第31話 信じるということ
私は塔の魔女の魔殺しの剣に対して右手と左手に握った光の剣で交互に攻撃を仕掛ける。
初めの方こそこちらが押している状況であったが、塔の魔女は私の剣筋に対応するようにステップで軽やかに躱しながら話を始めた。
「君の太刀筋じゃ私すら倒せないよ。向上させた身体能力をただ押し付けているだけだからね」
そんなのは私だって分かっている。
陥没穴に行くと決めた5年前から今までやってきたことは剣術の鍛錬でも魔法の研鑽でもない。
ひたすらに体力をつけることと身のこなしを軽くすることだ。
それでも身体強化を常時している魔法使いには追い付けないし、獣人の身体能力などに追いつけるわけもなかった。
ここへ来てからの何度かの戦闘で痛いほどわかった。
この世界では私はひよっ子同然なのだ。
「ネリネ、そいつに耳を貸さなくていい! 話すたびに魔法にかかりやすくなるだけだ!」
喝と共に針が飛んでくる。
その針には気にも留めない様子で魔女は私の横を通り過ぎた。
そのまま湿原の魔女へ距離を詰める。私はすぐにそのあとを追う。
「ネモネ! そちらに」
(ネリネ! 僕に策がある。出来るだけ奴の足止めをしてほしい)
脳内に直接流し込まれる言語。
「ネリネはまだ上出来ですよ。私の懐へ飛び込んでくる勇気がある。それに比べてあなたは安全圏から意味のない行為を繰り返しているだけではありませんか。その体たらくで四大魔女だなんて魔女も廃れたものですね」
塔の魔女はネモネ目掛けて剣を振り上げる。
「ここは僕の領域だぞ! さっきのようにはいかない」
剣を振り下ろした先に彼女はいなかった。塔の魔女の後ろへ姿を現したネモネは一本の針を投げ飛ばす。
それは魔女の体にかすりもせずに地面に突き刺さる。
塔の魔女はそれを確認するとすぐにネモネに近づこうとする。
「させませんよ。あなたの相手は私です」
私はネモネの前に出て振り下ろされた剣を受け止める。
相変わらずすぐに消失してしまう剣に合わせるように次の攻撃を繰り出す。
ただもうこの連続攻撃は見破られているのでその攻撃を魔女はステップで交わすと体勢を低くして私の右の脇腹を狙うように横へ剣をはらう。
まだ右手に剣が握られていない。
左手は体を目一杯よじっても届きそうにない。
私は咄嗟の判断で剣を右手へ飛ばすのではなく。
塔の魔女の剣へ向かって飛ばす。
この判断は功を奏した。
剣とぶつかり少しの猶予を稼ぐことができた。
今の状態であればこの刹那でやれることがある。
私は足に力を入れて飛び上がり軽々と魔女を飛び越えた。
そのままの勢いで左手の剣を突き出しながら落下する。
この死角の攻撃に塔の魔女は後ろへ下がることしかできなかった。
私は仕切り直しと言わんばかりに宙に生成した幾本の剣を地面に刺したてた。
彼女との間に剣の道が出来上がる。
これであれば、攻撃の合間に突き刺した剣を抜き取って流れるように攻撃から回避行動を挟んで攻撃に転ずることができる。
私の強みも生かせるであろう。
そう、踊るように剣を振るうのだ。
「いくら策を講じようがこの剣とSentinelはすこぶる相性が悪い」
そう言うとライラックは私に距離を詰めようと地面をける。
私がライラックの攻撃をなんとかいなしている隙にネモネは先程と同じ針を一本ずつ計5本投げつける。
そのどれもがあらぬ方向へ飛んでいき地面へ突き刺さる。
「ネリネ、思いっきり後ろへ下がって!」
何かの準備が終わったらしく、ネモネから声がかかる。
私はそれに応じる様に思いっきり後ろ、ネモネの隣までバックステップする。
飛び去る鳥のように一瞬で距離を取る。
すると、突き刺さった針が勝手に動き出して塔の魔女へ襲いかかる。
それを優雅に交わして見せるが針は地面に刺さると、そのまま突き抜けて地表へ顔を出して魔女に再び向かっていく。
それも躱そうと魔女は体を動かすも少ししか体は動かなかった。
「なんだ!」
針には魔法の糸が付いていて、地面と塔の魔女を縫い付ける様に糸を通していく。
次第に膝を折る形で魔女の体は固定される。
しかし、一度剣を振るうと拘束は簡単に解けてしまう。
糸が魔法である以上は魔殺しの剣の餌食となってしまうのだ。
「これは何の茶番ですか? この剣の能力は痛いほど知っているはずですよね。いまさら魔法で拘束しようなどという愚行をするとは。私のことを馬鹿にしているのですか?」
やれやれと腕を広がるライラックに向かってネモネは口角上げてニヤリと笑った。
「いいや馬鹿になどしていないさ。むしろその剣には最大の敬意を示しているとも! 君には少しもその気持ちを向けちゃいないけどね」
そう言い放ち襖を開けると、中にあった機織りが光り輝いた。
「くらえ!」
機織りから虹色の反物が塔の魔女へ向かって射出される。
一反木綿のように明確に意思を持って魔女へ飛んでいく。
それを彼女は切り裂くように剣を振るう。
すると見事に真っ二つに分かれていく。
しかし、それだけでは終わらなかった。
二つに分かれていく反物が剣へ巻き付こうと折り返して戻ってくる。
みるみるうちに剣に絡みついて魔女の腕をも取り込む勢いで巻き込んでいく。
咄嗟に魔女は剣から手を放す。
虹色の繭のような物体が地面に落ちる。
「なんだこの魔法は! いや魔殺しが反応しないということは魔法ではないのか」
「上手くいったよ! この反物は魔力を纏うものを封印するんだ。魔法に触れれば相手はその魔法を二度と使うことはできないし、魔力を帯びるものに触れればそのものを封じ込めることができる。剣の魔法を無効化する力と反物の魔力を封印する力。どちらが勝るか不安だったけど、ここは僕の領域だからね」
魔法を無効化する魔法が剣にかけられているので反物の封印の対象になったのだろう。
「やりました! ネモネ──」
私は後ろにいるネモネの方へ目を向けると、うっすらと彼の身体は透けていた。
「ごめんね、ここまでみたい。襖を開けてしまったからね。あれは最後の奥の手だったんだ。姿を見られた鶴が帰るように僕も姿を消さなくちゃいけないんだ」
「そんな……」
私は彼の方へ駆け寄って腕に触れる。
「ネリネ、あいつを無力化した今なら、君を森の魔女の元へと送り届けることができる。だけど、君には辛い思いをさせてしまうかもしれない」
「行きます! 連れていってください」
私は即答した。
「おいおい、私を除け者にしないでおくれよ」
塔の魔女から横槍のように光線が飛んでくる。
私の体。
正確には光の剣が握られている右手につられるように体が勝手に動いて、私は光線を正面から切り裂く。
Sentinelに備わっているオート防御とネモネのパーカーの身体能力向上の効果が相まって普段の私からは考えられない身のこなしを披露した。
「もう、あなたの攻撃は無駄ですよ。邪魔しないでくださいよ!」
私はSentinelのモードを切り替えて周囲に3枚の盾を浮遊させる。
これは塔の魔女にもう何の攻撃をしようが無駄だという意思表示である。
足元の光の領域はそれに伴って消えるがもう問題はない。
「ネリネ捕まって!」
湿原の魔女は周囲に光を発散させると大きな鶴に姿を変える。
私が背中に飛び乗ると鶴は宙に消えるように飛び去った。
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