第30話 塔と湿原と光と
白と黒色のボブカットに赤色のインナーカラーが入っている。アシメトリーな前髪が左目だけを隠している。
病弱そうなほどに白い肌にあどけない顔。
スラリとしていて細すぎず太すぎない体躯。
その体を包むのは白を基調とした着物。
年齢どころか性別さえも不詳な見た目であった。
「ふふ、びっくりした? ネモネ改め湿原の魔女だよ。できることなら君にはネモネってこれからも呼んでもらいたいかな」
「嘘じゃないですよね。本当にネモネなのですか?」
「騙しててごめん。こうして姿を現して君に協力するためには、ああするしかなかったんだ。僕の魔法は『鶴の恩返しの魔法』。誰かに恩返しをするためにしか力を使えないんだ」
「湿原の魔女。よくも邪魔してくれたね。あと少しでネリネからSentinelを剥がせたというのに」
ライラックが首を回しながらこちらへ近づいてくる。その隙に周囲を確認する。
どうやら場所は移動しているようであった。橋も草原も見当たらない。辺りは木の根っこのようなもので覆われている。
紫色の石壁。魔力の残滓、つまりは黒いヘドロまみれである。気味が悪い空間は、ただならない気配で満ちていた。
「塔の魔女。君に僕を止めることはできないよ。さっさとネリネから手を引くんだ」
ネモネの腕に力が入るのを感じる。
「私は攻撃系の魔法には長けていないが、それは君だって同じことだろう。それなのに私は今、君と交戦しようと構えているんだ。おかしいとは思わないのかい。勝ち目がない戦いに挑むほど私が愚かに見えるのかい? 勝てる算段が付いているから君とこうして相対しているわけだ。ネリネと一緒に私へ歯向かってくるとしても、彼女の防衛魔法に対する手札もこちらにはある。よってネリネから手を引くのは君のほうだ。さっさとこちらへ寄こすんだ」
「もういいよ。ネリネをものみたいに扱うのはやめてくれ。さっさと領域を展開しないと一瞬で終わるよ」
「だから、何度も言わせないでくれ。君が一瞬で私を終わらせるほどの攻撃手段を持っていないことは分かっているんだ」
塔の魔女と湿原の魔女は自身の魔力を周囲に放つ。
塔の魔女の背後には大きな塔が出現し足元は石城の最上階のような石畳が広がる。
湿原の魔女の足元からはその名の通り湿原が広がる。
深く濃い霧が発生してどんよりと淀んだ湿地、菌が喜びそうなジメジメとした環境が完成する。
それから互いに何かの詠唱を始めた。
ネモネは私のことを地面におろす。足を付けた瞬間になぜか懐かしさのようなものを感じる。身体は軽く感じ今なら何でも出来そうな気さえする。
(ネリネ。今から君にも一緒に戦ってもらいたいんだ)
頭に声が流れ込んでくる。海の魔女の音波と違って不快感がない。
(僕の魔法で君に服を作る。その服は君の力を最大限に引き出すことができるんだ! Sentinelの力も向上するはずだよ!)
詠唱を終えたネモネの目の前には大きな機織り機とそれを隠す襖が現れた。
その襖には大きな機織り機を動かす魔女のシルエットが移しだされる。
カタ、コト、ゴトットという音が聞こえてくる。襖の小さな隙間からキラキラと輝く虹色の糸が幾本も私の方へ向かってくる。
指先に糸が這うとくすぐったい感触がする。糸は指先を抜けて腕に纏わりつく。
そこから大きな袖口が作られ、ゆったりとしたスリーブが形作られる。
次第に私の胴体へ広がっていきポンチョのように上半身をオーバーサイズに守る服が出来上がる。
腰の方へ伸びてきた糸はグルグルと私の腰へ足へ纏わりつくと、ガウチョパンツのように裾が緩々としたズボンが作られる。
足の方へ伸びてきた糸はブーツが作られた。
ブーツはガウチョの広がった裾を止めるように太ももの中腹の所まで伸びる。
ゆったりとした裾が絞られて膝小僧の下辺りが膨らんだシルエットになる。
仕上げと言わんばかりにポンチョの背中側からフードが頭に落ちてくる。大きくて鼻まで隠れてしまう。
みるみるうちに黒色のポンチョパーカーが完成した。
「わぁ! 素敵な服ですね」
それと同じとき、詠唱を終えた塔の魔女が虚空から剣を引き抜いた。刀身がグネグネと曲がった剣だ。
テクスチャを破った時に使った剣である。
こちらへ剣を構えながら向かってくる魔女に対して自動的にシールドは展開される。
「ネリネ危ない!!!」
襖から慌てて飛び出してきたネモネがシールドの前に割って入る。右手には大きくて長い針が握られている。
剣と針がぶつかると、包丁で豆腐を潰すかのように針が粉々になる。ネモネは咄嗟に体を引いて剣から逃れようとしたが、剣はネモネの右腕を捕らえた。塔の魔女は続けざまに斬り下げた剣を今度は切り上げようとする。
