第23話 見知った道が水浸しなんですけど

 朝になると私の体調もすっかり戻っていた。


もう脇腹は痛くないし疲れも取れている。


魔法さまさまである。


 ネモネに元気そう!というお墨付きをもらうと、わたしたちは再びシールドを走らせて城へと向かう。


 彼の案内によると、お城まではもう少しであるらしい。


城主は桃髪の少女を探していて、空の穴からやってきたのだという。


 もう一度今の状況を整理してみる。


 陥没穴の世界にかぶせられた偽物の世界をライラックの魔法で破り、本来の世界へとやってきた。


調査隊のメンバーとはバラバラになってしまったが、陥没穴の先には獣人の住処が広がっていたことがわかった。


そこで出会ったネモネと今は城へと向かっている。


 冷静に考えてみると、人間の私を捕らえた獣人が城主に引き渡しにいく様と大差がないように感じる。


幸いネモネに敵意はなく、獣人に襲われる回数も多くはなくスムーズに歩みを進められているが、何の考えもなしに敵陣に乗り込むというのは危険なのではないかと思う。


城には人間が囚われているとネモネは言っていた。



「ネモネ、何で城主様は桃色髪の女の子を探しているの?」



 目の前の景色を楽し気に眺めている彼に声を掛けた。



「うーんとねぇ、それはわからないなー!」


「そうですか……私、取って食べられたりしませんかね?」


「ははは、Sentinelがあるから大丈夫だよ」


「いやそういうことではなくて、捕まったりするのではないですか」


「あー。それはあるかもねぇ」



 ネモネも城主様という存在については詳しく知らないみたいで、実のある答えは得られなかった。


せめてどんな目的で桃髪の少女を探しているのかだけでも知りたかった。


村の人々が私が見た時の反応もとても普通とは思えなかった。


それこそこの世界に救世主でも現れたかのような反応に思えた。



「行くのやめる?」



 ネモネが私の方を振り向いて眼を真っすぐと見つめてくる。


「いえ、行きますよ。城主様に会えれば、この世界のこともお母さんのこともわかる気がするんです」



 もちろん、陥没穴についてもである。



「うん。そうだよね! そうと決まれば後はお城を目指すだけ! もうすぐだよ」


 腕を突き上げるネモネにつられて私も同じ動きをする。


 緊張感が全くないのでピクニックにでも行くようであるが、今の私にはそれぐらいの心持ちの方が良いのかもしれない。




 背の高い草木を掻き分けながら走っていると、急に視界が開けてきた。


ようやく密林地帯を突破できたようである。



「うわー! 森抜けたね、もうすぐだよお城! 後は道なりに進めば橋が見えてくるから、それを渡ればいいだけだよ」



 森を抜けて、街道を道なりに進んで、橋を渡ると城。


 どこかで聞いた道順な気がする。


聞いたというより幾度となく通った、家がある森から魔法都市ディルクナードへ行くときの道順とそっくりなのだ。



「そうですか……」


「あれれ? ネリネ嬉しくないの」


「い、いえ。この通り嬉しいですよ!」


 私は手を振り上げてバンザイのポーズをとる。


「へんなのー」



 ネモネは困惑する私に対して特に疑問は抱かなかったようで、前にそのまま向き直った。


 この違和感はなんなのだろうか。


 しばらく道なりにシールドを走らせているが、森を抜けたあたりからはなんとなく見覚えがある景色なのだ。


 正確に言えば見覚えはないのだが、感覚的に知らない場所だという気がしないのだ。


 こんなに草原を無理やり切り拓いたような大雑把な道ではないが、どことなく森から橋を繋いでいるあの舗装された道と雰囲気が似ているのだ。


 盾から降りて踏み心地を確認してもよかったが、何か気付いてはいけないことがあるような気がする恐怖心から、実行へと移すことはできなかった。


 しばらく見慣れた道の上を進んでいると、橋らしきものが見えてきた。



「ねぇ見て、お城が見えてきたよ!」



 ネモネが声をあげるのでキョロキョロと辺りを見渡したが、私の目には城などどこにも映っていない。


かろうじてアーチ状の石橋が見えるのだが、橋がどこに繋がっているのかがわからない。


ネモネは獣人なので人間よりも視力が良いという点を踏まえたとしても、ここから見えるほどの大きな城であるのならば私にだって見えてもおかしくない。



「城なんてどこにあるのですか。あの石橋の先で間違いありませんか」


「うん、そうだよ! ネリネにはあのお城が見えないの?」



 不思議そうな表情で彼は質問を返してくる。



「はい。どうしても城があるようには見え──思えないのですよ」



 見えないのではなく感じ取れないの方が正しいと思い言い直した。


 私たちが会話をしていいる最中もSentinelはそこそこの速さで進んでいる為石橋の少し前あたりまで来てしまった。


 密林に比べてここは草原に近いので飛びやすいのであろう。


 ここまで近づいてもやはり城などないのだ。



「何か嫌な予感がします。すぐに引きかえしますよ!」


「う、うん」



 ネモネの返事を聞かないうちにSentinelを急旋回させてきた道を引き返そうとする。


 しかし、旋回後に後ろから強烈な気配を感じて思考が止まる。


背後の方にいる気配をこれ以上鮮明なものにしたくないという防衛本能が働いて気配の正体を確認することなどできない。


 そんな私の思考など関係なしに盾は進み始めた。本当に頼りになる子なのだ。



「ネリネ! 水が後ろからきてるよ!」


「な、なんですか水──」



 私が素っ頓狂なネモネの言葉の真意を確かめようと後ろを振り向くと、確かに轟音を伴って大量の水がこちらへ押し寄せていた。



 Sentinelはその脅威にいち早く反応して高い位置でホバリングをしながら前後にシールドを展開する。




 私はすぐに盾の上で姿勢を低くしてネモネの体を支えた。


 私達の周りが一気に水で満たされてしまった。


 おそらく私の膝小僧あたりまでの水深だろうか。


 押し寄せる水は無限に広がるわけでははなく、私達を囲うように円状に留まっているようであった。ぐるぐると緩やかに渦を巻いているようにも見える。


 まるで、私たちは突然大海の沖に取り残されてしまったようである。


 ホバリングを続けている盾の上にいるので溺れる心配はないが、こうなった原因がわからないので不安であることに変わりはなかった。



「うわー。ネリネこれ、ただの水じゃない! すごい魔力を感じるよ!」


 魔力が感知できない私にとっては有益すぎる情報である。


 Sentinelはこの水の魔力に反応しているようで私達の前方と後方にシールドを展開させている。


 この場を離れるべきなのか、このままSentinelの判断に任せて留まるべきなのかを決めかねていた。


魔力を纏っているということはこの現象を引き起こした魔法使いがいることになる。


そう考えると下手に動くことが悪手になりかねない。


 私は信頼できる光の盾の意志に従うことにした。



「ここまで辿り着いた人間は久しぶりだね」



 声がしたわけではない。


脳内に直接語りかけられているようであった。

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