仕方なく促されるように膝を折る。すると握った服からご主人様の体の震えが伝わってくるのがわかった。顔は見られない。私は俯いたまま言葉を待つ。
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