「ネモネ!」
私は彼の身体を抱えて、飛ぶように後ろへ思いっきり下がる。
私より体が大きい彼女の体を抱き寄せながら移動するのは至難の業だが、この服のお陰なのか難なく成功した。
「Sentinel ver.3.0 My Mastsr Division Deformation」
私は小さなご主人様を顕現させてネモネの腕に治癒魔法をかける。
「あれはあらゆる魔法を無効化する魔殺しの剣だ。Sentinelも魔法である以上はあの剣の効果対象であると思う」
だから、世界の上に貼られた新しいテクスチャを破ることができたのか。
「ごめんなさい。私がもっと頭を働かせてあの剣の正体に気づいていれば──」
そんな会話をよそに塔の魔女は距離を詰めてくる。
だが、ここは湿原の魔女の領域である。侵入者を迎撃するように霧が魔女を襲う。
ライラックは空を切り裂くように剣を振るうと霧が無くなっていく。
「ネリネ! 僕のことはいいから自分のことを考えて」
「嫌ですよ。あなたはずっと湿原の魔女の気分だったかもしれないですが、私は姿が変わった今でも、あなたのことは小さなネモネにしか見えないんですよ!」
ご主人様が魔法をかけているが、ネモネの右腕から流れる血は止まらない。
「さぁどうする! 領域ごと斬り取るぞ」
塔の魔女が私たちの元へと追いついてきた。
「Sentinel ver.3.0.1 Division Sords」
私はご主人様の幻影を消して、自分の両手に幻影の剣を作り出す。
すると、私の足元から輝かしい光が溢れる。
湿原の領域を中和していく。
塔の魔女が振り抜いた剣に対して迎え撃つように私は右手の剣を振るう。剣同士がぶつかると質量を持たない魔法の剣はすぐに無くなってしまう。
すぐさま左手の剣を振るう。その間に光の領域から生成された剣が右手に収まる。
左手の剣が壊れれば次は右手の剣。斬撃と生成を交互に繰り返す。
徐々に速度を速めるサイクルに体は追いついていく。
塔の魔女の振りより私の攻撃の方が少しだけ早くなった時、魔女は攻撃をやめて体を翻すように自身の領域へ去っていった。
「ネモネ、見ていてください。防御はあなたの魔法の服に任せます。防御の為の盾を全て攻撃にまわします!」
私は全力で地面を蹴って塔の魔女の領域に足を踏み入れていく。
いつもはこんなに素早く動くことはできないが、ネモネの服のおかげで体がとても軽いのだ。
領域を踏んだ瞬間から、石の足場から光の道へと上書きされていく。
凄まじい速度で魔女の懐へ潜り込んだ私は相手の胴体へ向かって剣を振り上げる。
完全に不意をついた攻撃であったが、魔女には当たらなかった。
すぐさま私の後ろから幾本の針が飛んできたが、彼女はそのどれをも踊るように避ける。これには見覚えがある。
海の魔女の音波も同じ様な芸当で避けていたはずだ。
「残念だけど私は運がいいんだ。それこそ君のSentinelと同じように時間稼ぎには自信がある。助けが来るのが早いか、私を倒すのか早いか。さてどっちだろうね?」
塔の魔女は不敵に笑って見せた。
「それは嘘だ。運で避けているのだとすればいつかツキが終わるはずだ。これは君の固有魔法によるものだ」
ネモネが私の後ろへ追いついて、彼女の嘘を指摘する。
「ライラック。あなたの魔法は精神を支配する魔法だと言っていましたよね。あれは本当ですね。それと運に何の関係があるのですか?」
私が素直に疑問をぶつけるとライラックは吹き出すように笑い出した。
「そんなことを正直に話すと思うか?」
話す話さないに関わらず絶望的な状態であった。
彼女の言う通り他の仲間たちが助けに来たら一気に形勢はあちらへ傾く。
海の魔女がここにいないのはエリカが抑えてくれているからだろうか。
ローズとドラセナはどうしているのだろうか。
仲間の心配をしている場合ではないが、どこからかやってきてくれるかもしれない助けを願ってしまう。
立ちはだかる魔女の壁に、どうしても弱気になってしまう。
「ネリネ。僕は塔の魔女よりも格が上な魔女だよ! 僕は君を信じてる。だから今はネリネも攻撃が当たるものだと信じて突き進んでよ! 後方支援は任せて!」
ネモネの着物の袖から白い羽根が出てきた。少年だったはずの魔女が私の背中を押してくれる。
「そうですね。いきますよ!」
私は地面を蹴り上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます